事故と約束
一日目はバタバタしていたせいもあり、時間もズレて、その後も母さんがいるから問題は起きなかったのだ。
だから母さんがいなくなれば問題が起こったのは必然だった。母親はご飯を作る前に入る習慣があり、運悪くその日は母親がご飯に呼ばれたとかで外出して二人きりだった。だから二人とも同じ事になるのだ。
そう、学院の時間に合わせてしまったのである。
「……そろそろ風呂かな」
自室で時間を確認すると、シアから借りた本に栞を差すとそっと机に置いて自分の風呂の準備をする。シアはいつの間にか居なくなっていたが、彼女も本が好きなようなのできっと自分に配慮して書斎で本を読んでいるのだろう。母さんも父さんも居なくて二人きりだし。
風呂の準備をして、自室を出た。
「んー!やっぱりお風呂気持ちいい……」
私は風呂が好きな部類であると思う。一日が終わる、という実感や身体を清潔にして綺麗になる独特の感触。それに身体が温まっていくあの時間が好きなのだ。
何より学院の大きな風呂で多くの人と入るのではなく、今は自分一人で十分な広さの風呂を確保出来るから尚更ゆったり出来る。色んな事を考える。
(ほんと、レテ君に連れてきてもらってよかったなあ……。最初は不安だったけど、お父さんもお母さんもいい人だし……本だって凄い。確かにあの量の本を殆ど覚えちゃえば筆記試験なんて何学年まで覚えることがないんだろうってぐらいまであるし!私もレテ君の家にいる間は読ませてもらおーっと!)
機嫌良く入って、最後にシャワーでさっと身体を流してサッパリする。ふぅ、と一息つくとガラッとドアを開ける。
「……え?」
「えっ……!?」
開けてビックリである。そこには丁度脱ぎかけで、下着を脱ごうとして固まったレテ君と目が合った。
「あれ、母さんが珍しく消し忘れたのかと思ったら……もしかして……」
「覗き!?レテ君二人になったらそういう事するの!?」
「ちが、違うって!学院で風呂の時間になったから来たらおかしいなって思ったんだよ、けど母さんが消し忘れたんだと思ったんだ!」
「……あ」
ここにきて理解する。今日はレテ君のお母さんが居ないことを。
いつもはお母さんが先に私に譲ってくれたり、本を読んでいるとレテ君を先に入れて時間を管理していたのだ。
だけれど今日は出かけてしまって居ない。そうしたら二人とも分かりやすい指標で入るわけだ。それが、学院の風呂の時間である。
「え、えっと……」
「わあああ!とりあえず自分が出ていくからシア!服を着てくれ!頼む!風邪を引いちゃうから!」
混乱していると、レテ君が慌てて脱衣場から飛び出して行く。その後に私の肌が鳥肌になっていることに気づく。
「あわ、寒い!はや、早く着ないと!えっとタオルタオル……!」
慌てて身体を拭くと、急いで自分の寝巻きを探して着る。ちょっとまだ髪の毛が濡れているが、大丈夫だろう。
「れ、レテくーん?着れたよー……」
「……ごめん、半裸の自分はどんな顔して入っていいか分からないから先に部屋に戻ってもらっていいかな……」
「……そ、そうだよね、先に戻ってるね!」
そういえば彼は脱いでいる途中だった。この時期、寒いのに自分を待っててくれた彼に感謝をしながら部屋へと戻った。
「っくしゅん!」
(……うん、今度から二人の時はどっちが先か決めておこうか。ごめん、レテ君)
寒そうにクシャミをする彼に、私がレテ君は本を読んでいるから良いかと書斎から邪魔しないように移動したツケが回ってきた。心の中で謝りながら部屋に戻った。
「……本当に、覗くとかそんな気は全く無かったんだ……ごめん、電気ついてる時一声かけるべきだった……」
「ううん、こっちこそ……レテ君の本の邪魔しちゃ悪いなって思って部屋に声かけずに来たから……私が悪いんだ……」
