精霊の暴走
苦しむ先輩を前に、スイロウ先生が自分たちに指示を出す。
「先輩たちにそっと寄るんだ、いいな。走り出したりするなよ」
「はい」
返事をして、自分が精霊を見ながらそっと四年生が固まっている方へと移動する。
四年生の担任の先生は苦々しい顔で、蹲る先輩を見ていた。
「……四年生の皆。それにSクラスの一年生よ。覚えておくといい。精霊召喚に限らず、特異能力が暴走した時止める手段は主に二つだ。一つはこうした実体を持つモノの場合は戦い、発動者の魔力を消費させて解除させること。……もう一つは、発動者自身を気絶などで意識不明にして強制的に特異能力の発動を辞めさせることだ」
こんな時でもないと得られない知識ではあるだろう。先輩も皆恐怖の目になっているが、こくりと頷いた辺り理解はしたのだろう。
「スイロウ先生。すみませんが生徒を頼みます」
「任された」
そう言うとスイロウ先生は生徒の前に立ち、先生が一気に走り出し、先輩へと距離を詰める。
しかし精霊がそうさせなかった。炎を纏わせた球が先輩の一歩手前に着弾し、煙をあげると先輩を守るように移動していた。
「くっ、精霊が相手か……!」
無尽蔵かのように繰り出される炎の槍と精霊の体術により、先生は後ろの先輩の事を考えると魔法が打てていない。
徐々に場所を移動してはいる、いるが先輩が更に苦しみ始める。
「ぁ、ああああああぁぁ!」
その叫びを聞いた瞬間、先生が距離をとってこちらに戻ってくる。
「スイロウ先生!」
「わかっている!」
二人で結界の魔法を展開すると、その直後にこちらに向かって大きな炎のブレスが吐き出される。
その光景に四年生の一部は後ろを向く。仕方がないと思う。普通に怖い。
「くっ……」
「中々才を秘めたる子ですね……あの子は……!」
四年生の先生が悔しそうな声を上げる中、スイロウ先生はどこか嬉しそうに褒める。確かに精霊のこういった魔法や体術の威力は発動者の才能に左右される。暴走時にもなればそれが尚更現れるのだから感嘆するのも無理はない。
無理はないが、無尽蔵に吐き出してくるブレスに徐々に二人とも焦りが滲み出てきた。
「ここまで……続くとは……!」
「魔力の我慢比べ、とはいきませんぞ……結界を張っている我々の方が恐らく先に尽きるでしょう……」
「それだけは絶対に……!後ろの生徒を傷つける事だけは、あの子も私も望んでいない……!」
しかし結界を維持し続けるのと、ただ炎を吐き出すだけ。どちらも続けるのは同じだが結界を展開する方が流石に魔力の浪費は高い。そんな時シアが耳打ちをしてきた。
「……ねぇ、この状態ってさ。結界が維持出来るか、他に注意を向かせれば何とかなるんだよね?」
「後は先輩を強制的に気絶させるか、だね。……それがどうかした?」
そう答えると、シアがこくりと頷いて集中する。
「……私は『ビャッコ』だけじゃなかった。それも兼ねて、レテ君に紹介するよ」
「……そういう事か」
やはり、シアの獣神顕現はビャッコだけではなかった。こちらも万が一のために特異能力を発動する準備をしながらそれを見守る。
少ししてシアがパン!と手を合わせると、先生達がこちらを向く。
「な、何をしている!?」
「シア君!一体何をする気だ!?」
その二人の問いにシアが静かに答える。
「助けるんです。先生達も、先輩も。……私達を守って!『ゲンブ』!」
そう叫ぶと、精霊の横に大きな亀が出現する。そしてブレスを吐き続けていた精霊に素早く水の玉を吐き出す。
すると精霊はブレスを吐き出すのを辞めて、ゲンブに炎の玉と蹴り、それに拳を次々と繰り出していく。
「先生!今のうちに!」
「っ!すまない!」
シアが声を出すと、先生が再び先輩の元へと走り出す。それを精霊が追いかけようとするが、ゲンブが結界を逆に精霊を覆うように展開して動きを封じる。
中で必死に暴れる精霊を見ながら、先生は済まない、とだけ声をかけてそっと苦しんでいる先輩の首筋にに手刀を当てた。
すると先輩が気絶し、精霊も消える。ゲンブも役目が終わったとばかりに優しく鳴くと、空気に溶けるように消えていった。
「……教え子にまさか助けられるとは。すまない、シア君」
「いえ、予想外の出来事でしたし、私の独断なので寧ろ怒られるべきです」
キッパリというシアに対して、四年生の皆が顔をあげる。
「た、助かったのか……!」
「見てなかったの!?横に亀が現れて先生達を助けてくれたのよ!」
「すげぇ……今年の一年生ってこんなすげぇのがいるのか……」
シアの方を見ながら賞賛されていると、最初は笑っていたシアも徐々に顔を赤くして自分の後ろに隠れてしまった。
「……恥ずかしくなったんだな」
「うぅ……こんな多くの人に褒められるの初めてだもん……。顕現の神童って呼ばれた時のレテ君の気持ちが分かる気がする……」
クラスメイトの笑いを取りながらも、気絶した先輩を抱えた先生がこちらへと向かってくる。
「シア君、といったかな。私達に判断を仰がなかったのは少し問題だが、それ以上に迅速な対応と……恐らく特異能力。その力に感謝する」
その声を聞くと、自分の後ろから出てきてぺこりと頭を下げる。
「いえ、私は私に出来ることをしただけです。それよりも早く先輩を救護室へ……」
「そうだな。ありがとう、助かった」
先生が先輩の身体を極力揺らさないようにそっと走り去っていく姿を見ると、スイロウ先生が声を上げる。
「さて四年生の皆!特異能力にはああいったイレギュラーも起こるわけだが、特異能力だからといって特異能力でしか対抗できない訳ではない!今度誰かが暴走したらそれを止める手助けが出来るように鍛錬を積むんだぞ!そして特異能力を持っている子は、暴走しないようにゆっくりと慣らしていくこと!最後に!シア君……後輩の特異能力については秘密にすること!いいね!」
四年生の皆がはい!と返事をするのを聞いてそっと自分の左手を見る。
(使う機会がなくて良かった。……いや、事態を収めるだけなら早く使った方が良かったのかもな)
少し悩みながらも、シアが特異能力を使ってくれたおかげでなんとかなったのは間違いない。
当の本人はまた自分の後ろに隠れてしまったが。
いつも読んでくださりありがとうございます!