タレイアと『王』
一方でレテとシアは、休み時間の部屋で星詠み盤を使って均衡座を見ていた。
「うぅーん……やっぱり蒼光が均衡座に重く乗っかってる気がするんだよね……」
自分がそう言うと、シアが興味を持ったようで目をキラキラさせて言う。
「え!見せて見せて!私も見たい!」
「いいよ、ほら」
そうして渡そうとすると、コンコンとノックが鳴る。
「はーい!」
自分が返事をして扉を開くと、そこには深刻な表情をしたベールがいた。
「あれ……ベールさん、どうしたんですか?」
「休み時間にすまないね。緊急の用事だ」
緊急の用事。その言葉に自分とシアが部屋に緊張感を漂わせる。
「まずレテ君。君はリアーちゃんと一緒にギルドに行く。スイロウ先生も一緒だ。
次にシアちゃん。君は他の皆にカイから説明をしてもらうから、現状を知ってほしい」
「……現状」
アデルカインのパーティーが砂漠地帯に向かってからその言葉が指すところは一つ。
砂漠地帯に、何かあったのだ。
自分は頷くと、シアに星詠み盤を渡してベールに着いていく。シアも星詠み盤を少し覗いた後、テーブルに置いてその後ろをついてくる。
カイはベールが連れてきたのを確認して、現状を伝える。
「簡潔に伝えよう。砂漠地帯が雪原地帯に変わった」
その言葉に皆はフリーズする。最初に言葉を出したのはショウだった。
「えーと、雪原地帯ってあれですよね。セッカとかの方の……」
「そうだ。その雪原地帯で間違いない」
「そんなことありえるんすか!?」
「自分も信じたくはないがね」
信じたくない、ということはそれは現実だということ。
ごくり、と唾を飲み込むとベールから言葉が告げられる。
「今はとにかく、何が起こったか分からないけれど結果として雪原地帯になった、とだけ認識してくれ。レテ君、リアーちゃん、スイロウ先生、行きましょう」
「あ、あぁ……」
ベール達が去ったあと、ニアが呟く。
「……私の部屋で星詠み、する?」
その言葉に全員が賛同した。
数十分後、ギルドマスターの部屋。
扉を開くと、室内の空気が張り詰めているのを感じる。
「これで全員ね。ありがとう、アデルカイン」
椅子に腰掛けたタレイアが声を上げた。彼女の姿勢は疲れた、わけがわからないというように頭を抱えていて、こちらが心配になる。
「お安い御用!んで、レテの坊主はわかる。けど……もう片方のお嬢ちゃんを呼んだ理由は?それに他の魔物狩りたちはどうした?」
豪快に笑うアデルカインの問いかけに、タレイアはすぐには答えず、静かに立ち上がる。
そして、その視線の先にはリアーがいた。
「へ?へ!?わ、私、本当に何で呼ばれたんですか!?」
慌てて手をばたつかせるリアー。その姿にタレイアは一歩、また一歩と近づいていく。
「……リアーさん。貴女、何を隠しているの?」
「な、何も隠してませんって!」
声を裏返し、ぶんぶんと首を振るリアー。しかしタレイアの眼差しは鋭い。
空気が張り詰め、周囲の誰もが息を呑む。
やがてタレイアは大きく息を吸い込み、吐き出した。
「……集まってもらったところ悪いけれど。少しだけリアーさんと二人きりにしてくれるかしら」
「……? ああ。タレイアがそう言うならいいぞぉ」
スイロウ先生が言うと、アデルカインが腕を組んで頷く。スイロウ先生を先頭に、人々は部屋を出ていった。
パタン、と扉が閉じられる。
「……なんだぁ?リアーって嬢ちゃん、そんな隠し事があるのか?」
「いやぁ、私にも分からんなあ……」
外に残ったアデルカインとスイロウ先生が首を傾げる。
その会話を耳にしながら、レテの心臓は高鳴った。
(……あ、これは……完全にバレたな)
部屋の中。静寂の中に二人だけ。
タレイアはリアーの前に立ち、静かに告げた。
「……砂漠地帯が……雪原地帯に変わった。これがアデルカインのパーティーからもたらされた報告よ」
「それは……!ベールさんからき、聞きましたけど……!さ、砂漠地帯が……雪原に!?本当に!?」
リアーは目を丸くし、壁を背に手をかけてよろめいた。
だがタレイアは真剣なまなざしを崩さず、言葉を続ける。
「人払いは済ませたわ。私、ギルドマスターとして口は硬い方よ。だから教えて。
貴女……レテ君とは違う気配を感じるの。レテ君が稀代の天才だとするなら、貴女は何かを隠し、あえて秀才に収まっている器。本当の貴女はそうじゃないはず」
タレイアの声は静かで、しかし容赦なく真実を突く。
その瞬間リアーの表情が変わった。
慌てふためく少女の顔から、すっと余計な色が消え、凛とした光が宿る。
「……砂漠地帯が雪原に。それは……ただの異常を通り越した現象ですね」
彼女は息を整え、真剣な声音で応じる。
「わかりました。タレイアさん。貴女を信じます」
そう言うと、リアーは胸元に手を当て、囁くように祈りを口にした。
瞬間、柔らかな光が彼女の全身を包む。
光は強まり、やがて人の輪郭を越えて広がり次の瞬間、そこに立っていたのは、先ほどまでの少女ではなかった。
豪奢な衣を纏い、気高さを漂わせる女性。
誰もが歴史書でその名を見、聖堂に飾られる肖像画でその姿を知る、『王』。
「イシュ、リア……様……」
タレイアの声が震えた。
「……ごめんなさいね、隠していて。でも事情は察してくれているようね」
イシュリアは穏やかに微笑む。その姿は威厳に満ちているのに、どこか柔らかさがあった。
「この後はリアーとして対応するけれど、アグラタムや軍に連絡を入れるわ。それで良いかしら?」
「はっ!十分すぎるお言葉であります!」
タレイアは膝をつき、頭を垂れる。
イシュリアは微笑みを崩さず、ふっと小さく笑った。
「……やはり、特異能力を持つ者は侮れないわね」
「……あの時、スイロウと私が話していた内容を、貴女は……」
「ええ。もちろん聞いていたわ。レテ君のことも。貴女のことも」
その言葉に、タレイアの心臓がどくりと鳴る。
この瞬間、世界の均衡がほんの少し傾いたように思えた。
連続投稿……!