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白い結婚をした転生令嬢は王子様の溺愛に気づけない  作者: 赤林檎


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11.ユリウス殿下、コスプレをする

 わたくしがトリッジ子爵家の馬車で、フェリシアと共に実家に行くと、実家の使用人たちが庭で騒いでいた。

「あの王子様ときたら、なにをやっているんだ!?」

 庭師のダーヴィトが叫んでいる。

 わたくしはその声を聞き、すぐに乗ってきた馬車をトリッジ子爵家に返した。トリッジ子爵家に余計なことを知られたくない。


 わたくしとフェリシアは、使用人たちの元へと走って行った。

「ダーヴィト、ユリウス殿下がどうかなさったのですか!?」

 わたくしは、我が家に庭師として仕えると同時に、王家にも忠誠を誓っているだろう男を見つめた。


「これは、お嬢様……、ではなく、トリッジ子爵夫人」

 ダーヴィトはわたくしの後ろにいるフェリシアを見た。

 わたくしはフェリシアをふり返った。


「皆様、お初にお目にかかります。ユリウス殿下の婚約者のフェリシアです」

 フェリシアが名乗ると、使用人たちは顔を見合わせたり、わたくしとフェリシアを見比べたりし始めた。


「ああ、お嬢様、お労しい……!」

 ネリーがわたくしの手を握って泣き出した。

 きっとネリーも、わたくしの恋心に気づいていたのだろう。

 わたくしがユリウス殿下の婚約者と共に、こうして家に来たのを気の毒に思ったのだ。


「ええと、あんた、ちょっとこっちに来い」

 御者のミヒャエルが、とてもユリウス殿下の婚約者に話しかける言葉とは思えない言葉を吐きながら、フェリシアを離れた場所に連れて行った。


 ミヒャエルはポケットから銀貨を三枚出すと、フェリシアに握らせた。

「ご苦労だったな。もう帰っていいぞ」

 ミヒャエルは裏門の方向を親指で示した。


「ええぇ……」

 フェリシアは戸惑いながら、わたくしを見た。


「おい、欲をかくな! もう帰れ!」

 ダーヴィトがフェリシアに怒鳴った。


「銀貨が何枚欲しいんだ? さっさと言え。言うだけくれてやる」

 執事のマルティンまで、フェリシアに向かって凄み始めた。


「おやめなさい。その方は辺境伯家のフェリシア・ジランド嬢よ。フェリシア嬢、申し訳ありません」

 わたくしは使用人たちの代わりに謝った。


「ああっ、お嬢様、お嬢様!」

 ネリーがわたくしを両腕で抱きしめて泣き出した。


「フェリクス・ジランドです。ジランド伯爵家にて女性として育てられ、女性としてユリウス殿下の婚約者となりましたが、男です」

「なんて?」

 料理人のカタリナが訊き返した。まあ、この内容ですもの、訊き返すわよね……。


「フェリクス様は、男なのに女として、ユリウス殿下の婚約者にさせられたのです」

 わたくしが説明すると、使用人たちは、わたくしを呼びながら泣き崩れた。

 わたくしの頭がついにおかしくなったと思われたのだろう。


「テレーゼ嬢、申し訳ありません。俺はどうしたら……」

 謝られても、わたくしにだって、どうしたらいいかわからない。


「マルティン……、俺が馬車でひとっ走り行って、お医者様を連れてくらぁ……」

 ミヒャエルが泣きながら言った。

 マルティンは何度もうなずくことで、返事に代えた。

 このままでは、頭がおかしくなった女として、医師の診察を受けることになってしまう。


「ああ、お嬢様。次から次へと、なんという日なのでしょう……」

 ネリーがわたくしの背中をさすってくれる


「ユリウス殿下はどうなさったのですか? 私は男ながら、今はユリウス殿下の婚約者の身。なにかお力になれるかもしれません」

 礼儀正しく申し出たフェリシアに、マルティンが金貨を三枚も握らせた。その意図は、『もうこれで満足して帰れ』だろう……。


「みんな、聞いてちょうだい。王妃殿下は辺境伯家と姻戚となりたがっておられますが、ジランド一族には年頃の未婚の娘がいないのです。そこで、美形のフェリクス様が、女性としてユリウス殿下に嫁ぐことになったのです」

 わたくしが説明すると、使用人たちは突然、納得がいったようだった。


「王妃殿下かっ!」

「王妃殿下の申し出なら、辺境伯家だって断れないわ!」

「それでは、息子を娘にしてさし出すしか、道はなかろうな……」


 王妃殿下のイメージ……。いくらなんでも悪すぎない……?


 フェリシアはミヒャエルとマルティンに銀貨と金貨を返した。二人はひざまずいてフェリシアに謝った。


「こちらこそ、紛らわしくて申し訳ない」

 フェリシアは謝りながら、二人を許してくれた。

 紛らわしいとか、もはやそんなレベルではないけれど、他に言いようがないのだろう。


「それで、ユリウス殿下はどうされたのですか?」

 わたくしが問うと、使用人たちは顔を見合わせた。

 使用人たちはお互いを肘で突きあったりして、言いにくそうにしていた。


「ユリウス殿下は人生に絶望して、この家の庭で王子の衣裳を脱ぎ捨て、半裸で走り去られたところを、奴隷商に捕まって、今は闘技場の闘奴隷になっているのです」

「なんて?」

 わたくしは情報が多すぎるからか、理解が追いつかなかった。

 ユリウス殿下が?

