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異界の師、弟子の世界に転生する  作者: 猫狐
四章 黄昏のステラ
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アグラタム

酒場を後にして、街の中を散策しようと足を伸ばす。

荒れている、と言ってもタルタロスほど酷いわけではない。太陽に照らされ、街の活気はあり、有り体に言えば普通の街と言った感じだ。


生き残りの人の家は聞いたが、今はまだ昼間。ならば散策してからでも遅くない。

気の向くまま、アグラタムは歩いていく。


広場に出ると、噴水の設置された公園で子供たちが遊んでいる。


「まてー!」

「またないよーだ!」


笑いながら走る姿は、何もイシュリア皇国の内部と変わらない。

そんな子供たちを微笑ましく思うと、ふと視線を感じる。

ベンチからだ。それも、不審者を見ている感じではない。

アグラタムは視線を真正面から受け止めて、歩き始める。


ベンチには、一人の老齢の女性が座っていた。その横にそっと座ると、アグラタムは尋ねる。


「私に何か御用でしょうか?」

「ええ、少し聞きたいことがあって。

貴方、『中』の人でしょう?」

「……!」


さて、どうするべきか。逃げるべきか。

一瞬の思考の前に、お婆さんは笑う。


「あらあら、警戒させちゃったわね。ごめんなさい。でも、貴方を突き出すつもりはないわ。

……実は、私の孫を知らないかと思って。丁度、成長していれば貴方ぐらいだと思ったから」

「孫……ですか」


ふむ、と考えこむアグラタムに対してお婆さんは続ける。


「あの子は生まれて直ぐに『中』に行ってしまって、私の顔を覚えてないだろうけれど……気になってしまって」

「……『中』に?それはどうして?」

「どうしてかしら……。ただ、孫の母親……私の子が、急に

『この子は外では育てられない!』

って狂乱気味に中に行ったのよ……」


何故だろうか。身体が貧弱だったのか、それとも他に何か理由があったのか。

兎にも角にも、名前を聞かなければ。名のある人であれば、イシュリア皇国内部でも軍人になっているであろう。


「因みにそのお孫さんの名前は、なんと?」

「ああ、ごめんなさいね。伝えるのを忘れていたわ。


『アグラタム』というのだけれど……」


「……い、今、なんて?」


動揺が隠せない。ガタガタと膝の上に置いている手が震えているのがわかる。冷や汗も出てくる。

それでも、お婆さんは言う。


「アグラタム、っていうのよ。中だと……そうそう、守護者って立場にいるのでしたっけ。

……貴方、大丈夫?すごく震えているけれど……」


震えるだろう。震えないはずがない。

だって、自分は、自分の名前は……。


「……わ、たし……は……」

「……?貴方、本当に大丈夫……?」

「……アグラタム」

「ええ、そうよ。アグラタムというの」

「……私の、名前です」

「……!」


そこでお婆さんがこちらの顔を直視する。

自分の顔は、驚愕に塗れていて、とてもではないけれど見せられたものではなかった。


「……本当に、あのアグラタム……?」

「……イシュリア皇国守護者、アグラタム……それは、間違いなく自分のことです」

「あぁ……良かった、こんなに大きくなって……!」


そう言って抱きしめられる。

優しい抱擁。壊れ物を扱うかのような、そんな手つき。

自分も抱きしめ返す。お婆さんを包むように。優しく。


「場所を変えましょう……。私のお家にいらっしゃい」


本当に、本当に嬉しそうな声で誘われる。


私には、それを断ることなどできなかった。



お婆さんの家に入ると、お婆さんが珈琲を淹れてくれた。


「……その、私は。『外』の人間……なのですか?」


珈琲の香りを嗅ぎながら、尋ねるとお婆さんは頷く。


「ええ。間違いなく、貴方の生まれは『外』よ」


「で、ですが私が物心ついたときには……」


……ついたときには。どうだったであろうか?


イシュリア皇国の城で訓練していた日々が思い出される。

苛烈で、熾烈で、辛くて、痛かった訓練の日々。

只管、強くなることだけを考えていた。そんな記憶。


「……ごめんなさいね。私にもわからないの。そして、これからもきっと分かることはないわ。


……だって、あなたの母親も父親も。もう『この世にはいない』から……」

「……ッ!そんなっ!」


顔を上げてお婆さんを見るも、お婆さんは瞼を閉じて、悲しそうに首を横に振る。


「この前の魔物に襲われた街……。あの街に住んでいた二人は、死んだわ。私を庇って……」

「……ッッ!」


そう聞いて、自分の手に力が入る。


分かっていた。分かっていたとも。


イシュリア皇国の結界の『中』は『外』に必要以上に干渉しない。逆もまた、然り。


だから、助けられるはずなんてなかったのだ。


冷めていく珈琲を見ながら、私はそう思った。





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