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第32話 悪意がないのがたちが悪い

 私はずっと———私が思う私になりたかったんだ。

 那由多さんは自身の過去を最後にそう締めくくった。


「……そう、だったんだ」


 最後まで聞き終わって、俺は安藤たちに対する怒りが湧いた。が、どうしようもないと気づき、もやもやした。

 安藤たちに悪気があったわけじゃない。

 彼女たちが那由多さんに抱いている感情は百パーセントの好意だ。だから、先ほど遭遇した時の言動も冗談交じりではあったが、那由多さんに対して好意的に接する言動が多かった。 

 ただ、那由多さんにとっては傷つくような言動だったというだけ。

 安藤が無知ゆえに、小学校時代の精神をいまだに持っているゆえに、那由多さんを全く気づかわずに自分の気持ちを押し付けるだけの態度で接してしまっただけ。悪気はまったくないのだ。


「そうだったの。だから、君に対しては完璧なラノベのヒロインみたいな存在でいようと思っていたんだけど、上手くいかないもんだね。人生」


 たははと笑う那由多さん。

 安藤たちのせいで、自分の思った通りの自分を見せられなくて、少し唇が震えている。

 これが、安藤に悪意があって、那由多さんをいじめようと思って接していたのなら、なんとしてでも彼女に復讐したいと思うものだが……安藤には好意しかないし、那由多さんのことを友達だと思っている。

 ただ、安藤が愚かなだけだ。

 愚か故に、那由多さんを傷つけていただけだったのだ。


「あ~ぁ、カッコイイ黒木君っていう彼氏を見せつけて、安藤さんたちに「ざまぁ~」って言うつもりだったのになぁ……いざ、安藤さんと面と向っちゃうとダメだね……私。ビクビク怯えちゃう。ざまぁなんて言えなくて、昔の私に逆戻り。何にも言えなくなっちゃう」


 そう言って、腕を天に向かって伸ばして伸びをする。

 多分、何も言えなかったというのは、昔の記憶が蘇って、怯えていただけじゃないだろう。

 安藤に悪気がないと言うことを那由多さん自身もわかっていたのだ。安藤はただひたすらに良かれと思ってやっていた。それが那由多さんにとってすべてが裏目で、そのことに彼女がまだ気が付いていない。

 親切にしているつもりの相手に復讐も何もない。「ざまぁ」と言っても理解はされず、ただから回るだけだ。


「……那由多さん、安藤さんに復讐したいね」


 俺は那由多さんにそう言った。

 わざと疑問形にしなかった。彼女に意志を問う形にしても優しくて聡明な彼女は絶対に否定すると思ったから。


「復讐? できないよ。安藤さんは別に悪いことをしたとも思っていないし、私のことを仲のいい友達と思い込んでいる。それに、もう今後安藤さんとは二度と関わることはないだろうし、それなのに自分から昔の黒歴史掘り起こして、安藤さんに自分がどんなに酷いことを私にしてきたのか説明するって言うのも……なんだか惨めじゃない? だから、いい、このままでいい……もう、二度と安藤さんを視界に入れないようにする」


 視界に入れないと言う言葉に、那由多さんの闇が見えた。

 彼女は安藤に対して、かなり深い恨みを持っているように感じた。

 普通にいい人なら、ここで耳障りのいい気休めの言葉を言うのだろうと思う。傷つけられたからと言って、相手も傷つけたら同じレベルに落ちてしまうとか、恨みを晴らしても自分のためにならないから、恨みは捨てて自分のために生きようとか、相手を許すことが大事だ———とか。

 だけどやっぱり、俺は———。


「那由多さん、追いかけよう」

「え? 追いかける? 何を?」


「安藤さんを。彼女たちとこれから合流しよう」


「———ッ」


 明らかに、那由多さんの表情に嫌悪感がにじみ出た。


「いやだ」


 シンプルな拒絶のワードが出た。


「何で?」

「それは……その……」


 那由多さんは言葉にするのをためらう。彼女がいい人だから、その言葉を口にしたくないのだろう。

 ならば代わりに言ってやる。


「嫌いだから?」

「…………」


 沈黙は肯定とみなしていい。


「嫌いな相手に友達と思われて、一方的に傷つけられてきたんだよね? 那由多さんはいい子だから、全部我慢して」

「…………」


 やっぱり、沈黙。


「なら、やりかえそう。傷つけよう。安藤さんを惨めな存在に貶めよう」


 ———我慢がならない。那由多さんを傷つけておきながらのうのうと何も知らずに今後の人生を面白おかしく生きていこうとするあの安藤という女を許すことはできない。


「い、いいよ……そんなことしなくて!」


 那由多さんは慌てて否定する。


「そんなことしても、何にもならない……安藤さんのためにも、私のためにも……復讐なんてしても、結局は自分のためにならないんだよ……」

「それはどうして?」

「どうしてって……いろんなアニメや漫画で、そう言ってるから……」

「じゃあ、那由多さんって復讐したことないんだ?」

「そりゃないよ」

「やってみなけりゃわからないじゃん?」

「え?」


 俺は携帯を取り出し、ある番号にかけながら、那由多さんに向かって言う。


「やらずに後悔するより、やって後悔する方がいい。そういう言葉もあるよね?」


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