第35話 安藤は思いをはせる。
私、安藤礼香は那由多愛のことが好きだったし、嫌いだった。
オタクで内気で周りを気にもしない彼女。常に本を読んで、アニメを見て、ゲームをして、人が話しかけてもそっちの方が大事だと言わんばかりに無視する彼女が嫌いだった。
だけど、朗らかに笑って「安藤さん」「安藤さん」と犬の様に慕ってくれる彼女が好きだった。
そう———元々はそういう関係性だったのだ。
私は人よりも身体能力が高いせいか、走るのが早かった。手先が器用だったせいか、スポーツが得意だった。だから、ドッチボールではいつも生き残っていたし、鬼ごっこでは一度も鬼になったことがなかった。その上、反射神経が良くてテレビゲームもやり方さえ覚えたら、すぐに周りの子よりも強くなって誰も私に勝てなくなった。
勝ち続ける私を、小学校のころは皆尊敬のまなざしで見ていた。
那由多は……愛ちゃんはそんな私に憧れる一人だった。
遠足の時に一人で食べていた。
皆がお日様の下にシートを引いて集まって食べているのに、芝生の端っこにあったどんよりとした木陰の下で、みんなから隠れるように身を縮めて食べていた。
その背中がどうにも気になって、私は〝なにやってんの礼香ちゃん、どこに行くの? まだ話の途中だよ!〟と私にわかりやすくおべっかを使っている同級生の女の子を放っておいて、愛ちゃんに走り寄った。
———一人で何食べているの?
いきなり話しかけられて彼女はびっくりしていた。
———あ。
彼女が手に持っているのは、『起動武者 ガンダモ』のお菓子。
近所に住んでいる上級生の男の子が好きで買っているのを見たことがあるロボットで戦うやつだ。少し話が難しく、同級生の男の子では好きな子がいない。女の子ならなおさらだ。
私たちの同学年の人たちはみんな、女の子が変身する『ハートブレイク♡プリギア』や小さなカワイイ、デフォルメされた犬がゆるふわなやりとりをする『ちいかむ』。そのどちらかのお菓子を持ってきていた。
———それ、お兄ちゃんのもの?
察しの良い私は、愛ちゃんが持ってきたのは彼女の兄のお下がりだと思った。
お金がない家の子供は、新しくお菓子を買ってもらえないだから、お兄ちゃんのあまったお菓子をこういうイベントごとには仕方なく持ってくる。本当は『プリギア』のものがいいのに……。
そういう子を何人も見てきたし、何なら私も似たような経験がある。
彼女もそうだと思った。
—————。
恥ずかしそうに愛ちゃんは首を振った。
そして、
———好きなの。『ガンダモ』。
その言葉を聞いた瞬間、〝この子面白い〟と思った。
それから、私は彼女に構うようになった。
愛ちゃんといたら、安心した。
内気で友達がいない彼女の友達でいることで優越感を感じられた。彼女のことを他の友達に紹介して、彼女が馴染めずに距離を置くたびに、私は自分が優しくて特別な人間なんだと感じられてスッキリした。
———えらいね。那由多ちゃんの面倒を見てあげて。
大人も友達も、皆そう言って褒めてくれた。
気持ち良かった。
友達が作れない愛ちゃんを構うたびにそう言ってもらえて私は気分が良かった。
段々と私から距離を取っていく愛ちゃんの事なんか、その時はどうでもよくなっていた。
私はただ、彼女に構うことで褒められるのが良くて、皆に褒めてほしくて那由多に構っていた。
今思うと———。
◆
「……どう、安藤!」
「……! な、なに?」
目の前に鈴木の顔があった。
ゴロンゴロンゴロン……。
心配そうに私の顔を覗き込んでいる鈴木の後ろを黒い玉が転がっていった。綺麗な床の上をすべるように転がる玉は白い十本のピンを全て倒し、レーンの前に立つ、ツレの男の子———田代がガッツポーズをした。
そうか、ここはボウリング場……あの後、気晴らしに行こうぜって私が誘ったんだった。
「何って……次、安藤の番」
「あ、あぁ……そだっけ……?」
「何ボーっとしてんのよ」
軽く肩を鈴木に小突かれる。
軽くだが、鈴木は若干バカなので力加減を間違えており少し痛い。昔からこういう不器用なところがなければもうちょっと彼女は陰口をたたかれずに済むのに……。
内心、不愉快な思いをしながら、田代とすれ違い、レーンの前に立つ。
田代が掲げたハイタッチの手を無視して手に取った黒いボーリング玉。
表面には変な絵の具を子供がただ塗りたくったような、何とも表現のしようがない模様が描かれている玉。そんな模様があるせいで、天井の照明は反射しているのに、私の顔は全く映し出してはいない。
私は今、どんな顔をしているのだろうか。
愛ちゃんに距離を置かれて、ずっと何か、心のどこかが抜け落ちているような感覚に襲われ続けている私の顔は。
カコ―ン‼
すぐ隣のレーン。転がった玉が、全てのピンを倒していた。
「よっしゃ! ストライク‼」
ガッツポーズをする少年がいた、髪や服装が整っている……どこかで見たような……。
「あ……」
さっき、那由多と一緒にいた———那由多の彼氏。
視線を横に走らせる。
「イェ~! やったね! 黒木君!」
「流石だな、黒木!」
そこそこセミロングの女の子と、金髪のイケメンが那由多の彼氏を手を叩き褒めたたえていた。
そして、その二人の奥には———、
「那由多……」
「…………」
昔の、友達———那由多愛が肩を縮こまらせて座っていた。
何で、あいつが……あいつらが此処にいるんだ?




