第15話 渉に〝また〟叱られる。
那由多さんには他に好きな男がいる。
その可能性に気が付いた時、ショックで彼女と距離を置きたくなった。
だが、
「それじゃあダメだよな! 渉」
「……突然何?」
あと一つ授業を受けたら放課後になるという最後の休み時間。
俺は渉と共に男子トイレに来ていた。
いわゆる連れションという奴だ。
「渉。お前が言わんとしていることはわかる」
用をすませ、手を洗った後、隣のハンカチで手を拭いている渉に向かって言う。
「いや、俺は何も言おうなんて思っていないんだが……」
鏡に映っている渉は困っているような表情を浮かべている。
「俺は那由多さんの好みのタイプになりたい、そう思っていた。だがいざ他に好きな男がいると知ると俺はショックを受けてしまった。それじゃあダメなんだよな……わかっている」
「……知らんがな」
渉は辟易とした様子。
だが、付き合ってほしい。
そう思い俺はただ一方的に喋る。
「那由多さんはヒーローのような男が好きなようだ」
「ヒーロー? ああ、不良から助けてくれる的な?」
「そうだ。だから、お前に頼みたいことがある」
彼に協力を取り付けたかった。
「嫌な予感しかしないから断る」
「まだ何も言っていないが?」
「わからない馬鹿がいるか? 俺が那由多さんに絡んでお前が助ける、そんな三文芝居をやれって言いたいんだろ? 誰がやるか」
「そんな……俺達親友だろ?」
「お前が勝手に言ってるだけだ。それに俺も俺で暇じゃないんだよ。明日はデートをするからな」
そう言った後渉は思い出したように鏡に向き直り、前髪をいじりだした。
「流石は渉。もう女の子を攻略してデートの約束を取り付けたのか?」
金髪で顔のいい渉のことだ。声をかければ彼女なんていくらでもできるだろう。
「攻略って何だよ……違うわ。ナンパしたわけじゃねーよ。俺には決まった相手がいるの」
「ずっと前から好きだった人……ってことか?」
「違げー。許嫁」
「へー、そうか、許嫁……許嫁⁉」
驚愕の言葉に思わずトイレの中にも関わらず、大声を出してしまう。
「お前……許嫁いるの⁉」
「ああ、あんまり可愛くないけど」
とか言いながら、顔の角度を変えながら、どんなアングルが自分が一番カッコよく見えるかを研究している。
「ウチってここら辺の名家っていうか……まぁ、じいちゃんが議員やってたりして偉いんだよね。だから、古いしきたりにいまだに縛られているっていうか……それで許嫁があてがわれてんだよ。迷惑な話」
タハハと、言葉とは裏腹に嬉しそうな様子。
「お前……そんな上級国民だったのか……」
「言い方ァ! ぶっ飛ばすぞ……まぁ否定できないけど。だから、俺にも俺の時間が必要なわけ。いつもお前に付き合えるわけじゃないの。悪いな」
謝るように掌をひらひらと振る。
「お前、許嫁がいるのに……よくそんな金髪とかオシャレに気を使えるな」
「お、まだ喧嘩売ってんのか?」
「違う。決まった相手がいて、別に他に好きな相手がいないんなら、オシャレに気を使う必要がないんじゃないか? だってオシャレに無頓着でも相手と結婚する運命にあるんだろ?」
「だから、お前はダメなんだよ。好きな相手にカッコいいと思われたい。そのためにはどこまででも努力する。それが普通だろ?」
「———ッ!」
当然のように言う渉が……俺の目にはメチャクチャカッコよく映った。
あまりにもその渉の姿に感動し、無意識で「そのとおりだ……」と呟いた。
「あ?」
「その通りだ‼‼‼ 渉よ!」
「うわぁ! 急に大声を出すな……びっくりするなぁ……」
びっくりしたように渉は胸を押さえた。
「お前の言うとおりだ! 好きな相手にカッコよく思ってもらいたい。そのためには努力を惜しまない。その心遣いが俺には足りなかった!」
「あ……あぁ、そうだと思うよ……」
「実は俺にはその心が足りなかったせいで、この街に来ることになったんだ……聞いてくれるか、渉……俺の悲しい過去を……」
そう前置きして俺は幼馴染との、橘陽子と俺の間に何があったのかを語り始める。
渉は「嘘だろ……勝手に過去語りを始めやがった……」と引いた様子だったが気にしない。
「過去形、じゃないなぁ……」
一通り話を聞いた渉が最後に呟いた感想がそれだった。
「どういう意味だ?」
「いいか、黒木。お前は結局自分の事しか考えていない。自分の世界でしか相手をまだ見ていないんだ。そして、お前はやっぱりまだ幼馴染が好きだ」
「———ッ!」
指摘されて目を見開いた。
今まで自覚がなかったが、そう指摘されるとそうなのではないかと思えてきた。
「そうだろう? 幼馴染が自分磨きのきっかけをくれたから、彼女に負けないぐらいに可愛い彼女を連れてお礼に行く……その目的が未練たらたらなんだよ。結局幼馴染のために彼女を作るってことだろ。それはその彼女さんに失礼じゃないか? しかもその結果お前は満足するかもしれんが、普通に考えて幼馴染は幸せになったお前らを見せつけられただけだぞ? そんなん当てつけととらえられてもおかしくない」
「………確かに。だけど、それは俺の存在意義を。ここに今俺が存在している理由が揺らぐ大きなことなんだが……俺はそのためだけにこの地に来たんだぞ」
「知らんがな。自分で何とかしろ。とりあえず、お前が考えなければならないのは一点だけ」
ビシッと指を立てる。
「幼馴染ともう一度じっくり話し合え。そんな未練がましい目的を二度と持てないようにな」
「渉……」
「なんなら、もう一度告白しろ。そして盛大にもう一度フラれてこい。じゃないといつまでたっても中途半端な気持ちを抱えたままその幼馴染のことを忘れられずに生きていくことになるぞ」
呆れたように肩をすくめる渉。
こいつは———俺の心を見抜き、どうすればこれからいい人生を歩んでいけるかを全く遠慮せずに指摘してくれる。
本当にどこまでいいやつなんだ……こいつは。
「渉……」
「何だ?」
「ありがとう‼」
ガッと渉の肩を掴み、礼を言う。
「俺はもう一度……幼馴染の橘陽子に向き合ってみる! そして、もしもお前の言う通り陽子が好きだとわかった場合は、この美里市を去ることになるかもしれないけど、お前は俺の永遠の親友! 心の友だ!」
どこかで聞いたような、手垢のついたフレーズだが俺の渉に対する感情を言い表すのにこれほどマッチする言葉はないので恥ずかしげもなくそのまま使う。
「おい……」
最大限の感謝と親愛を込めた眼差しを送っているが、対する渉は不快そうにジト目を向けている。
「俺は、小便した後———手を洗ったが、お前は?」
「…………」
「やっぱ俺、お前のこと嫌いだわ……」
その後、肩を一発ぶん殴られた。
こればっかりは殴られても仕方がないことだと思い、甘んじてそれを受け入れる。
だが、男同士のいさかいは、儀式を終えるととさっぱりしたものだ。その後、明るく談笑しながら男子トイレを出ようと、廊下へあと一歩という時だった。
———目の前に人が立っていた。
「うわぁ……っ⁉ 那由多さん……」
俺の中のメインヒロイン———那由多愛が男子トイレの出入り口の目の前に立っていた。
「……………」
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン……!
休み時間終了のチャイムが鳴る。
意味深な笑みを浮かべ何も言わない那由多さんの顔を、俺達は見続けていた。




