夏休み ファレスとフォレスの場合
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「「おかえりなさいませ、お嬢様」」
南方を司る都、ラクザ。その三代目当主であるレインの子供、ファレスとフォレスは屋敷に帰っていた。
「ただいま!」
「ただいま帰りました。……あの、お父様とお母様にもご挨拶を」
そう言うと、執事長が前に出てくる。今日はどうだろうか。
お母様は実はラクザの都の出身ではない。ラクザの辺境の地で生まれ育った女性だ。
しかしながらその剣術、母性とも言える優しさ。何よりもレインが首都の学院で一目惚れして密かにその頃から文通をしていたというハイスペックの女性だ。
「はい、スーリヤ様であれば今レイン様の自室にて、お二人をお待ちしております」
「ありがとうございます」
「ありがとう!あ、ということは今夜のご飯は……」
「……ファレス。まずは挨拶にいきましょ」
そうだね!と返してくる姉に苦笑しながらも手を繋いで父親の自室へと歩いていく。
その様子を、執事長を初めとした従者達は温かく見守っていた。
部屋の前に辿り着くと、ノックを三回する。
「何用か?」
レインの声が中から響くと、ファレスが言う。
「お父様、ただいまー!」
「……ただいま帰りました」
そう言うと扉がそっと開かれる。そこには彼女達の母である、スーリヤが目の前にいた。
「おかえりなさい、愛しい私のファレスとフォレス。……ごめんなさい、有事に助けに来れなくて」
「お、お母様が謝ることじゃないよ!」
「お母様はあの時、ノボリビにいましたから……」
当主の嫁とだけあって、活動もしている。
例えばこの前のラクザの襲撃の時。丁度スーリヤはノボリビで交渉の場に出ていた。距離的にも脅威的にも、帰って来れないのは仕方がない。
「まあまあ三人とも。とりあえず中に入りなさい」
宥めるようにレインが言うと、三人揃って中に入る。
お父様は一仕事終えた……というよりも、寧ろこの日のために全ての仕事を終わらせていたという片付きっぷりだ。きっとお母様もそうだろう。それだけ、愛情を注がれているのだ。
そう思っていると、突如レインが防音結界を貼る。不思議に思っていると、静かにレインは語り出した。
「……ラクザの襲撃。そして異界タルタロスへの侵攻への協力。……ラクザ当主として、イシュリア様から連絡を受けた。当然、当主としては国に貢献した事は喜ぶべきだ。けれど……」
「……その話を聞かされて、私も驚いたわ。私の子供たちが、知らないうちに遠くに……遠くに行ってしまうのではないのかって」
二人は今にも泣きそうだ。実際スーリヤお母様は目が赤くなっている。
それに対して私達は俯くしかない。いくら自分達の能力が発揮して上手くいったとはいえ、未だ子供なのだから。それこそ良い言葉で言えば殉職なのだろうが、両親にとっては親不孝のそれでしかない。
「ごめんなさい。……でも、どうしても彼の力になりたくて」
「……私たちの力が、必要だから」
謝ると同時に、レインが席を立つ。そして、スーリヤと二人で抱き締めてくる。
「良かった……お前達が、無事に帰ってきてくれて……本当に……」
「ええ、本当に。怖かったでしょう、辛かったでしょう?……生きてくれて、帰ってきてくれて……ありがとう……!」
そう言われると私達も鼻の奥からツンとする。
怖かった。ラクザの救援の時も、タルタロスの侵攻の時も。
一歩間違えれば死んでもおかしくなかった。死んでいればラクザは少なくとも数年、お通夜になってしまうだろう。
何よりも怖かったのはクラスメイトを、彼を失うことだった。
彼は色んな事を教えてくれた。戦う術を、魔力の練り方を、自分達の能力の使い方を。
仲のいいクラスメイトだってそうだ。切磋琢磨した一年、皆で成長したのだ。
「怖かった……怖かったよ……!」
「……とても、とても怖かった……怖かった!」
ぁああ!と泣き出してしまった。そんな私達を、両親は優しく包み込む。
「怖がる事は決して恥ずかしいことではない」
「今は思う存分、泣いていいのよ。……よく頑張って、耐えたわね」
暫く泣き続けた後、涙と鼻水をそっと母上が拭いてくれる。
しかしその母上も泣いていた。そっとそれを拭くと、優しく言葉をかけてくれた。
「今日はね。料理長に無理を言って私の手料理も用意させてもらったの。良かったら食べてね。ノボリビからのお土産も混ぜてあるわ」
「……!やったぁ!」
「食べる!」
基本的に料理長の料理は美味しい。それは当然の事だ。ラクザで一番高級な物なのだから。
けれど、母の味は。もっと幼い頃から料理長に無理を言って離乳食を作ったという事をお父様から聞いた。
だから、思うのだ。美味しいにも種類があると。
料理長のように、至高の美味しさを提供する人。学院のオバチャンのように、皆で食べる楽しさを追求して作る人。
そして、私達の成長を祈って、手料理を作ってくれる人。
どれも甲乙付け難い美味しさだ。けれど、私達は母の料理が大好きだった。
「ふふ、良かった。……改めておかえりなさい、ファレス、フォレス。一年で沢山成長したわね」
そう言ってまた抱きしめてくれた。その温かさを感じながら、二人はそっと母親を抱き返した。
そして、その全てを囲むように、父親が抱きしめた。
ラクザの一番上だからと言っても関係ない。防音結界を貼られたこの部屋の中は、純粋に親子揃って成長と帰りを喜ぶ、ごく普通の部屋になったのだ。
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