たゆまぬ努力
「じゃあいつも通り、ベルを鳴らしたらスタートだ。……ああ、寸止めするんだよ。軽い怪我ならまだしも、脳震盪まで起こされちゃあこっちが責任問われるからね」
ミカゲ先生が笑いながら訓練場で言う。
爽やかな風が吹き抜ける。そんな中、アステスが私に問いかける。
「……以前、レテ先輩と手合わせしてもらいました」
「魔術学院の『顕現の神童』。……えぇ、私も手合わせした事がありますが、何か?」
「ナイダ先輩は、勝てましたか?」
その静かな言葉は、何か思うところがあるようだ。だから、素直に答える。
「……負けました。一学年の時、私も首席として全力で戦いました。
……けれど、届かない。基本魔術学院は身体を鍛えているとはいえ、それは魔力を補うためであって、決して近接戦闘や弓矢などを使った力ではありません。
ですが、彼はそれを難なくいなした。それが、どうかしましたか?」
そう言うと、アステスがゆっくりと拳を構える。
「……気になる事があるんです」
「気になる事?」
「ナイダ先輩は上級生の方でも太刀打ち出来るはず。それはミカゲ先生から聞いています。
……そんな貴方を負かし、一年違いとは言え両学院の首席をまるで試すかのような戦い。そんな、彼のような強さを貴女から少しでも学びたいのです」
「……」
正直な所、私は彼に敵わない。これは妄想でもなんでもなく、純然たる事実だ。
彼の正体を知って尚、私はライバルになると決めた。その為に鍛錬を重ねてきた。
(……だから、その強さを彼女に少しでも伝えたい)
私はゆっくりと木刀を構え、合図を待つ。
木に止まっていた鳥が鳴いた。その瞬間にベルが鳴り響く。
「ふっ!」
手加減などするつもりはない。一呼吸の間に間合いを詰めると、彼女の懐に入り込む。
「ふっ!」
そこを狙うかのような、正確無比な殴り込み。木刀を逆手に持つと、もう片方の手で伸びた腕を掴んで振り回し、遠くに飛ばす。
「くっ!」
その瞬間、彼女が光で周囲を覆う。しかし風の動きで何処にいるかは分かる。
(……いや?それだけ?彼女だって武術学院に通うなら風の動きで察知することを読むはず。……となるとッ!)
すぐに風魔法で周囲の空気を乱し、逆手に持っていた木刀を持ち直す。
風で彼女のいる位置は特定した。問題は、何をしてくるかだ。
光魔法により、様子見は不可能。ならば迎撃か、回避か。
(……迎撃)
それを選択すると、木刀を投擲する。
彼女が避けた気配がした後、光が晴れる。
その手には、光の玉が生み出されていた。
「ッ!?」
直ぐに飛んできたそれを回避する。それは爆弾のように爆発して消滅した。
(光魔法、それも知らない魔法。広域化系統でありながら、それを爆発に持っていく技術。……なるほど)
木刀は拾いに行ける場所にはない。ならば、肉体で勝負するのみ。
風魔法で身体を包むと、愚直な突進を仕掛ける。瞬間にお互いの拳がぶつかる。
そのままお互い、蹴りや殴りを駆使して、均衡を保つ。
(なるほど、強い。けれどまだ甘い)
腕を伸ばしたタイミングで今度は逆に掴まれる。だが、それを逆手にとって風で拳を強化すると一気に爆発させる。
「ッ!?」
拳から風が吹き荒れる。そして、もう片方の拳が彼女の顔の目の前で止まる。
「そこまでっ!」
ミカゲ先生の声が聞こえた。アステスは、どこか悔しそうだった。
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また、敵わなかった。そんな思いが胸を支配する。
分かっている。レテ先輩も、ナイダ先輩も相当な実力者だ。だからこそ悔しい。
(強さが……私にも守れる強さが……!)
そう思いながら帰っていると、ミカゲ先生がポン、と頭に手を置いてくれた。
「強さが欲しいのはわかる。悔しいのもわかる。……でもね、強さはそんな簡単に手に入るもんじゃないのさ。長い時間、たゆまぬ努力を重ねて重ねて、血が滲むほど重ねてやっと手にするものだ。……ナイダの手を見てご覧」
そう言われて、隣にいたナイダ先輩が不思議そうに手を見せてくれる。
「!」
そこには無数のタコ。ゴツゴツした手。およそ、歳頃の女の子とは思えない手。
「強さに裏がある、なんていったらそれは努力だ。才能があれど、努力をしなければ伸びやしない。才能が無くても、努力をしなきゃ強くなれない。
アタシはね。全員に才能があると信じてるのさ。無論、ナイダも君も、魔術学院の彼だって」
(……努力)
それが、年月の違い。一年という圧倒的な時間の違い。
その後に先生は続けた。
「……けどねぇ。魔術学院の彼は本当に別格だよ。ありゃあ才能で片付けていいものじゃない。才能があって、それでも時間をかけて……そう、私たちが思っている以上の長い長い年月をまるで全て魔術に捧げたような。そんな子だよ」
確かにそうだ。そうでなければ、魔術と武術、両方に長けることなどできない。
無論、武術よりも魔術の方が得意なのだろうと思う。それでも武術学院の生徒が魔法ありきとはいえ武術で勝てなかったということは、それだけ血が滲む程の努力をしたということ。
(……そうだ、レテ先輩はフェイクだとか、技の使い方とか、全部読んでいた。まるで実戦経験があるみたいに)