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白い結婚をした転生令嬢は王子様の溺愛に気づけない  作者: 赤林檎


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9.この世界はきっと、神様からのご褒美

 ユリウス殿下と使用人たちによって、両親の葬式が出された。

 わたくしはユリウス殿下と共に、実家であるこの屋敷に留まっていた。

 トリッジ子爵には夫として葬式に参列してもらって以来、会っていなかった。


「我が母の仕業だろう。いずれ私が方を付ける」

 あの日、ユリウス殿下はわたくしと使用人たちに宣言した。


 執事のマルティンが、それは自分がやると強く主張した。だが、ユリウス殿下はマルティンに、この館とわたくしを守るよう頼んだ。

「無駄死にするな」

 と付け加えられては、マルティンも引き下がるしかなかったようだ。


 あの日、ユリウス殿下と服を交換し、馬を貸したのは、フェリシアだった。

 男装……? 男なのだから違うわね。とにかく男の格好をしたフェリシアが、この館まで愛馬を迎えに来てわかったのだ。


 爵位は叔父が継ぐことになった。我が家に男子がいなかったので、前からそうすると決まっていたそうだ。


 この館はユリウス殿下が叔父から買い取って、ユリウス殿下の王都内の別邸となった。使用人たちも、そのまま雇い続けていただけている。

 ユリウス殿下は乳母であったお母様を、とても大切に思っていてくれていたようだ。ありがたいことだった。




「お父様、お母様……」

 わたくしは手入れの行き届いた花園に立ち、青い空を仰いだ。

 花の香りに包まれているはずなのに、匂いなどなにも感じなかった。


 転生前も、転生後も、両親がわたくしのせいで亡くなってしまった。

 転生前の両親の分まで、この世界の両親を大事にしようと思っていたのに……。


「結局、わたくしには、どちらの両親も……、大切になんて、できなかった……」


 転生前よりは、今の方が楽だわ。

 ユリウス殿下と使用人たちが、わたくしを労わってくれるのですもの。


 わたくしは使用人たちに「一人になりたい」と言ってあった。

 ユリウス殿下もご公務があるので、今日は王宮に行っている。


 わたくしの目から、涙がこぼれ落ちた。

 声を出さないようにしても、嗚咽がどうしても漏れてしまう。


「テレーゼ、ここにいたのか!」

 王宮から戻られたらしいユリウス殿下が、乱れた髪を整えもしないで、マントを翻しながら走ってきた。

 一介の子爵夫人の人払いなど、この国の王子の前では、なんの効力も持たない。


「テレーゼ……」

 ユリウス殿下は、わたくしが泣いているのに気づいたのだろう。徐々に速度を落としながら、こちらに近づいて来ていた。


 わたくしは慌ててハンカチを出して、涙を拭こうとした。


「あ……っ」

 ネリーがお母様からもらったハンカチだった。

 古ぼけた、猫の刺繍のある、ネリーの宝物だ。


 今朝、わたくしの身支度を手伝ってくれたネリーが、わたくしに持たせてくれたハンカチ。

 わたくしはよく見もしないで受け取って、ずっと持ち歩いていた。


「どうした、どうしたのだ、テレーゼ……!」

 ユリウス殿下が慌てて、再び走ってきた。

 わたくしは震える手で、ユリウス殿下にネリーのハンカチを見せた。


「これはネリーのハンカチではないか。小さい頃、テレーゼが欲しがったけれど、これだけはあげられなかったと聞いたぞ」

 ユリウス殿下に言われて、わたくしはかつて自分が、ネリーにこのハンカチをねだったことがあったことを思い出した。

 たまにユリウス殿下は、わたくしよりもずっと、わたくしに詳しいことがある。


『ねこちゃんのハンカチ、わたくしもほしい』

『すみません、お嬢様。これはこのネリー、一生の宝物なのです』

 そうだ、ネリーとそんな会話をしたわ。


 まだ転生前の記憶を、はっきりと思い出せていなかった、あの頃。

 ただの小さな子供だったわたくしは、ネリーにおねだりをしたのだ。


 お母様が「ネリーを困らせてはだめよ」と言って、わたくしのハンカチにも猫を刺繍してくれた。

 けれど、わたくしはネリーがいつも大事に持ち歩いている、このハンカチが好きだった。


「ネリー……!」

 心配とやさしさが、ハンカチを通して伝わってくる。


 わたくしは転生できて幸せだ。こんなにも幸せになれた。

 この世界はきっと、神様からのご褒美なんだわ。


 転生前は、両親が亡くなると、家や財産を法律に従ってわけあった。

 思い出もなにもかもをお金に換えたわ。

 伯父や叔母たちは、ただ法律で保証された権利を主張したのであって、きっとなにも悪くない。


 両親が自損事故だったのは、まだ幸いだった。

 両親は二人でドライブに出かけて、山道の急カーブを曲がり切れずに崖から転落したのだ。


 わたくしは気づいたら、小さなアパートで一人きりだった。親戚の誰かが保証人になって、わたくしに部屋を借りてくれていた。


 両親との思い出が詰まった実家は、売られてしまったのですもの。住むところを世話してもらえただけで、幸いだったのだろう。


 実家が懐かしくなって見に行ったら、取り壊されているところだった。ショベルカーがわたくしの部屋を壊していて、ショックでその場から逃げ出したわ。




「テレーゼ……」

 ユリウス殿下が抱きしめてくれた。

 この世界は、なんて温かいんだろう。


 転生前に両親を失った時には、わたくしを抱きしめてくれる人なんていなかった。

 人付き合いをする余裕もない介護生活で、友達も、恋人も、みんな離れていった。わたくしが人間関係を、上手く維持していけなかったのが悪いのよね。


 この世界には、こんなダメなわたくしを受け止めてくれる人がいる。


 ありがたい。本当にありがたい。


「ユリウス殿下、ありがとうございます……」

 ユリウス殿下はわたくしの頭をそっとなでてくれた。


 ユリウス殿下にはもう婚約者がいるのに、こんな『溺愛している妹同然の侍女』なんていて良いのですか?

