ホワイトクリスマスを思い出す(百合。片想い)
友人の少女漫画家が死んだ。
自殺、それも心中だったという。
恋人だった女性と共に、高い崖から海に飛び込んだのだそうだ。
いつかやると言っていたが、まさか本当にやるとは。
私は涙より先に、感嘆の息が零れた。
『君は駄目だよ。私は君が大好きだからね。好き過ぎる君を、連れては行けないんだ』
煙草を美味そうに喫みながらそんなことを言っていたのは、確か一昨年の冬の頃だったか。
何を馬鹿な、とか、少女漫画界の太宰治かよ、とか、そんなことを私は言ったように思う。
彼女は低く笑いながら、
『いいね』
とだけ、言った。
『女好きの私が、唯一好きな男が太宰治さんなんだ』
次の朝、別れ際に歌うように彼女が言ったことも憶えている。
そう、あの朝は晴れていて、けれど一晩中雪が降っていたから寒くて、地面は白く光っていた。
ぴかぴかした、新しい匂いのする朝だった。
彼女は目を細めて、
『ああ、毎日がこうなら、まだあと数年は生きていける気がするね』
と言っていた。
(そんなこと言いながら描いてる漫画は、ほのぼのギャグの日常少女漫画なんだよなぁ)
だから、ファンは彼女の死を奇行と思うだろう。
アニメ化も決まっていたというし、倖せな矢先、恋人を巻き込んで死ぬとはいったい何事だと感じるのも無理はない。
私は、ここからしばらくSNSやニュースを見るのはよそうと思った。
葬式や通夜は……事件が事件だ。おそらく、近親者のみでひっそりと行うのだろう。
ならばほとぼりが冷めた頃に、線香だけ上げに行くかと決める。
「……かなしくない、なあ」
寂しいけれど、悲しくは無かった。
いつ会っても遠い目をしている彼女を見るのは、何処か居心地が悪かった。
私を好きだと口癖のように言っていたけれど、私に触れることはついぞ無かった。
他の親しい友人たちが私と肩を組んだり、冗談で抱き着いたりしているときでも、彼女は決して私に触れようとはしなかった。
その不器用な真面目さに、私は好ましさと同時に何か息苦しいものも感じていた。
……そうだ、あの日。
彼女と居て、唯一息苦しくなかった瞬間があった。
雪の朝。滑りかけた私を、彼女が咄嗟に腕を掴んで助けてくれたのだ。
照れ臭そうに笑った彼女が可愛くて、私まで照れてしまった。ありがとう、と言えば、はにかんでうなずいた。
子どもみたいな顔で。
『……クリスマスプレゼント、なんて』
と言っていた。
あの日は、ホワイトクリスマスだったから。
「馬鹿だねぇ」
彼女は私のことを大好きで、けれど本当の表情を見せたのは、たぶんあの一瞬だけだった。
そんな風に色んな本音を押し殺して生きているひとだった。
だから、私は寂しいけれど、悲しくは無かった。
きっと、やっと、彼女が楽になったように思えたから。
「……クリスマスに、線香を上げに行ってやるよ」
ぽつりと虚空に言葉を零せば、何故か脳裏にあのはにかんだ笑顔が過ぎって、そのとき一つだけ、涙が零れた。
END.