生命力の低下
「この子がスザク……ありがとう、彼を救ってくれて」
イシュリア様が丁寧に頭を下げる姿に、私はあたふたしてしまう。
「あわ、あわわわわ!顔をお上げになってください……!」
「我が主様の愛しき御方となれば、救わぬ道理もございません!」
スザクも同調するが、イシュリア様は頭を上げない。
それは本当に、王としてではなく一個人としての礼が気がした。
「……レテ君を助けてくれて、ありがとう。シアちゃん」
「はいっ!」
元気にそう返事すると、それじゃあ私は仕事があるから、と門を通っていった。
そのままスザクを帰還させてイシュリア様の私室で待っていると、レテ君がお父さんに連れられてやってくる。
レテ君は心なしかゲッソリとした顔をしていて、その様子が心配になる。
「れ、レテ君大丈夫……?」
「だ、大丈夫じゃないかも……なんというか、身体が重たい……」
彼がメイドさんの用意したベッドに転がると、お父さんが言う。
「さっき説明のあった生命力の影響だな。レテは魔力に生命力を依存していた分、今の生命力だけでは生きるのにも手一杯って訳だ」
「これ、本当に魔力満ちてくれるんだよな……?」
なんか、弱々しい彼を見て。少しだけ魔が差しそうになって。
でも、それはいけないこと。屈強な大人が子供に襲うぐらい、許されないこと。
だって、今の彼は……。
(私より、弱々しい……)
そう思った私の頬を自分でベチン!と叩いた。
「シア!?」
「シアちゃんどうした!?」
慌てて声をかけてくる二人に、ポツリという。
「……今のレテ君弱そうだから。襲えそうだなって。そんな私が嫌で……」
「おお、シアちゃん!是非ウチの息子を襲ってやってくれ!お父さんは外で待ってるから!」
「お父さん!?」
予想外の言葉に私が驚くと、レテ君も苦笑しながら続ける。
「あはは……。確かに今の自分は弱いよ。魔力もないし、武術を振るう体力もない。だから、そう思っちゃうのも仕方がない」
「……怒ら、ないの?」
彼なら怒ると思っていた。なんとなく、そう思ったのだ。
でも彼は首を縦に振った。
「襲う、というのはまぁ怒る点というか……まだ早いけど。恋人と二人きりになりたいっていう欲望の、どこが悪いというんだ」
「そうだレテ!よく言った!流石俺の息子だ!」
レテ君の手を握って喜ぶお父さんと、それでも苦笑いをしているレテ君を見て、涙が出てくる。
どんな私でも肯定してくれる、ということではないだろう。
それでも、出来る限り私を理解してくれている。理解する努力を続けている。
それが嬉しくて、床に涙が落ちる。
ポロポロと、とめどなく溢れてくる。
「父さんは医師の人にこの後の経過観察について説明を聞いてくるから、それまで二人っきりでこの部屋で過ごせばいいんじゃないか?」
そう言うと、私を優しくレテ君の方へと引っ張ってくれた。
「ぁ……」
「……一緒に寝る?」
彼はなんていいか分からなくなって、そこから絞り出した言葉だと思う。
けれど、とても優しい口調で。
私は無言で頷いて、ベッドの横に入ると両手で抱きつき、彼の胸に顔を埋めた。
「……呼ばれるまで、二人にしてやってくれ」
「わかりました」
メイドさんにそう言うと、ラファはある方向へと歩いていく。
ある一つの部屋に辿り着くと、丁寧にノックをする。
「入れ」
ガチャリと扉を開き、すっと閉じると机に齧りついていた人は筆を止めた。
「……あの子の治療は成功しました」
「そうか……良かった」
その報告を聞いて、ぷつりと糸が切れたように頭を書類の束にぶつける上司を慌てて支える。
「大丈夫ですかアグラタム様!?」
「……大丈夫だ。少し、緊張の糸が切れたらしい」
確かにそれも無理のない話だろう。
アグラタム様が見込んだウチの子供。自分の人工魔力を与えて、それを更に改良したものまで注ぎ込んでいいと言い切った張本人。
それだけの価値が、息子にはあるということだ。失敗したら、どれほどの損失になることやら。
「それにしてもすごい書類の束ですね……」
「……ああ、少し事情があってね」
床に落ちた書類を集め、机の上に綺麗に置く。
アグラタム様はそれにありがとう、と感謝を告げると立ち上がる。
「ラファ、訓練に行くぞ。付いてこい」
「御意」
剣を持つと、二人で部屋から出ていく。
思えば身体を動かしたかったのだろう。私は訓練が始まってから、苛烈な指導を続けるアグラタム様を見てそう思った。
毎日19時に投稿を心がけて頑張っています!
面白い!続きが気になる!という方は明日も読みに来てくれると嬉しいです!