第7話 不思議ちゃんサブヒロインと会話する。
那由多愛さんは俺のことが好きなのかもしれない。
俺は自分磨きをしてヒロインに合わせたステータスを上げて、攻略をする高校生活をしなければ、彼女なんてできないと思っていた。那由多愛のような誰もがうらやむような美貌を持っている女の子と並び立つにはそれ相応の努力をして、いろんな恋愛経験をして、恋愛マスターの極みのような存在になってようやく彼女に告白を受け入れてもらえると思っていた。
だけど、それは大きな勘違いかもしれない。
———なぜなら、俺の方が攻略されているのだから。
こっちが何かをしようとすると、那由多さんに先回りをされているかのようにアクションを仕掛けられている。
いちいち、こっちがドキッとするような仕草をしてくる。
俺のためにお弁当を作ってくれて、二人きりでお弁当を食べてくれるなんて、好きじゃなきゃやってくれない。
なら……もう……俺は流れに任せるだけでいいんじゃないか……?
「え、放課後一緒に帰ろう? ゴメン、黒木君。私、テニス部の見学会に行くんだ」
「そうでした」
俺は、もう那由多さんルートに入っただろうと、たかをくくっていたらしい。
放課後になり、彼女に一緒に帰るように誘ったが、普通に断られた。
そういえば、朝は「部活の見学会に行くから一緒にどうだ」と誘ってきたのに、元々俺が断ったのだった。
那由多さんは申し訳なさそうに、
「ゴメンね! 部活がない時にまた誘ってね。それじゃあ、また明日ね!」
彼女は手を振って廊下の奥へと消えていく。
「そりゃそうだよな……」
予定が合わないこともある。
なんだか、四六時中彼女と一緒にいられると勝手な勘違いをしていた。
そんなことはない。人間なのだ。生きているのだ。誰だって自分の都合がある。
「………暇ができてしまった」
とりあえず———俺は教室から屋上に移動した。
風を受け、夕日に染まる美里市を一望する。
「ギャルゲーで言う、放課後の自由時間って奴か……」
的確にヒロインがいる場所を選ぶパートだ。
そういう時間が生まれてしまった。
昼休みに那由多さんと過ごしたことで、もうどこに行っても那由多さんと一緒になる未来を覚悟していたが、そんなのは杞憂だった。
やっぱり彼女は攻略難易度Sのヒロインなのだ。
他のサブヒロインを攻略しないと、攻略できない、ラスボスともいえるヒロイン。
だから、俺はサブヒロインを攻略して恋愛経験を積まなければならない。
その前にまず、俺はサブヒロインと出会わなければいけない。
まだメインヒロインとしかろくに出会っていないこれは由々しき事態だ。
「となると、さてどうするか……」
とりあえず、一真子とはちゃんと知り合っておきたい。
彼女は那由多さんの友達の元気っ娘のサブヒロイン。彼女の好感度を稼いでおくのは重要なことだ。誰だって友達が応援してくれない恋より応援してくれる恋だ。
この屋上から眼下に広がる、街を見渡す。
一真子がどういうタイプなのかが、まだデータ不足だ。
何か好きなスポーツが合って彼女も見学会に行っているかもしれないし、学校以外のコミュニティがあってそっちに行っているかもしれない。
だけど、ああいう元気っ娘で安牌な選択肢は———、
「やっぱゲーセンだろう」
そう、結論付け———遠くに見える大型商業施設を見つめる。
完全に偏見だが、ああいう元気で奔放なキャラは大抵放課後になると寄り道をし、例え学校側が禁止してようとゲーセンに行って遊んだりする。
だから、おそらく一真子も今、そこにいるのだろう。
よし、となれば俺がこの放課後の自由時間で選ぶ選択肢は【ゲーセンに行く】だ。
そう決めつけ、屋上の出口に向かおうとした時だった。
「あ———」
扉の上、給水タンクが設置されているちょっとした空きスペースに———人がいた。
金髪のゆるいパーマがかかった、不思議な雰囲気を持つ、胸の大きな女性徒。
彼女は手で髪を抑えて空を見上げていた。
「……………」
俺に気づいていないのか、気づいているうえで無視をしているのか。空をジッと見上げている。
あの娘は———ヒロインだ。
屋上に一人でいる不思議ちゃん系ヒロイン。何を考えているのか周囲に理解されずに孤独にしているが、実はIQが高くて、意味不明だと思われていた彼女の行動すべてに意味があった。そしてそのことを主人公だけはわかっている。そんな感じのキャラであると俺の直感が言っていた。何故ならば、俺がプレイしたゲームのキャラがそんな感じのキャラだったからだ。
彼女と知り合いたい。
だが、こちらから声をかけるべきではないだろう。
出会いイベントというのは大切だ。ここでこっちから無遠慮にガツガツいってしまって、警戒心を抱かれてしまうともう彼女と知り合う機会は、ない。
避けられる。
興味がない相手から、理由もわからずにガンガン来られると言うのは、誰だって不気味なものだ。
どうしたものか———やっぱりこのまま相手が気づくのを待つ、か。
そう決めた時だった。
「…………?」
彼女の首がこちらに向けられ、目が合う。
よし、気づいてくれた。
金髪の彼女は人間が近くにいることに気が付いた猫のようにジッと俺を見たまま動こうとしない。
ここで、声をかけるべきだろう。
「ごめん、邪魔したかな……?」
「……………」
「屋上に来てみたら、君がいて……空を見上げる君は随分と絵になるものだから、思わず見つづけちゃった……」
「…………」
彼女の表情は警戒心をいだいたままだが、ピョンッと扉の上のスペースから飛び降りると、俺へ向かって歩み寄って来る。
俺に興味を持ってくれたようだ。
「はじめまして、だよね?」
これからサブヒロインである彼女と知り合おうと慎重に言葉を選んでいた。
「…………」
が、彼女は首を振った。
「ううん、昼間にちょっと会った。昼間……バカップル……」
「え?」
「雛乃が日向ぼっこしてたら、騒いでたバカップルの男の方……」
「え?」
「イチャイチャするのはいいけど……雛乃、ここが好きだから、あまり騒ぎすぎないでね……」
「え?」
なんだか、態度が冷たい。
彼女はどこかツンとした態度のまま、くるりと背を向けてそのまま扉から校舎の中に入っていった。
「ばか……っぷる……?」
彼女は、何のことを言っているんだ……?
俺には全く状況がわからない。だが、恐らく彼女とのファーストコンタクトは失敗に終わった。
「彼女とは好感度最悪からのスタートか……」
まぁ、そういう始まりがないわけでもない。
そこから好感度を稼いて行けばいい話なのだから、最悪だったら後は上げるだけだ。
だが、一番最初のサブヒロインとの遭遇としては、幸先の悪いスタートとなった。
「多分、『ひなの』って彼女の名前だよな……」
それだけわかっただけ、よしとしよう。
そう思い、俺は屋上を後にした。