慈愛と畏怖
「ふぅ……初日だし、緊張したねー」
「そう言って自分の分まで夜ご飯の残りをかっさらっていこうとしたのは誰だったかな……」
シアが全く緊張などしていません、みたいな口調で言うものだからついつい皮肉で返してしまった。そうするとベッドの上からムッとしたような声が聞こえてくる。
「やや、本当に緊張してたんだって。さては信じてないね?」
「今この状態でそんな冗談が言えるぐらいには緊張してなかったと思っているよ」
そう言うと、電気消すよーと声をかけて電気を消す。と言ってもシアと自分のランプは分けられているので自分のを消しただけだが。
「……ねぇ、レテ君」
「どうしたの?シア」
真っ暗な部屋で今度は本当に寂しそうな声が聞こえてくる。
「レテ君は一つ下なんでしょ?……寂しくないの?私は本当に寂しいよ。まだ一日目なのに、家族と別れて生活するなんて事がこんなに寂しいと思ってなかった」
「……」
つい聞いてしまったシアの本音に対して答えあぐねていると、シアはそのまま続ける。
「レテ君はさ。そりゃ試験の時にも見たし実力が正直私より上なのも分かる。けどさ、心の強さって……別のものじゃない?どんな事情でレテ君がここに来たのか分からないけど、私は君が寂しくない、なんて思えないんだ」
確かにそうだろう。自分も確かに少しは寂しい。だが。
「……自分はそんなに寂しくないよ。母さんも父さんも、同じこのイシュリアで生活してる。だから大丈夫。……なんて、強がりに聞こえるかな?」
「……すぅ……」
(寝たか、狸寝入りでは無さそうだ。恐らく自分が悩んでいる間に寝ちゃったんだろうな。本当に緊張していたみたいだし。……となると、少し解してあげた方がいいか)
そう考えると、右手を上に翳す。
(慈愛の盾よ。彼の者に我の安らぎを)
夜なので無駄に光らせもしないし、その姿を薄めて特異能力を使用する。
少し唸っていた彼女は少しした後、夢遊病のように動き出し、すっと床に着地すると自分の横……正確には盾の横に寝そべった。スペースを空ければ十分二人分は寝られる。
(……これでよし、と。さて。寝るかな)
翌朝。目が覚めるとシアは驚愕した。
「なんで……下のベッドに私がいるの……?」
横になったまま、シアは考える。確かに上で寝たはずだ。いや、実際上のランプは消えたままで私が下のベッドにいる。
(昨日潜り込んだとか……?ううん、そんな訳ない。いくら寂しかったからって……?)
いや、何かあったはずだ。確かにそれは何か、何かに刻み込まれている。何か強い力……それも戦う力とは全く違う何かが。
(何……?この温かさ。まるで寝れなかった時お母さんが横で子守唄を歌いながら寝かせつけてくれたみたいな温かさが自分に刻み込まれてる……)
もしかして、本当に寂しすぎて自分が無意識の内に……と考えているとレテ君が起きた。
「……ううん?アレ?シア、どうしたの、ぼーっとして」
「えっ!?あっ、ごめん!何か起きたら私レテ君の布団に潜り込んでたみたいで……よっぽど寂しかったのかなって、えへへ」
ここまでは自分の勘違いだと思っていた。本当に自分が寂しかったのだと。しかし、シアは運が良いのか悪いのか、カンが良かった。
「安心して眠れた?」
「うん。……えっ?」
おかしい。起きてすぐならまだしも、これだけいて私が横に寝ていたことに彼は驚きを示していない。それに彼の言葉は慈愛に満ちている。それだけはわかる。だってその顔は生まれたての赤子を見つめるような、聖母の様な笑顔だったのだから。
(もし、もしも……昨日の私の言葉を聞いてレテ君が『何か』をしたとしたら……!?いえ、有り得ない、動いた記憶どころか動かされた記憶すらないのに!)
初めて、畏怖を感じた。
彼にも、自分の中にも一切の冷たさなんて無かった。あったのは、暖かな感情だけ。
もしも彼がその通り、自分に仕掛けられたとしたら、彼が特異能力を使用したとしか思えない。
「……どうしたの、ぼーっとして。先に顔洗ってシャキっとした方がいいんじゃない?」
「え、あ!うん!先に洗面台借りるね!」
そう言って、怖くない、けれど底なしの怯えを感じてしまうシアだった。
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