夏休み レテとシアの場合
「……ただいま」
「えっと、ただいま……です」
首都にある家に二人して帰宅する。その表情は隠し事をしているため、暗い。
母のフォンがそれを見て、そっと近づいてきて頭を撫でてくれる。
「お父さんから聞いたわ。……異界の侵攻の事も、二人が活躍したことも」
「……!」
何故、お父さんは伝えたのか。そう思わずには居られない。
知らなければ、ただ学院で何かあっただけだと思われただけだろう。わざわざ母に侵攻の事を伝える必要性なんて、無かったはずだ。
けれど、父のラファが奥から出てきて静かに伝える。
「確かに、母さんに伝えない方が幸せかもしれない。何せ我が子だ。腹を痛めて産んだ子に、新しくうちの子になった二人。そんな二人が危険な場所に行ったなんて心配以外の何でもない。
けれど、父さんは思うんだ。家族だからといって……いや、家族だからこそ。母さんにだけ真実が伝えられなければ不公平で、いつかこの事を知った時……それこそ二人が突然亡くなった時に病んでしまうのではないか、と」
「「……!」」
レテの前世は、孤独な部屋だった。ただ病院の一室に寝ていて、動けなくて。
シアも孤児院出身で、最早孤児院にも帰れない身。皆に気を使っていたシアだからこそ、我慢する事も多かっただろう。
共通する点、それは親の包容力を知らなかったということだろう。
「……聞いた時は、驚いたわ。お父さんと一緒に二人が戦って、レテなんて死にかけた……なんて聞いた時は思わず詰め寄ってしまったわ。けれどね、それでも私は思うの。知ってよかったって。
打ち明けられない事実、他の人に知られたくない事柄。それを母は知ることが出来ました。なら、母はそれを知る人として育て、支え続けます」
……あぁ、そうだ。母はいつもそうだった。
シアに勢い余って告白した時も。自分が生まれた時も。シアが家に来た時も。
ずっとずっと、支え続けてくれた。
それはきっと変わらない。母として、秘密を知っている者として支えてくれる。
ふと、横を見るとシアの頬に一筋の水が目からたれているのが見えた。
それを見てそっと父がハンカチで拭いて、優しく言う。
「怖かっただろう、戦うのも、レテを失うのも。……けれど、我慢しなくていい。ここは二人の帰るべき家なのだから」
「……っ!」
シアが顔をくしゃりと歪ませる。徐々に流れる涙の量が増えていく。
それに対して、自分は涙を流さなかった。ただ、横からそっと抱きついた。
「皆、一人では生きていけない。一人では抱えられる量に限界がある。……けれど、それを知る者が多い程、楽になるだろう」
父が言葉を紡ぐと自分とシアを包み込むように抱きつく。
「わ、たし、は……怖くて……でも、レテ君の力になりたくて……!何より、もう、一人になりたくなくて……!」
その言葉と同時に、母も優しい抱擁を自分達にする。
「それが大切なのよ。怖くて、足が竦んでも。好きな人の助けになりたい、大事な人を失いたくない。それは何にも勝る勇気よ」
「ゆう、き」
「そう、勇気。今はまだ未熟な力でも、シアちゃんはウチのレテに鍛えられて……何より、お父さんから活躍したって聞いたわ。息子の役に、十分たったんじゃないかしら?」
ちらり、とシアがこちらに視線を向ける。笑顔で頷くとシアは遂に涙腺が崩壊し、フォンの胸の中であやされている。
それを横目に離れた自分と父は、父に問いかけられる。
「……泣かないんだな。正直父さんだって怖かった戦場だ。それにアグラタム様やイシュリア様と同じ、最後の突入組だ。なのに強がっているようにも見えない」
無言でこくり、と頷く。
正直怖くなかったといえば嘘になる。痛みも、狂乱も体験した。けれど、強がってはいなかった。
「……レテ。お前は強い。それは父さんの目から見ても、母さんの目から見ても……きっと、兵の目から見ても明らかだ。けれど、いつか一人では限界が来る。
そうなったら遠慮なく頼りなさい。自慢の息子の為ならば、命を賭してでも助けるとも」
そういって父がくしゃり、と頭を乱暴に撫でる。
確かに、一人では限界があるだろう。タルタロスの勝利も、偶然に偶然が重なって掴んだものだ。けれど、これだけは伝えておかなければならないと確信して口を開いた。
「……父さん。自分は、父さんが命を代償に助けに来てくれたなら絶対に生きて帰らせるから。母さんのためにも、皆の為にも……」
……それが、守護者の師として実力を持っている者の役目だから。
最後の言葉を飲み込むと、その途端にハハッと微笑みを浮かべられながら父が笑う。
「そうだな、俺が死んじゃ次はレテだ。なら何としても生き残らなきゃな。
……不思議だよ。まだ子供で、父さんや母さん、他の兵士よりずっと幼いのに誰よりも強く見える。それこそ、アグラタム様と並ぶほどに。なんでだろうな」
ラファは知らないのだ。自分が守護者の師であることを。けれど、それを知るのは一部の人だけでいい。
ふとシアの方を見ると、泣き止んだのかこちらを見ている。未だ目元は赤いが、改めてシアが一歩引く。
それに合わせて自分も横に立つと、父さんも母さんも察してくれて自分達の前に笑顔で立つ。
そして、今度は二人して明るい表情で言った。
「ただいま、父さん、母さん」
「戻りました。お父さん、お母さん」
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