アグラタムの考察
ラクザの戦いが終わり、フードの……師の秘匿を終わらせた後、改めてアグラタムは全部隊に向けて連絡していた。
「作戦ご苦労であった。各自レイン様の屋敷の前にて待機せよ」
そう言って連絡を切ると、屋敷の中をゆっくりと歩き出す。
途中では子供達が叱られている声が聞こえてきた。恐らく、無理を言って連れてきてもらったのだろう。でなければ大人も子供も、ラクザの屋敷からこんな早さで辿り着けるはずがない。
(……そういえば、何故こちらに連絡が無かったのだろうか?)
恐らく戦況確認しているであろう部屋へと向かう。タダの勘だが、作戦室とは街が見える場所にあるものだ。
「失礼、ここは作戦室だろうか?」
そこそこ広く、尚且つまだ魔力の気配がする部屋を見つけたので声をかけてみる。
「はい。作戦室はこちらです」
すると中から少し緊張した声で応答があった。自分の立場を弁えなければ、と思いつつひとつ聞きたかった事を聞く。
「当初、こちらにはラクザからの救援が無かった。とある話によれば弓術士が矢文で緊急事態を伝えたというが、何故正規軍に連絡をしなかったのだ?」
「こちらも正規軍に当初連絡をしようとしたのですが、ラクザの街を囲むように通信遮断の魔法が掛けられていました。なので物理的に救援を求めたというわけです」
その説明に納得する。助けを求めたかったが、求められなかったわけだ。
「……なるほど、情報提供助かる。ラクザの救援に遅れた事、許して欲しい」
「い、いえ!アグラタム様が謝ることでは!引き続き残党がいないかこちらでもう少し監視します。既に通信遮断の魔法は解けているので大丈夫だとは思いますが……」
「ああ、何かあったら知らせてくれ」
そう言うと部屋の前から立ち去る。
ラクザの屋敷から出ると、一番隊から六番隊まで全員生存している事が確認できた。
「まず、礼を。よくぞラクザへと共に駆けつけ、一人も犠牲なく戻ってきてくれた。軍人と言えどそなたらもイシュリアの民の一人。死ななかった事、安堵している」
皆が頭を垂れながら安堵の声を漏らしている。そう、それでいい。戦いが終わって勝てば安心していいのだ。
「それでは帰還に入る。今日の訓練は全て中止とし、各自思い思いの休息を取るとよい。……決して私の財布だからと言って飲みすぎないようにな?」
そう言って隊長に等分配するように伝えてかなりのお金を与える。後で王に私も手当を貰わねば。
「では。帰るとしよう。我らが城へ」
そう言って門を開いて、全員がイシュリア城の庭へと辿り着いたことを確認すると門を閉じた。
「……という、事の顛末でございます」
深夜。寝静まった夜にイシュリア様の私室にて報告をしていた。
「やはりそなたの師であっても魔力の限界はあったか。それでもその歳でその魔力量はバケモノの類ではあるが」
「話を聞くところによるとずっと鍛錬のために的を出していたらしいですし、師の事です。魔力の鍛錬に消費していた可能性も考えられます」
そう言うと二人してあっはっはと笑う。笑うが……。
「……いや、やはり人外じみていないか?」
真顔でこちらに問いかけてくる。
「王よ、師も一応人間ですよ」
「そなたが一応と付けたらそれはもう人外といっているも同然ではないか」
呆れた口調で一口茶を啜ると、ふぅ、と一息つく。そんな王を見ながら自分も一口啜る。うん、美味しい。
「……してアグラタムよ。それだけではないだろう?」
「はい。今回もタルタロスを語る奴らからの襲撃でしたが……何かが引っかかるのです」
「ふむ……共に考えようではないか」
そう言うと、流れを順に思い返す。
まず、魔法で通信系統を遮断。次に街を襲い、街にいた人を人質に。そこでふと思う。
「……影は、何故その場で贄にしなかったのでしょう」
「纏めた方が効率が良いと考えたのかもしれん。連絡を取れないようにしたのも、こちら側からの救援を気にすることなくゆっくりと生贄と出来るからな」
「ふむ……」
そして自分達が駆けつけ、影を撃退。最後に師と自分が撃破。これで終わりだ。
だが、何かが引っかかる。
「……最後まで人は袋に入れられたままでした。それに、術式でどこかに送ろうとした。その上、影は指揮系統と見られる影以外は全て同じ姿。これではまるで……」
「……文字通り、影写のような存在であるな。まるで量産型のようだ」
そう言われて、ふと思う。
(何故、師は影に紛れてもバレなかったのだろう?)
自分の顔を見たのか、王が何やら気づいたように言う。
「何か引っかかることがあるのだな?」
「はい。幾ら量産型、それに擬態しても師が見破られなかったのはおかしいこと。それを指揮系統も分からなかったのは不思議ではと思いまして」
「……ふむ。指揮系統も量産型なのかもしれんな」
二人して考える。チクタク、と時計がなる中、冷めないうちに一口また啜って考える。
(量産型……量産型。ならばそれを生み出す存在がいるはず。ならそれを生み出しているのは何だ……?それに、まだ何かひっかかる……)
「ううむ。守護者と王である私が考えても埒が明かないとはの」
それを聞いてハッと思う。
「……王よ、今何と?」
「ん?埒が明かない、と」
「いえ、その前です」
「守護者であるアグラタムと王であるイシュリア、二人が考えても……」
やっと、喉に突っかかっていた小骨が取れた気がする。
「……それです、王よ」
「どれだ?」
「例えばタルタロスと仮定したものが人や偶像であるならば。『殿』、『様』、『王』。何かしらの敬称がつくはずです。末端ならばその傾向も強いはず。なのに彼らは一貫して『タルタロス』としか呼んでいないのです。もしかしたらタルタロスとは……」
「……人や偶像でない。つまり……」
「「魔法術式……?」」
二人して声を合わせる。そうすると色々なことに辻褄が合う。
「確かに、魔法術式であれば合点がいく。様と呼ぶものでもあるまいし、贄……禁忌の闇魔法を使用するのに必要不可欠な生贄も必要とするだろう」
「そうすれば影の場所に見当がつかないのも合点がいきます。その場で量産型の影となるならば、準備が整うまで生贄を術式で書き換えてしまえばいい」
ぶるりと震える。そんな事をして、一体何をしようと言うのか。
「……拠点が分からない故、これ以上の考察はやめておこう。まだ魔法術式と決まったわけでもあるまい」
「そうですね。偵察部隊にも師にも、不確定な情報を与えるわけにはいきません。ですが……」
「……ほぼ確定、と見ていいじゃろうな」
そう言って二人して再度茶を啜る。
茶は、既に冷め切っていた。
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