二人の家 2
冬休みに入って、二日目の朝が来た。
シアは持ち前のコミュニケーション能力で父と母と打ち解けたみたいではあったものの、やはり不安だったのか自分の部屋で寝る時に気持ちを吐露した。
「受け入れてくれてるってわかってるよ、でもね。でも……私怖いの。ふとした事で拒絶されちゃうんじゃないか、って」
「ふとしたこと、ぐらいで拒絶して離すような親じゃないよ、家の人は」
そう言って悩むシアをベッドに入れると、素直な感想がシアから聞こえてくる。
「……狭い、ね」
「そりゃ一人用……だからね……」
そう、このベッド。確かに子供であるため二人寝られるが、シングルベッドである。狭い。とにかく、距離が近い。横を向いたシアの吐息が耳にかかって割とくすぐったい。
「私、本当に床でも……」
「そんな自分の事を卑下しないでよ。それに寒いしシアに風邪ひいて欲しくないからそれなら自分が床に適当に敷いて寝るよ?」
割と本気でそう言うと、シアはううん、と首を振ってにっこりと笑う。
「そうしたら、このまま狭いベッドで寝よっか」
「そうしよう。おやすみ、シア」
そういうと自分の意識は落ちていった。そして、朝が来たわけである。
「……すぅ」
部屋にある時計を見ると学院で起きる時間より少し早いぐらいだった。どうやら自分は割と早起きらしい。
窓を開けて朝日を取り込むと、うーんと伸びをする。良い朝だ。
しかし母さんが呼びに来ないということは、まだ顔を洗うにも早いだろう。学院に通う前より早起きになってしまったから仕方ない。
ベッドに戻って、シアの顔をよく見る。綺麗な寝顔だ。悪夢を見ている様子もなく、気持ちよさそうに寝ている。
(……シアの、帰る場所としてきちんと守らなきゃ、ね)
そう思って思わず彼女の頬に右手を当てると、んん……、と唸って彼女の目が開く。
「あれ、レテ君おはよ……」
「おはようシア。少し早いけど、家だから全く気にしなくていいよ」
「うん、わかった……うん?あれ、なんでレテ君私の頬触って……!?」
しまった。離さないまま話してしまった。慌てて離すと、少し恥ずかしそうなシアが小声で問いかけてくる。
「……寝顔、見た?変なこと、した?」
「寝顔は可愛かったよ、安心して寝られたみたいで……変な事?変な事って……いや、頬に手を当てただけ……」
「〜〜っ!」
シアの水魔法を甘んじて顔面で受け止める。こうして二日目は荒々しく始まった。
「レテ!それにシアちゃんもおはよう〜。ごめんね、お父さんが休み取れたのは一日だけらしくて……もうお仕事行っちゃったのよ」
意外だ。いつも帰ってきたら朝ご飯ぐらい一緒に食べていくのに。
「……あの、やっぱり私迷惑ですか……?」
「ううん!シアちゃんのせいじゃないのよ〜むしろお父さん、朝ご飯は食べていくから折角の娘が出来たのに朝ご飯すら一緒に食べられない……って嘆きながら出ていったわ」
言いそうだ。というか実際嘆いている姿が目に見える。お父さんはああ見えて感情が身体の表現に出やすい。
「さ!きちんと三人分用意してあるから三人で食べましょうか!」
「……!はいっ!」
シアは自分も勘定に普通に入っていることに気づいて、喜びながら返事をした。
「んー!美味しい……!この卵焼きとっても美味しい……!」
「ふふ、喜んでもらえてよかったわ〜」
そう言いながら母も卵焼きを口に含んだので自分も食べる。
うん、美味しい。いつもの母親の味だ。これが『家庭の味』というものなのだろう。
「シアちゃん、お料理は好きかしら?」
「えっ!?あっ、はい!学院に入ってからはしませんでしたけど……孤児院の頃は下の子達の為におやつを作ったりとかしてました!わりと好きです!」
「あら!そうしたらおやつの時間に一緒にクッキー焼かない?レテ、うちのクッキーが好きなのよ〜」
そう言って微笑む母を見て、シアがそうなの?とこちらを見てくる。うん、と頷くとシアは目を輝かせる。
「焼きます!……ちょっと、不格好になっちゃうかもしれませんけど」
「いいのよ!楽しんで料理をするのが大事だもの〜!」
本当に打ち解けてくれたみたいでこちらは安心だ。味噌汁を飲みながらそう思った。
具は豆腐とネギだった。美味しい。
シアは、おやつの時間……三時少し前に借りているレテ君の部屋から出てキッチンへと向かった。レテ君はというと、庭で木刀を素振りしたりそれに魔力を纏わせたりしている。顕現系統らしいが、やっている事は付与系統である。魔法の引き出しが凄い。
それを傍目に見つつ、お母さんとクッキーを焼き始める。
「うふふ、良いわね〜。レテもお父さんも食べる専門だから、一緒に作る人っていなかったのよ」
生地は作っておいてくれたらしく、後は型を取って焼くだけである。しかし、それでも嬉しそうな所を見る限り本当に作らなかったのだろう。
「え?レテ君って、料理すると思っていました。その……本の中に結構料理関係の本もありましたし」
星型の型を生地の端からそっと当てる。
よし、綺麗に取れた。そう思っていると、穏やかに笑いながらお母さんが答えてくれる。
「多分、私が手伝わせなかったのもあるでしょうけど……あの子、本を読んでいる時間が多くて料理に興味を示さなかったの。けど、料理は出来ると思うわよ?あの子、本当に十四歳だとは思えないぐらい多才だもの。本は読んでるから後は実践だと思うわ〜」
「……そっか、そうですよね!私も学院で生活していると、食堂でそつなくこなす様子を見たことあります」
忘れていた。彼はどこまで凄く、どこまで強くても努力をしているのだ。今現に、振るっているように。だから料理はその後の二の舞なのだろう。
「さて!じゃあ焼き上げるから少し待っててね。レテを呼ぶから」
「はい!……あの、楽しかったです!」
「うふふ、こちらこそ〜。料理が楽しかったら夕飯とかも手伝ってくれて全然いいのよ!私もお父さんも、レテも喜ぶわ」
そう言って焼く魔法具に入れて、カチッとスイッチを入れると焼き始める。しかし何故レテ君の名前が出てきたのだろう、と思っていたら予想外の言葉がお母さんから飛び出した。
「レテ〜?未来のお嫁さんとクッキー焼いたからそろそろ戻ってらっしゃい!」
「ぶふっ!?おおお、お嫁さん!?」
自分が慌てると、レテ君も慌てて戻ってくる。シアとはそういう関係じゃない、と言ってもお母さんはのらりくらりと躱しながらからかっている。
「だから母さん!その、シアは婚約相手じゃないしまだ付き合ってすらないんだよ!?」
「あら〜!じゃあ付き合うところから始めないとね?」
「あああ!違う、そうじゃなくて!」
その後のお菓子の時間は、その話で和気あいあいと楽しんだ。お母さんと焼いたクッキーは、家庭の味という感じがして、心が温まった。
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