魔力異常
それは、本当に突然だった。
魔力を扱う訓練の途中。いつも通りスイロウ先生の生み出す的に魔力の球を当てる練習中。
「……あれ?」
風の球を生み出そうとしたところ、どこか違和感を覚える。
いつもならボールのような球体が、歪んでいる。まるで空気の抜けた球技の玉のように。
そのまま的に向かって放つも、先程までの威力が出ない。
「レテ君?どうかしたの?」
シアが聞いてくる。彼女もすぐそばで見ていたわけではないが、どことなく違和感を覚えたのかもしれない。
「いいや、多分気のせいだから大丈夫……あれ……?」
先程のは偶然、そう思って風の球を生み出すと更に形が崩れている。
「……レテ君?」
「大丈夫、大丈夫だ……」
的に向かって放つ。いつもなら真ん中に当たって砕ける水の的には、掠りもせずに霧散する。
「もしかして……疲れてる?」
「うぅーん、そうかも」
先程の様子を見て、成功していた皆がこちらに来る。
「レテ、お前大丈夫か?さっきらしくもないミスをしていたが……疲れているんじゃないか?」
「……休んだ方がいい、私はそう思う」
「フォレスも同じ意見?私も!」
「そうだな……レテ、俺がスイロウ先生に許可取ってくるから少し休んでろ」
クロウとファレス、フォレスの三人が同時に心配してくれている。ショウはスイロウ先生に許可を取りに行った。
そんな大事じゃないと思うけどな、と思った途端に目眩がする。
ふらり、とぐらついた身体を支えたのはレンターだった。
「珍しいな、レテが倒れかけるなんて」
「おかしいな……。最近疲れるようなことはしていないのに」
そう言っていると、スイロウ先生が険しい顔でこちらに寄ってくる。
「レテ君。今日はもう寮に帰りなさい」
「え、スイロウ先生……でも……」
授業が、と言いかけた口をスイロウ先生が言葉で上書きする。
「休むことも大事だ。……聡い君なら分かってくれるだろう?シア君、すまないが彼を寮まで送って行ってあげてくれないか」
「……はい」
そうして、シアに肩を借りながらふらつきつつも、寮の部屋に戻った。
その一部始終をリアーは少し離れたところでスイロウ先生よりも険しい顔で見ていた。
(……これは、少しマズイかもしれないわね)
その日の夜。リアーは寮を門の魔法で抜け出し、アグラタムのいる執務室に入る。
「おや、イシュリア様。このような時間にどうされました……?」
「……貴方の師に、異常が見られるわ」
その言葉にガタリとアグラタムは立ち上がる。
今にも駆け出さんとする勢いを手で止めて、説明をする。
「今日、魔力操作の練習をする授業中に起こったわ。彼が、魔力の操作をミスする……いえ、ミスなんてレベルではないわね。
魔力を練れていなかったわ。むしろあの状態で魔法の鱗片を出すことが出来た程の奇跡よ」
「そんな、バカな……!あの師が魔力を練れなくなるなど……」
アグラタムがふらつく。そうなるのも無理はない。
彼……レテにとって魔力を練る、操作するというのは呼吸に等しい。ただそこにあるものを吸って、吐く。無意識でありながら彼はそれが身についている。
なのに、今はその呼吸すら出来ないような魔力の状態。無論今までのイシュリア皇国でも例はあった。
だが、その前例は皆等しく『魔力の扱いに慣れない者が陥る』症状であり、これを克服すれば魔術士として活躍できる壁であった。
「そんな、師よ……どうされたのです……」
「……数日かけて私の方でも見守ってみるわ。それまでは余計な手を出さないように」
「……はっ。仰せのままに」
そう言ってリアーは門を再び開いて帰って行った。
残されたアグラタムの執務室には、静かな嗚咽が響いていた。
その週の休みの日。レテとシアが朝ご飯を食べている所にネイビアがやってきた。
「シアさん、レテさん。おはようございます」
「ネイビア!おはよう。どうしたの?」
シアが明るく応えると、ネイビアは少しモジモジしたように言う。
「そ、その……レテさんにお手合せを願えないかと!」
「……どうして?私じゃなくて?」
「そ、その……特訓を……ですね……」
そう言われてそっと魔力を練ろうとしてみる。
……ダメだ。練ることが出来ない。
ここ数日そうだ。魔力も休息も十分に足りているのに魔力を引き出すことが出来ない。
その事をアイコンタクトでシアに伝えると、シアは頷く。
「うーん、実はレテ君今ちょっと調子悪いんだよね!私が相手じゃダメ?」
「シ、シアさんがダメなんてことないです!是非お願いします!」
そう話していると、リアーが近づいてくる。
「レテ君、シアさん、おはよう!貴方は……今年首席のネイビアさん、だっけ?」
「え、あ、はい……ええと、貴方は?」
明らかに混乱しているネイビアに、リアーはニッコリと笑顔で説明する。
「私、一年ぽっきりの転入生!名前はリアー!得意なのは顕現系統!魔法は風!……で、伝わるかな?」
「リアーさん……自己紹介下手ですね……」
「うぐぅ!?レテ君酷い!」
そんなコントをやっていながら、耳元で囁かれる。
『……ちょっと話があるから部屋まで来て』
『……分かりました』
風の系統を使った、ごく自然なそよ風に乗せた会話。二人は何も聞こえていない。
「あー、そんな訳で調子悪いからシア、ネイビアの事は任せたよ」
「おっけー!任せて!」
なんの話だろうか。不吉な予感を感じながらもご飯を口に入れる。
……味がしなかった。