光無き地 4
それから一時間ほどして、近隣の街をもう一つ通過した。前の村とは違い、割と大きめの街……シティというよりタウンと言った方がしっくりくる大きさだ。
「師よ、探知の結果は?」
先頭を飛ぶアグラタムがスピードを少しだけ落として聞いてくる。イシュリア王もその報告を聞くために少し滞空スピードを落とした。
「……前の村と同じで、家畜と見られるものは検知できなかった。ただ最前線の村よりも人……影はいる感じはしたけれど、この規模の街の大きさでもイシュリアのただの村よりも恐らく人数は少ないと思う」
それを聞いてふむ、と地に足をつけずに飛ぶ二人は考える。少しして、アグラタムが言う。
「やはり最前線の村は駆り出されてしまったのですかね」
その意見に納得したように頷きながら更にイシュリア様が付け加える。
「ええ、最前線にある村だから家畜も全て戦線に送られたのでしょうね。……でも不思議ね。歩きならここまで一日はかかるような計算なのに、目立った村も街もここまで無く、街もガラガラなんて。まるで廃墟ね」
(廃墟……確かにそうかもしれない)
薄暗い灯火があるだけで人はいない。廃墟という例えはピッタリであろう。
そう思っているとアグラタムが提案をする。
「飛び始めて一時間になります。恐らく今のが店主が教えてくれた二つ目の中継地点でしょう。となれば残るのは二つの村ですが、魔力切れを起こしては万が一の事態に対応出来ません。少し休憩を挟みませんか?」
「そうね。魔物や影が突如襲撃してこないとは限らないもの。……もう少し離れたら休憩しましょうか」
イシュリア様がその意見に賛成するなら自分としては却下の意思はない。寧ろ休憩が一番必要な自分の為に敢えて言ってくれたのだろう。
「じゃあ……もう十分ぐらい離れたらそこで休みませんか」
「うん、そうしましょ。アグラタム、食糧はまだあるわよね?」
「はい。備蓄はまだまだ余裕です」
そう言うと、廃墟の街を離れるようにスピードを出して空中を駆けた。
「この辺りですかね」
近くに水の流れる音が聞こえる。川があるのだろう。それを察知して止まったに違いない。
「そうね。……水辺より少し遠くしましょ」
そう言ってまたバサッとマットが敷かれる。それを適当に土魔法の杭を打って固定すると、自分は少し気になっていた事を確認するために許可を取るために話しかける。
「一度水辺を見に行きませんか。ここまで飛ばしてきた事、そもそも影が水を必要としないと仮定すると一度確認しておく必要があると思うのです」
それを聞くと真っ先に頷いたのはイシュリア様だった。
「そうね。実地でしか分からない情報は安全なうちに確認しておくべきだわ。情報は正確なものがあればある程有利になるもの」
「御心のままに」
アグラタムも心境としては同じなのだろう。頷いて、水の音がする方へと木々を掻き分けて歩いていく。
「……これ、は……」
「……なんですか、これは」
水の流れる音の通り、川はあった。そしてそれは池を形成していたのだが、その見た目は見るに堪えないものだった。
何らかの血であろう黒い液体。浮遊する影であったであろう何かの死体。そして汚れきって飲むに耐えない水。
「……何か危険です!下がりましょう!」
そう言って三人ともバックステップで後ろに飛ぶ。その瞬間、自分は石を土魔法で作り出して投げ込んでみる。
十分な距離を取ったところで石はチャポン……と音を立てて池の中に入る。その瞬間だった。
「ゴ、ガ?」
水が形を変え、歪な魚のようになる。そして不可解な鳴き声を上げた。
「……なるほど。影に水は必要ないが、都に行く時にここを通った。そしてこの獲物の餌食になった……そういう感じですかね」
それを聞いてアグラタムが火と光を混合させた巨大な塊を生み出しながら言う。
「何にせよ、この世界では水すら信用ならないという事ですね。とりあえず吹き飛ばします」
前に思った影食い木もあながち居るのではないかとぶるりと震えながらアグラタムの円形の塊が魚のような何かに直撃する。
「ガ、ガアアアアア……!」
その威力は覿面だった。影の魚は蒸発し、池どころか川の水までなくなっていく。
「……水が蒸発した、ということはこの元の水は全て魔物ということになりますが」
「その認識で合っていると思うわ。何にせよ……敵であったとしても、ここで亡くなった影の御魂が霊界に送られますように」
イシュリア王が片膝を着いて祈る姿を見て、自分も真似る。
(……慈愛の盾よ。彼の者らを安らかに眠らせたまえ)
そう祈って盾を顕現させると二人は耐えながらそれを待ってくれた。すると、不思議な現象が起きる。
蒸発したはずの影の身体が宙に舞い、光に導かれるように天に昇っていくのだ。
「あぁ……救世主よ……」
「我々は遂に影より光に辿り着いたのだ……」
数多の影が昇天する姿を三人して見ながら、次の瞬間に身体を硬直させるほどの衝撃の言葉を聞かされる。
「……戦線など、出るべきではなかった」
「でも出るしか無かったのだ。命令には逆らえぬ、そしてこの土地に光をもたらす為に……」
「……あぁ、我ら都に辿り着けずとも……この世界……『タルタロス』に光あれ……」
そう言って全ての魂と思われる影が昇っていった。
「戦線に出るべきでは、なかった?何かやはり術式があるのか?」
アグラタムがそういう中イシュリア王が決定的な言葉を口にした。
「それよりも大事な事がわかったわね。
……タルタロスは、『この世界そのもの』よ。彼らが信仰し、戦っているのは魔法術式でも誰かに仕えるためでもない。この世界の為だったんだわ……」
そう二人の感想を聴きながら先程のマットの所へ戻りながら考える。
(命令には逆らえない。そして光を求めたタルタロスの民……でも、何故だ?何が引っかかる?……何故あの影は、片言ではなく普通に自分たちに分かりやすく話したのだ?まるで、そっちの方が救いかのように……)
大きな謎が解決した中、また大きな疑問が自分の中では生まれていた。
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