第39話 想いは言葉にしなければならない。気持ちをこめて、
「……そうか」
嫌われているとズバッと言われると、流石に傷つく。
覚悟はしていたし、それ相応のことをしてきただけの自覚はある。
だが、こうして面と向かって〝気持ち悪い〟と言われた事実と言われてしまった経緯。
それを考えると心に刺さるものがある。
「黒木卓也。お前は那由多さんを、俺達を通して別の何かを見ていた。別の何かを見続けていた。俺達の中身どころか外見すらも見ていなくて、ただの〝ヒロイン〟や〝親友〟といったカテゴリー、記号でしか見ていなかった。それがそう見られている俺としてはめちゃくちゃ気分が悪かった……そうだろう? 勝手にカテゴリー化されるってことは、お前の前では、そのキャラクターの枠の中に収まらなきゃいけないってことだ。〝親友〟ってカテゴリー化されたらお前の前では〝親友〟のキャラクターを演じなければならない。俺がどう思っていようが関係なくな。その日俺がどんな気分でいて、前日にどんな辛い事件が起きて悩んでいても、お前の前ではお前の中のストーリーに登場する〝親友〟でい続けなきゃいけない。それがどんなに面倒くさいことか。わかるだろう?」
「ああ」
「それも、お前に関しては一方的にだ。出会ってすぐに〝親友〟って役を押し付けてきた。メチャクチャめんどくさい奴だと思ったよ」
「ああ」
ぐうの音も出ない。俺はひたすら肯定し続ける。
そして、渉は「ふっ……」と息を吐いた。
「まぁ、そういうヤツは何処にでもいるがな……」
「渉?」
「よく言うだろ? 『私たち親友だよね』って言ってくる女子や『マブダチ』って人に友達のことを紹介する男。そうやって皆人を枠にはめようとする。だけど皆気が付いていない。自分は平気で枠にはめようとするくせに、自分が枠にはめられたらどんなにストレスなのか。〝一生友達〟なんて言われたら、本当にそいつと一生友達を続けなければいけないのかと思ってしまうし、そいつに好意を抱いていたら、無意識で必ずそうしなければと思ってしまう。それは実は呪いみたいにいろいろな害があるものなんだ。学校時代の友達なんて、実は寂しさが紛れる以外何のメリットも存在しない。そいつと一緒に何か大きな目標を達成したり、ビジネスを立ち上げたり、そういった一生を生きていく上で重要なことに対して、友達って言うのは何の影響も与えない。なのに友達関係を一生続けないといけないと強制される。そいつがどんなにダメ人間でこっちにデメリットを背負わせてくる奴だったとしても。それはプレッシャーだよ」
「渉」
「ん?」
「それがわかっていて、どうして俺を突っぱねなかったんだ? 言うのが遅いんじゃないのか?」
「言うのが遅い?」
「ああ、お前だったらもうちょっと早く……なんなら初めての顔合わせの時にその考えを、その言葉を言えたんじゃないか? それを言って、俺を突っぱねることができたはずだ。どうしてそれをしなかった?」
「ははっ、突っぱねて素直に距離を取るタイプか? お前」
「……違うな」
「だろ? お前は人の都合何て考えずにグイグイ来て、自分の都合を押し付けて周りを振り回すタイプだ。そういうヤツは厄介なことに諦めない。だから、別に何も言わなかった」
「迷惑をかけたな」
「かけられたさ。だけど、俺って奴はそういうヤツがいないと何もしたくなくなるタイプなんだよ。お前が周りを巻き込むタイプなら、俺は巻き込まれるタイプなんだ。昔は無理に自分を周りを巻き込むリーダータイプだとカテゴリー化して、クラスの中心になろうとしたこともあったけど……失敗した。誰でも簡単に想像できるよくある話で、具体的なエピソードを語るも億劫な失敗をした。だから、〝自戒〟して〝自分磨き〟をしたのは俺も同じなんだ。だから気にするな」
渉は笑って肩をポンポンと叩く。
「ありがとう、やっぱりお前はいい奴だ」
「言わなくていい———で、本題は? お前はこれからどうしたいんだ?」
渉は促す。
「那由多さんと付き合いたい」
はっきりと、一番自分がしたいことを言葉にした。
「そうか———で?」
渉は更に俺が話しやすいように促してくれる。
「その前には俺の中の自分の気持ちに決着を付けなきゃいけない。陽子に対する俺の気持ちを。きっかけは、あいつだから。俺がこの街に来たのも、那由多さんのことを好きになったのも、全部元をただせばあいつへの俺の好意から始まったことだからだ」
「そうか。泣かれるかもしれないな」
「ああ」
「それでも、お前が何とかしろ」