 最終的にどうなったの?


「人生に絶望とは? ユリウス殿下の身に、なにが起きたのですか?」

 フェリシアは、一つ一つ確認してくれるつもりのようだった。


「その……、なんと申しましょうか……。ユリウス殿下にはですね、心に決めた方がおられまして」

 わたくしはマルティンの説明を聞き、己の耳を疑った。

 ユリウス殿下にそんな方がいたなど、なぜ我が家の使用人たちが知っていて、わたくしが知らないの!?


「その方が、他の男と手を握り合っていたのを見た、と……」

「わかりました」

 フェリシアはなにか理解できたようだけれど、わたくしにはまったく理解できなかった。

 ユリウス殿下にそんなにも愛する相手がいたなど、わたくしには受け入れ難いことだった。


「ユリウス殿下は純粋な方のようですね。自暴自棄になったところを、奴隷商の手下に捕らえられたのでしょう。俺はこれでも王子の婚約者という身分があります。無理がきく。ユリウス殿下を買い戻しましょう」

 フェリシアは言ってから、自分の姿を見下ろした。

 今の質素なシャツとパンツでは、とてもユリウス殿下の婚約者には見えない。


「馬車を出して、俺をジランド家の王都屋敷に連れて行ってください。貴族の姿でユリウス殿下を迎えに行きます」

 わたくしはうなずいて、ミヒャエルを見た。ミヒャエルが踵を返し、馬車を用意するために走り出そうとした。


「おい! あれは……、ユリウス殿下か!?」

 突然、マルティンが叫んだ。


 わたくしたちが門のある方へと目を向けると、半裸の男が血まみれで歩いてきていた。

 風に乗って、濃厚な魔物の血の香りが漂ってくる。


「ジェンナーロ!?」

 まさかユリウス殿下による、ジェンナーロのコスプレが見られるなんて、考えてもみなかった。


 この世界はやはり、わたくしへの贈り物なのだろう。

 ユリウス殿下は茶色の毛皮の腰巻きと黒のロングブーツのみを身に着け、腰に二本の剣を携えている。

 血まみれでさえなければ、ちょっと細身なジェンナーロだ。


 ジェンナーロとは、わたくしが転生前に大好きだった『ヴァンパイア・サバイバル』というゲームのキャラクターだ。

 職場のビンゴ大会でもらったゲーム機に、たった一本だけダウンロードした、五百円のドット絵のゲーム。

 何ヶ月間も楽しませてもらった、わたくしにとっての神ゲーだ。


「平民の身分を得たぞ、テレーゼ――ッ!」

 ユリウス殿下は腰巻に挟んでいた紙を高く掲げて、わたくしの名前を呼んだ。

 どうやら、わたくしがいることに気づいたようだ。

 わたくしはユリウス殿下の方へと駆け出した。


「えっ、あれっ、テレーゼ……!?」

 ユリウス殿下は目を見開いた。

 ユリウス殿下の手から、平民の身分証がひらりと舞い落ちていった。


「平民の身分証って、おい、あの王子様は、こんな短時間でSランクの魔物を倒して奴隷から平民になって、闘技場から自力で出てきたってのか!?」

 ダーヴィトがひどく驚いていた。

 どうやら闘技場でSランクの魔物を倒すと、闘奴隷に平民の身分証が与えられるようね。


 わたくしはユリウス殿下の平民の身分証を拾った。

『ユリウス・ロスティ』

 どうやらユリウス殿下は、自分の乳母と同じ姓を選んだようだった。


「ユリウス殿下、あなたという方は……」

 フェリシアがつぶやくのが聞こえた。

 フェリシアはわたくしの横に並ぶと、ユリウス殿下に向かってひざまずいた。


「ユリウス殿下、あなたの婚約者、辺境伯家のフェリシア・ジランドです」

 フェリシアが名乗ると、ユリウス殿下は「なん……だと……!?」とつぶやいた。

 まあ、そういう反応になりますよね。

 どこからどう見ても、フェリシアは令嬢には見えませんもの。


「ユリウス殿下、こちらが辺境伯家のフェリシア嬢ですわ」

「テレーゼ、なにを言っている!? しっかりするのだ!」

 ユリウス殿下は、かなり動揺していた。

 わたくしはユリウス殿下に平民の身分証を渡し、ユリウス殿下はわたくしを凝視したまま、平民の身分証を腰巻に挟んだ。


「まあまあ、ユリウス殿下、そんなに汚れて。まずはお着替えしましょうね。お怪我はなさっていませんよね?」

 ネリーが、まるで小さい子にでも話しかけるように言った。

「あんな程度の魔物を相手に、この私が怪我などするものか」

 ユリウス殿下はネリーに手を引かれ、屋敷へと歩いていった。


「驚かせてしまったようですね」

 フェリシアは立ち上がり、わたくしの横に立って、ユリウス殿下の背中を見つめていた。

 自分の婚約者が男だったのだ。

 さすがにユリウス殿下だって、現実を受け入れ難いだろう。

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