夏休み クロウの場合
「ただいま!」
クロウが帰ると、おっ!という声と共に女の人の声がする。
「やあやあクロウ!首都の学院はどうだった!?」
「そりゃもう!皆強いのなんの……ってそうじゃなくて。学ぶ事が多くて沢山だよ!」
声をかけたのはクロウの姉であった。それに釣られて今度は両親が顔を出す。
「おかえりなさい、クロウ。首都はどうかしら?」
「まあまあ母さん。クロウも疲れているだろうしまずはお風呂にしようじゃないか」
クロウの家は南方と東方の間に位置している街にあり、クロウの姉は東方ノボリビの学院の卒業生であり、新米事務として去年から勤めていた。
ノボリビにも様々な学問の分野、戦闘技術を学ぶ学院がある。姉は腕っ節も良く、近接戦闘では学院負け無しという記録もある。なのに兵士ではなく事務を選んだのは、頭の回転もとても早かったからである。
事務と言っても兵士達が来る酒場の事務作業だ。いざとなれば酔っ払いを腕っ節で気絶させる事など姉にかかれば造作もないだろう。それぐらい、クロウは姉を誇りに思っていた。
「そうだな!んじゃ、父さんと母さん沸かすの頼んだ!私はクロウと入る準備してくるわ!」
「え、ちょ、姉さん!?」
そしてクロウに対してとても甘い。それが姉だった。そんな姉を好いてはいるが、ちょこっと風呂に入るのを恥ずかしいと思いながら荷物を持って自室に戻った。
かぽーん……と擬音がしそうな風呂の中で、クロウは姉と語り合っていた。
「で?どうだった?魔術学院のSクラスっていうのは」
「皆十人十色だね。双子の姉妹とか、特異能力持ちの友達もいたよ」
へぇ、と声を漏らしながら姉はふと考えて、問いかける。
「……クロウ、少し雰囲気変わったか?何か……うん。直感だけど家を出てから何か変わった体験をしたように感じる」
その言葉に一瞬ビクッとする。お湯がザパッ、と揺れるのを見てニヤリとされる。
「へぇ。なんかあったんだ?どんなどんな!?お姉ちゃんに聞かせてくれよ~」
「え、ええとね……」
まさかラクザやタルタロスの事を語るわけにはいかない。しかし、姉に対して嘘はつきたくない。少し考えて、特異なる友人の事を思い出した。
「ほら、タルタロスの襲撃があったじゃない?」
「ああ、あったね。ウチの街にもちょっとばかしあの気味悪い影がきて大変だったんだが……もしかして」
ぎゅうう、と抱きしめられる。豊満な胸に包み込まれてまた恥ずかしさを感じながらも答える。
「う、うん。休日の訓練中に襲われたんだよね」
「お姉ちゃん心配だよ!!怪我は!?どこも痛くなかった!?」
むぎゅううと力がこもる。寧ろそっちの方が痛い、と思いながら手を伸ばして抵抗する。
「お姉ちゃん痛い、痛い……。その時はヒヤッとしたよ。数も多いし、無限に湧いてくるし……。先生も先輩も突破口を見つけられずにいたんだけど、そんな時友達が来たんだ」
悪い悪い、とばかりに離れながら今度は真剣な表情で自分の話を聞いてくれている。
「……友達が来た?でも友達って……」
「そう、同じSクラスの友達。しかも一つ下の特例入学の天才だよ」
天才。いや、彼を天才として表現していいものか?
自らが知りえなかった事実だけならまだしも、魔力の込め方や型に縛られない系統や魔法の使い方。何よりラクザでも一人戦い抜いたその実力。
「その子は平気だったのかい!?」
「全然平気だったよ!寧ろ、その友達が来たおかげで助かったんだ。影の大元を割り出して叩いてくれたんだ」
あの実力に加えて、抗いようのない特異能力。先生方が組んだ結界をいとも容易く活用する知識。天武の直感というよりも、あれはそれを超越した何かに見えた。
「へええええ!すごい子じゃないか!よくそんな勇気が出せたもんだよね……私がその年齢だったら無理だよ」
「……勇気」
そうだ。彼はいついかなる時も恐れなかった。
自分達を巻き込んだ時も、自分達なら大丈夫だと信じて技を仕込み、作戦を大人の兵と共に練り、最後の大一番に飛び込んで生還した。
(……レテの一番の強みは、何事も恐れない勇気とそれに裏付けされた力なのかもしれない)
そう思っていると、何となく頭がぼーっとしてきた。そこでアッ、と姉が声を上げる。
「あー!ごめんごめん話しすぎたね!逆上せてる!今お姉ちゃんが出すからね!」
そう言ってひょい、と持ち上げられると風呂場から出る。既に身体と髪の毛は洗ってあったので出るだけだった為に、ついつい考え込んでしまった。
「いやあ。それにしても大変な事もあったもんだね。……そういえば、ラクザも襲われていたね。家に被害は無かったけど、ラクザの人達は大丈夫だったのかね?」
髪の毛を優しく拭かれながら慎重に考えて言葉を発する。
「多分大丈夫……だと思う。そのSクラスの友達がラクザの出身なんだけど、先生から殆ど何ともなかったって聞かされて安心してたから」
「なら良かった!何やら幼き兵士の噂っていうのも流れてきてね。眉唾か幻想か、誰かの特異能力か知らないけど……クロウぐらいの子供達がラクザの救援に来たって噂があるんだ。実際はどうか知らないけどね!」
わっはは!と笑いながらバスタオルを身にまとったままそのまま下半身まで拭こうとする姉から流石に恥じらいも限界を迎えてタオルを奪う。
「し、下は自分で拭くから!お姉ちゃんも服を着て!」
「あっはは!そう?じゃあお姉ちゃんも拭くかな〜」
ラクザと近い分、その噂も流れてきたのかと思いつつ、姉に背を向けてタオルで拭いて服を着始めた。
姉とはいえ、女性の裸を見るのは恥ずかしい。そんなお年頃なクロウであった。
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