二つの気持ち
リアーは一人、談話室へと向かっていた。
目的は一つ。ネイビアの誤解を解くことである。
談話室の中に入ると、元気に挨拶する。
「こんにちはーっ!ネイビアさん、どこにいるか知りませんか?」
その声に先輩が答える。
「おはよ!ネイビアさん?……うーん、談話室には来てないと思うな……」
「あっ、私見たよ!なんか、滅茶苦茶真剣な表情で先生のところに行ってた!」
「ありがとうございます!」
真剣な表情、というのが気になるが次に向かうのは職員室だ。
トコトコ、と歩いていると丁度前からネイビアがやってくる。
「あ!ネイビアさん!探してたんだー!」
「貴女は……。ええと、リアーさん、ですよね。こんにちは」
「そうだよ!こんにちは!」
微笑むと、ネイビアはぺこりとお辞儀を返してくれる。
「それで、自分に用事とは……?」
「今日はねー!ネイビアさんの誤解を解こうと思って!」
「誤解……?」
首を傾げている彼を立ちっぱなしにするのも悪いと思い、談話室へと向かう。
二人で対面するように向かい合うと、すっぱりと尋ねる。
「正直でいいよ!正直さ!……レテ君とシアちゃんの入院の件、妊娠だと思ってない?」
「滅茶苦茶思ってます」
「だよねぇ。ごめんねー、皆説明不足なんだから……」
「違うんですか!?」
ガタッと前に乗り出してくる彼に、笑顔で頷く。
「うん!全く違うよ!二人が入院したのは、レテ君の魔力を人工魔力っていうものに置き換えるための手術!シアちゃんはただの付き添いだね!」
「そ、そうだったんですか!?自分はてっきり、その、二人が……」
「気持ちは滅茶苦茶わかるよー!私も同じように聞かされたらそう思うし!」
年頃のお付き合いの男女。唐突な入院。これだけの情報ならばもう、確定で妊娠といってもいい。
「……そうだったんですね。それでその……人工魔力、というのは……」
「元々は軍の人とかアグラタム様とか偉い人に使われる、魔力欠乏の時に使われる代用魔力だね!魔力を生み出す装置を埋め込んで、身体に自分の魔力が戻るまで魔力を供給してくれるすぐれもの!」
「そ、そんなに凄いものが……先輩の中に?」
唖然とする彼に、私はうんうんと首を縦に振る。
「そうだよねぇ。いくらレテ君が優れてるっていっても、ここまでしたら贔屓みたいだよねぇ」
「……そうですね。正直、羨ましいです」
そう言うと、彼は一口お茶を飲む。私も合わせて一口お茶を口に含む。
ゴクリと喉に通すと、ネイビアが質問を重ねてくる。
「その手術……成功したんですか?」
「なんか成功したみたいだよ!さっきダイナ君をボコボコにしてた!」
「ぼ、ボコボコ……」
実際ボコボコなのだからしょうがない。事実を述べただけだ。
ネイビアはカップを見つめながら、ポツリと呟く。
「……自分、レテ先輩を尊敬する気持ちと憎む気持ちがあるんです」
「というとー?」
私が周りに防音結界を貼ると、ネイビアがお辞儀をしてから話し出す。
「顕現の神童。先輩がそう呼ばれているのを様々な場所で聞きました。実際先輩は強くて、自分では届かないような高みにいると思います。それに、人を惹き付けるといいますか。人の輪に入るのが得意な気もしていて。そんな先輩を尊敬しているんです」
「そうだよねー!レテ君強いし、いつの間にか話題になって巻き込まれてるもんね。……じゃあ、憎む気持ちは?」
ネイビアのカップを包む手がぎゅっと強くなる。私は逆に手を離して、聞く姿勢になる。
「……自分、シアさんが好きです。今でも、変わりません。だからといって、付き合ってるから憎いわけじゃないです。お二人ともお互いを好いているのがわかっていたので……。
……ラクザの戦火に、タルタロスの戦い。そんな危険なところにシアさんを、恋人を連れて行ったのが許せないんです。ましてや、レテ先輩は力があります。力があるなら、強引に待たせることも可能だったと思います。それが、許せなくて」
「そっか……そうだよね。誰だって好きな人を危険な場所に連れて行かれたら怒るもんね」
またお互い、一口ずつお茶を飲む。器を置くと、今のネイビアの心を代弁するかのように、波紋が揺れる。
「これは私の勝手な想像なんだけど……。レテ君、本当はシアちゃんを置いていくつもりだったんじゃないかな」
「……シアさんも、そう言ってましたね」
「ネイビアさん、思い出してほしいんだけど……。タルタロス侵攻の時に、イシュリア様からの声明があったじゃない?あの時、なんて思った?」
唐突な過去の質問にネイビアは少し考える様子を見せる。
数分後、思い出したというように話す。
「……確か、何があっても孤児院の中にいなきゃ、絶対に外には出ないぞって……。その直前までは明日も街のお手伝いしようと思っていたのに、それが薄れていって……」
「これも私の勝手な想像なんだけどね?私はイシュリア様からの声明に、洗脳があったと思うの」
「せ、洗脳……?」
こくりと頷くと、ネイビアが明らかに動揺した様子で口を開く。
「そ、そんな。流石に不敬すぎませんか……?」
「ふ、不敬だとは思うよ!でもさ、タルタロス侵攻からそれが解かれるまで、窃盗事件とか、何か事件が起きたとか。そういうの、一件も聞いてないんだよね」
「あ……。確かに。店の人が全員休むなら、これ以上ないぐらい、強盗の人にとって条件が揃ってますよね」
「でしょ?でも、そんなことは聞かなかった。だから、ある種の洗脳があったんじゃないかなって」
理屈を述べると、ネイビアも納得した様子で考え込む。そうして少しして、質問をしてくる。
「……じゃあ、なんでレテ先輩とシアさんは洗脳を受けなかったんでしょうか」
「……多分、レテ君かシアちゃんが洗脳を掻き消したんじゃないかな」
「ええっ!?掻き消した、って……!イシュリア様の魔法ですよ!?」
「でもそれ以外考えられないと思わない?二人が洗脳にかかってたら、タルタロスには行けなかったわけだし」
うーん、と唸るネイビア。手を顎に当てて、深く考えた後にポツリという。
「仮にレテ先輩は洗脳を打ち消したとして……。シアさんをそのままにしなかったのは?危険な場所なら、そのまま洗脳状態で待っていて貰えばよかったじゃないですか」
その答えを私は知っている。同時に、レテという人物がどういう人なのかも。
「レテ君は、シアちゃんの意思を尊重したからこそ掻き消したんだと思うよ」
「意志の尊重……」
「仮に洗脳を受けたまま、レテ君だけ戦場に行って亡くなったら……。シアちゃん、一生責めそうじゃない?なんであのとき私は行けなかったんだ、一緒に行くって約束してたのに、反故にした駄目な人だって」
「……た、たしかに……。シアさんが一緒に行くって言っていたなら、これ以上ない意識の塗替えですもんね」
「そ!だからレテ君は分かっていて、洗脳を解いたと思うんだ!」
そう、ですか。と言ってネイビアは黙り込む。
私はそれを見ながら、お茶をまた一口飲んだ。
(……とりあえず、誤解は解けたかしら?)
毎日19時に投稿を心がけて頑張っています!
面白い!続きが気になる!という方は明日も読みに来てくれると嬉しいです!