お互い正座、対面しながらずーんとなっていた。シアが本当に申し訳なさそうにしている所にとりあえず、と提案する。
「……とりあえず、こういう時はシアが先でいいかな?自分は自室に居るから一言かけてくれれば気がつくし、シアの方が長く入っていたいでしょ?」
「それを言ったらレテ君が先に入っていいんだよ?私はレテ君の後にゆっくり入ればいいし、書斎から本を借りてこの部屋で読んでいれば良いだけだし……」
平行線である。自分は男の後の風呂は嫌だろうと思ったのだが、確かにシアがゆっくりし過ぎると自分の風呂の時間が無くなる。
「……じゃ、じゃあ自分が先に入るから、シアはその間この部屋で戻るまで待機してもらって……」
「うん、本を読みながらレテ君が上がるの待ってる……うぅ、レテ君」
話が一段落ついて安心、と思った矢先にシアが何やらこちらから視線を外して胸を隠している。大体察した。大体察しているのだがどう答えるべきか。
「……私の裸、見た?怒らないから、今回のは事故だから。正直に言って……」
なんだろう、とてつもなく答えづらい。雰囲気が悪いとかではない。ただ単にこれはお互いが恥ずかしいのだ。
だから、ここで下手な嘘より正直に言う方が良いだろう。男レテ、覚悟を決めろ。
「……見た。すぐ目を逸らした、けど、風呂上がりの全裸のところ……」
「ぁ~~~っ!うぅ、今まで男の子に見られたこと無かったのに……お嫁に行けない……よりによって全裸……うぅ……」
「ぅ、ごめん……」
泣き出してしまった彼女の背中を後ろに回って撫でながら落ち着くのを待つ。
「ダメだよぅ……私もうお嫁に……」
そんな悲嘆する事は無い。こんな良く育っているシアが独り身で人生を終えていいはずがない。前世の経験があるからそう思ってしまう。だから、言ってしまった。
「その時は責任持って自分がシアをお嫁さんにするよ」
「……ふぇ?」
「あっ!?」
その言葉の過ちに気づくも既に遅しである。今度は泣いている彼女が立ち上がって自分の肩を掴む。
「レテ君の……お嫁さんに?私を?」
「あ、いや、その……シアは良い子なんだから……ずっと独りで終えるぐらいなら自分がって……」
「……約束」
「約束?」
「私、成長して、レテ君も成長したらこの家で暮らす。結婚して、二人の帰るべき家として暮らす。だからレテ君も……」
幼さと純粋は時として残酷である。
ここは寝かしつけて有耶無耶に……とも思ったが、その時シアの目を見てしまった。
(……どこまでも澄んでいて、綺麗で、吸い寄せられて……あぁ、良い目をしている。覚悟が決まっているんだ。それに、自分だって悪い気はしない。シアなら……シアなら)
「……約束する。成長して、もし本当にその気持ちが変わらなかったら……自分はシアをお嫁さんにもらうよ」
「うん……絶対、絶対だからね!約束……したからね……っ!」
そうして自分に抱きついて甘える彼女の頭をそっと撫で、彼女が完全に寝るまで横にいた。何故かというと……
「……母さん、書斎でお話しよう、外で聞き耳立てるのはやめて」
「あらあら、バレてたのね~付き合うところをすっ飛ばして結婚の約束なんて……うふふ、母さん未来の娘が出来て嬉しいわ~!」
帰ってきた母親に全て聞かれていたのである。空気を読んで外で待っていたら恐らく全部聞いてしまったのだろう。
その後、おそらく人生で初めて母親から本気で泣かせてはいけない、とか女の子へのスキンシップの方法は、とかシアに対する態度をみっちり教わった。かなり真剣な表情だ。こちらはこちらで迫力がある。
(……あぁ、その気持ちが変わらなければ絶対だからな。シア)
戻って寝ている彼女の寝顔を見ながら心の中で呟くと、少し戸惑ったが頬に軽く唇を落としてから横に入った。
いつも読んでくださりありがとうございます!