魔術
鈴の音がまだ鳴る前。まだレテが救援に行っていた時だった。
魔術学院の寮では影が発生し、主に上級生が奮闘していた。
「寮にいくら軽い結界があるからってよぉ……」
上級生の一人がつぶやく。それに合わせて影の上から雪崩るように土が降る。狙う、というよりは数打てば当たる感じがする。広域化系統なのだろう。
「全力で打てないってことはまぁ魔力も温存できるってことだけど……コイツらがどんぐらいタフなのか分からないね」
風の球が影の連中の中で萎み、それに合わせて影が引っ張られる。最後にその球が爆発し、周囲の影が吹き飛んだ。収縮系統の応用技だろう。
「私達にもなにか出来ないかな……」
ポツリと呟いた私に対して、ダイナが提案する。
「隙を作って貰って裏庭を見に行くとか?さっき滅茶苦茶大きな音してたし」
しかし、それにレンターが反対する。
「……いや、それは無理だろう。俺たちだけで離れればあの影は俺たちを折ってくるに違いない。しかも裏庭に落ちたのが影だったら挟み撃ちになる可能性もある」
「結局ここで待機って事だね?」
レンターの結論を聞き、ニアが纏める。シアもそれでいい?とニアが目で訴えるので諦めてこくりと頷く。
「……レテ君、大丈夫かな」
愛しき同室の人。彼が影に遅れを取るとは思えないが、それでも不安なものは不安になるものだ。
「まぁ……レテ君なら大丈夫だよ!きっと!」
「むしろ全力出せない分〜どうやって戦っていいのか分からなさそうだよね」
たしかに。もしかすると裏庭の音は彼が裏庭に起きた何かを察知して思いっきり壊したのかもしれない。
「……っ、無尽蔵だな……ホントに……!」
先輩方が限界に近づく中、私は考える。
(この中だとゲンブは顕現出来ない。……結界、部分的にゲンブの力を借りることは出来る?それが出来れば……)
最初にゲンブを出した時のことを思い出す。あの時は最初ゲンブは出てきていなかった。ならば結界だけ出すのも可能なはずだ。
「……ニア、あれに『殲滅者』を使うことは出来る?」
私の不意の問いかけに少し驚いた顔をしながらも頷いてくれる。
「う、うん。人型だし……発動出来るよ?」
「先輩方が疲弊し始めてる。私がゲンブの結界だけを呼び出すから、その隙に交代しよう」
「ってことは僕達が前に出るのね〜了解〜」
ダイナが意図を理解し、レンターも無言で頷く。意思がひとつになった所で自分の中の力を集める。
(欲しい……皆を守るための力が……だから、その力を貸して!ゲンブ!)
パン!と手を合わせて右手を前に掲げると丁度戦闘していた先輩方と影の間に結界ができる。
「な、なんだこれ……!あの影の新しい技か!?」
上級生も先生も戸惑う中、声を張り上げる。
「これは私の特異能力の結界です!今のうちに疲れた人と戦える人の位置を入れ替えてください!……早くっ!」
少しオロオロしていた先輩方だったが、喝を入れたことで一斉に動く。疲れた人を後ろに運び、代わりに自分たちが前に出る。
「ニア、魔法の準備」
「出来てるよっ!」
周りに複数の球を浮かばせて待機するニアに、レンターが付与系統の技でそれに光属性を付与する。
「……これでよし、だ。」
「僕はその後攻撃に出るよ」
ダイナの返事も聞くと、カウントダウンをする。
「結界を解きます。……三、二、一、……解きますっ!」
解いた瞬間にニアが『殲滅者』を発動させ、光属性を付与された三つの球がそれぞれ巨大な槍となって影の塊を部分的に穿つ。
そしてまたわらわらと集まり始めたところにダイナの風が着弾する。若干強い風に驚きながらも、私も水の球を作り出して数を減らす。
交代した先輩や先生も必死に数を減らす。しかし、数は一向に減らない。倒しているから増えもしないが減りもしない、と言った感じだ。
「……まだまだ行けるな?」
「勿論〜」
「行けるよっ!」
頼もしい仲間の声を聞きながら私も魔法を打ち続けていた。
その時、不意に誰も居ない方から光の槍が複数本飛んできて影を一気に減らす。
その姿は見えない。いや、ぼやけていて誰だか認識できない。まるでそこだけが歪んでいるかのように。
「こんな形で姿を見せることを許してほしい。……いや。姿を見せていないのは私の術なのだけれどね。私も少しばかり加勢させてもらうよ」
そう言うと一瞬でそちらを向いた影を巻き込みながら回転する光の輪が中央に向かっていき、中央で大きく光る。
「やはり実地に来ないと分からないものもあるものだね。動けない身としては辛いところだ」
(動けない身……?)
その言葉に疑問を抱くが、次の瞬間待ち望んだ音が聞こえた。
リーン……リーン……
「鈴の音……!」
「撃退だ!侵攻を撃退したんだ!」
そう皆が喜んでいる中、門から最後の置き土産とばかりに影が大量に出てきて門が閉じた。
「やれやれ、往生際が悪い連中らしいね。……子供たち。少し離れていて」
不思議とその言葉はするりと聞き入れられた。直ぐに後ろに下がると、姿を認識出来ない人が手を伸ばす。
その瞬間、どこからともなく風が吹き、一箇所に影がぎゅうぎゅう詰めになると、一瞬で光がそこを埋めつくす。
光が消えた時には既に影は一体も居なかった。
「収縮系統と顕現系統の合わせ技だからね。あなたたちも努力すれば出来るようになるよ。……ああ、そうだ。シアって子はいるかな?」
解説の後、唐突に名前を呼ばれて返事をする。
「は、はいっ!」
「そうか。貴女がシアちゃんなのね。……貴女のルームメイトに伝えておいて。いつも私の右腕がお世話になってます、って」
(いつも……右腕が?右腕……右腕!?)
彼の正体。本来の立場を思い出して頭が真っ白になる。
(もしかして、貴方はーーっ!)
「ふふ、じゃあね。愛しき子供たち」
やんわりとした口調のまま、その人は門を開いて去っていった。
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