魔法が使えなくなった日
「んん……」
眠気が徐々に覚めていく。どうして眠っていたのだっけ、と思ったがすぐに思い出す。
(そうか、魔力の融合で……)
「おはようございます、師よ。気分は如何ですか?」
アグラタムが話しかけてくる。気分は悪くない。ただ、どこか不自然な……ぎこちない魔力が自分の身体を駆け回っている。
「気分に問題はないけれど、なんだか自分の中の魔力が変になった感じがするな」
「無理もありません。今まであった魔力の約半分を取り、人工魔力……私の予備の魔力に置き換えたのですから」
そうだ、そもそも人工魔力とはなんだろう?
「アグラタム、人工魔力とはどういったものなんだ?」
そう問いかけると、アグラタムも少し考え込んでから答えてくれた。
「人工魔力は、私やイシュリア様のようなこの皇国に必要な者の為に作られた魔力です。
より正確に言うのであれば、有志の魔力を吟味して、医療陣が誰にでも適応させられるように融合させた魔力の事……。簡単に言えば献血のようなものです」
献血なら混ぜたらいけないのでは……?と思いつつも、魔力なら問題無いかと考え直す。
起き上がると、白衣の人が支えてくれた。そのまま靴を履き、立ち上がる。
「……〜っ!」
「大丈夫ですか!?」
急な立ちくらみがして、前に倒れかけたところを別の白衣の人が助けてくれる。
「……すみません、立ちくらみが……」
「謝ることではありませんよ。自分の中に別の魔力がある。その上魔力の融合自体も負担の大きいものです。貴方の身体に無茶をさせてしまった我々の責任でもあります」
そう言って肩を貸してくれる。有難く肩を借りると、イシュリア様が提案をしてくれる。
「新しい魔力がどんな感じになるのかも含めて、訓練場に行くのはどうかしら?今日は休日だから、そんなに人は居ないはずよ」
「……すみません、お借りします」
少し悩んだ後、そう答える。
今の魔力で魔法がどのように発動するのか。魔術をどんな形で扱えるのか。
何より、魔法を使えるのか。それは学院に戻る前に確かめておきたいことであった。
「そうと決まれば急がなきゃ!ふふ、皆驚くわよ!」
「人いないんじゃなかったんですか!?」
そんなやり取りをしながら、廊下を歩く。廊下にいる人々が、こちらにお辞儀をしている。
……なんだかむず痒い。隣にいる二人に向けられる尊敬の視線を受けながらそう思った。
「すまない。少し訓練所を借りる」
アグラタムがそう言うと、訓練していた兵士達がビシッと礼を取って道を開ける。
その真ん中を縮こまりながら通ると、アグラタムがこちらを向く。
「さて、まずは身体がきちんと動くかどうかの確認からだレテ君」
「わかりました」
レテ君、と呼んだことでここでは師弟関係では無いことを理解する。
身体を軽く動かす。渡された木刀を振るってみる。
(……?)
なんだろう、身体が少し重い。いつものように木刀を振るえない。
「ふむ……重いか?」
「いえ、重さはほぼ変わらないと思うのですが……やはり身体が……」
「ふむ……。では魔術の行使に移るか」
そう言うと、アグラタムが土人形を生み出す。周りからは「おおっ」「羨ましい……」などの声が聞こえる。
やはり守護者ともなれば相当な人気なのだな、と再実感しつつ魔力を練る。
(……あれ)
上手に練れない。魔法が発動しない。
とりあえず得意な風の顕現系統を使ってみようとするが、上手くいかない。
「……魔法が出ない、か?」
「はい……」
周りからどよめきが聞こえる。何をしているんだ、という声は聞こえてこなかったが混乱している声だ。
「……困ったな。時間と鍛錬を積むしかあるまい」
「わかりました」
そうして数分魔力を練り続けると、何かが腹の奥底で融合している気配を感じた。
(……なるほど)
一旦魔法を使おうとせず、腹の魔力を混ぜることだけに集中する。周りはそれを固唾を飲んで見守っているようだが、気にならない。
(混ざったか……)
また数分後。少し混ざった魔力を風の顕現系統……剣にして出してみる。
「ほう……」
「せやっ!」
そのまま風の剣で土人形を切り裂く。が、土人形は両断されず、傷も付けられなかった。
「……威力が……」
「鍛練あるのみだ。……学院まで送ろう」
そう言うと笑顔のイシュリア様と共に門を開いて帰る。
そうしてリアーの部屋へと帰ってくると、イシュリア様がリアーの姿となり、アグラタムが涙を流す。
「……師よ……すみません……すみません……!」
「お前が謝ることじゃない。魔力が練れなくなったのは自分の身体のせいだから。じきに慣れていくよ」
悔しさのあまりか、膝を着いて泣き出した彼を慰めながら考える。
果たして、『前世の自分が』考えていた理論は、通じるのかと。