 フェリシアに婚約破棄されて、『ざまぁ』されてしまいますわよ……。


「私を許してくれとは言わない。ただ、覚えておいてほしい。私は我が母を許さない。テレーゼを泣かせるなど……!」

 ユリウス殿下の王妃殿下への怒りが伝わってくる。


 ああ、わたくしは幸せだ……。

 一緒に怒ってくれる人がいる。それだけでもう、充分に、辛さが和らいでいく。




 わたくしは転生前には、職場を転々とした。派遣社員や契約社員、未婚なのにパートの仕事もした。非正規雇用でなんとか雇ってもらって、お給料をもらっていた。

 わたくしは陰気だと言われて、どこでもいじめられた。陰気な理由は言えなかった。いじめられないよう、明るく元気にすることもできなかった。


 自分について訊かれても、話せることがなかった。だって、両親を介護の末に亡くして、死因は自殺で、なんて、よく知らない相手に話せないでしょう?

 職場の人たちだって、いきなりそんな話をされても、重過ぎて扱いに困るだけよ。


 趣味だとか、お出かけとか、そんな話をしたら良かったのだろう。

 好きな料理は自由にできるお金がなくて、お出かけするお金もなくて。

 それでも、近くを散策したりしたら良かったのかもしれない。


 今ならば、ああしたら、こうしたら、なんて考えられるのに。

 なんでそれが、あの頃にはできなかったのだろう……。




「ユリウス殿下は悪くありません……」

 ユリウス殿下とこの館の使用人たちは、わたくしの宝物だ。

 この世界で手に入れた、わたくしの幸せよ。


「すまない。テレーゼ、すまない」

 わたくしは崩れるように座り込んだ。

 ユリウス殿下は一緒に座って、わたくしの背中をなでてくれた。


「私だ。私が母上を甘く見ていた。ルビトール離宮で、私はテレーゼを連れ出した。あの報復がこれだ」

 どういうことなのだろう。ユリウス殿下への報復として、わたくしの両親を殺す? お母様はユリウス殿下の乳母だったからまだわかるとしても、お父様まで殺すの?


「私が従わないならば、次はテレーゼを殺すという脅しだろう」

 王妃殿下は、息子であるユリウス殿下にとって母にも等しい乳母を殺した。その上、次は妹同然の侍女を殺すぞ、と脅しているというのか。

 それが一国の王妃のやることなのだろうか。


 あの方は、後宮で国王陛下の寵姫を何人も毒殺したり、自殺に追い込んだりした。お子ができた者があれば、その方を池に落とし、階段から転げ落とした。


 そうね……。もはや人を殺めることを、ためらうような方ではないだろう。


「テレーゼ……。テレーゼは私が守る」

 ユリウス殿下のお言葉は、まるでわたくしが読み漁っていたネット小説の中に出てくるもののようだった。

 わたくしが『異世界(恋愛)部門』の小説を通して、なんとか摂取していた、人からの愛や、やさしさが、この世界には本当にあったのだ。


 身体を離したユリウス殿下が、わたくしの目を見つめた。

 静謐な湖と呼ばれる、青にも緑にも見える、美しい瞳。

 その瞳が顔ごと、わたくしに近づいてきて――。


「おい、ふざけるな! 貴様ら、なにをしている!?」

 グスタフの声がして、わたくしはユリウス殿下を突き飛ばした。

 ユリウス殿下は少しよろけながら、マントを翻して立ち上がった。


「トリッジ子爵ではないか」

「ユリウス殿下、なにをお考えですか!? その女も、我が一族も、皆殺しにするおつもりなのですか!?」

 グスタフはいまにも、ユリウス殿下につかみかかりそうだった。

 わたくしはネリーのハンカチを握って、ゆっくりと立ち上がった。


「おい、我が妻よ! 帰るぞ!」

 グスタフには、守るべき元婚約者と一族がいる。


 わたくしも、ユリウス殿下と使用人たちを守りたかった。

 わたくしがこのままここにいては、いずれ使用人たちの命も危うくなるかもしれない。


「ユリウス殿下、これをネリーに返しておいてくださいませ」

 わたくしはネリーのハンカチを、ユリウス殿下に託した。

 ユリウス殿下はひどく傷ついた顔をした。


「わたくしはトリッジ子爵夫人です。両親を亡くした心の傷は、夫のそばで癒したいと思います」

 わたくしはユリウス殿下にお辞儀をすると、グスタフの元へと歩いて行った。

 グスタフは舞踏会の時と同じように、わたくしの肩を抱き寄せた。


「テレーゼ……ッ!」

 ユリウス殿下の声を背中に聞きながら、わたくしはグスタフと共に歩き出した。


 わたくしはきっと大丈夫。

 ユリウス殿下やネリー、他の使用人のみんなのやさしさが、わたくしを支えてくれるはずですもの。

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