「ああ」
「お前は周りを振り回す奴なんだから。ためらわずに振り回しきれ。人を傷つけろ。そして、お前もまた傷つけられて成長しろ。人の成長っていうのは、傷つけ傷つけられないと成し遂げられないものだからな」
「真理だな」
随分と大人っぽいことを言うものだなと思った。
渉は自嘲気味に笑った。
「ガキでも、中学過ぎたくらいで気が付くんだよ。世界っていうのは社会っていうのは人間っていうのは人付き合いっていうのは……優しいだけじゃないって。酷い出来事っていうのも、やっぱり必要なんだよ」
「お前、何があった? 滅茶苦茶悟っていることを言っているけれども……流石に大人っぽすぎるぞ?」
つい、渉の過去を勘繰ってしまう。こう見えてコイツはもしかしたらものすごく重たい過去を経験していたのではないか……と。
「いや……マジで大したことはないぞ?」
「本当か?」
「俺の失敗って言うのは本当にどこにでもあるよくある話で、スポーツとか勉強とかがそこそこできて、人と話すのも得意だったから皆に持ち上げられてクラスのリーダーになろうとした。だけど、失敗した。周りを思いやることができなくて……な。それでいろいろ考えて、今みたいな考え方に至ったってわけだ」
「確かにどこかにありそうな失敗談だけど……それでその考えまで至るって言うのは普通出来ることじゃないぞ?」
「そうか? まぁ、ありがとう」
照れ臭そうに渉は頬をかいた。
そして、膝を一つ打つと。
「よし、黒木。お前は那由多さんのことが好きなんだな? 付き合いたいと思っているんだな?」
「思っている」
「なら、告白しろ」
「ああ、する。だけど、その前に陽子と話を付けなければいけない。なんだかんだで俺は陽子をまだ引きずっている。だからその気持ちに決着をつけて、新しく生まれ変わって那由多さんに向き合う」
「まぁ、それがいいだろう。焦って良い事なんてあったためしがない」
「ああ、じっくりいくさ」
俺は立ち上がると、渉も呼応するように立ち上がる。
そして、俺は渉に向けて拳を向ける。
「これからもよろしくな。〝親友〟」
彼に対してそう呼び掛ける。
「———やっぱ俺お前の事嫌いだわ。俺の言った事、何一つ理解してないんだから」
苦笑しつつ、親友である渉は、自らの拳を俺の拳に合わせた。
「あ、そうそう、お前がさっきしていたカテゴリ化の話な。間違っているぞ」
「ん?」
「正確に言うと足りてない。世の中のやつらが『私たち親友だよね?』と言ったり、『俺達マブダチ』って言うのには……確かにお前の言うような負の側面もあるけど。本当は相手に対する〝束縛〟の言葉じゃなくて、自分の中にある〝愛の言語化〟なんだ。『‶最も親う友人〟や‶眩い達〟というかけがえのない存在だと私はあなたのことを思っています』っていう〝愛の宣言〟だ。だから、悪い意味だけの言葉じゃない。ちゃんと愛を込めて言って、その愛を受け止める素直さがあれば……強い絆を産む素敵な言葉なんだよ」
「………よくもまぁ、そんな恥ずかしい言葉を臆面もなく言える」
渉は肩をすくめた。
「渉、違うなそれも間違っているぞ。いや、正確じゃないぞ。〝恥ずかしい言葉〟なんじゃなくて〝照れ臭い言葉〟なんだ」
「何が違う?」
首を傾げる渉だが、そこはしっかりと訂正しておかなければいけない。
これから———、俺がすることにおいても、俺のポリシーとしても、渉の言葉は訂正しなければいけない。
「〝恥〟っていうのは人に見られて恥ずかしくなる時に使う言葉で、〝照〟っていうのは自分が行き過ぎてしまって照れてしまう時に使う言葉だ。人から見られてそう感じるか、自分自身でそう感じるか。その二つは絶対に混同してはいけないほど、全く違う意味を持っている」
「……何となくわからんでもないが……つまりは何が言いたい?」
俺は不敵にニッと笑った。
「想いを言葉にするときは堂々としていろってこと。つまりは……〝告白〟をするときには絶対に恥ずかしがるんじゃなくて、堂々と照れながら告白しろってこと」
「なるほど、まだふわっとしていて、何となくでしか掴めないが……言いたいことはわかった」
渉は「ククク……」と含み笑いをしはじめた。
その後、俺達と那由多さんたちは合流した。
那由多さんは安藤さんとの一件に関してお礼の言葉を述べていたが、それ以上俺は話を深く掘り下げようとはしなかった。
彼女に対して話すべきことはある。
伝えなければいけないことがある。
だが、その前に決着は決着だ。それは付けなければならない。




