夏休み レンターの場合
レンターはこの一年生のSクラスの中でも最も遠い場所に実家を置いていた。
方角で言うと西、西の国ナコクのもっと先……本当に外れの辺境だ。
長々と列車に揺られ、乗り継ぎ、また揺られ。そうしている事に考える。
(……俺は、成長しただろうか)
戦力的な面ではない。心の在り方だ。
レンターにとって、四属性とは異なる二つの属性……闇と光のうち、光を得意としていた。両親はそれを蔑みはしなかった。ただ、『中央まで行かないと学べない』と言われたのだ。
レンターは元々知識欲が強かった。無論、近いナコクでも十分な知識は学べただろう。だが『中央』、首都まで行けばもっと多くのことを学べるだろうと思ったのだ。
初め、本当に最初クラスメイトに会った時。正直自分の知識欲を満たせるなら図書でも人でも何でもいいと思っていた。
無論、同年代に知識を求めても自分以上に持つ者はそうそう居ない。そう思っていた。
それがどうだろうか。同じく四属性から外れたミトロは思慮深く、柔軟な考えをしていた。
それだけではない。学年首席、上級生どころか先生をも凌ぐ知識と実力。果てには聞いた事すらない技……光の柱を彼は風属性を得意としながら容易く自分に教えてみせた。
己は慢心していた。それに違いはない。
実際クラスメイトとの付き合いは楽しく、辺境では味わえなかった交流もあった。だが知識という側面では文献に期待を寄せていたのだ。
それが、レテという同級生一人でひっくり返る。彼は四属性、異端なる二属性。更には四つの系統を難なく、空気を吸って吐くように使いこなした。
それに加え、魔力の高め方。こんなものは文献はおろか、先生やファレスやフォレスの別荘の人達ですら知らなかったと聞いた。
確かに文献、本、先人の知恵は大切だ。それはレンターの中で変わっていない。
だが、それだけに固執していては得られるものを逃すのだと理解した。
列車が駅に到着し、降りるとそのまま荷物を持って歩く。辺境な村に馬などいない。徒歩だ。
それも数分すれば着く。コンコン、と扉を叩く。すると扉が開く。
「おかえりなさい、レンター」
「ただいま、お母さん。お父さんは?」
答えは分かっていながらも問いかける。優しい表情から一転して苦笑しながらお母さんは言う。
「今日も今日とて、山で狩りをしているよ。それもレンター、貴方が帰ってくるからって気合を入れてね」
「……だと思った」
そう言うと家の中に入る。自室に入り、まずは荷物を置く。そして徐に部屋の隅にあった木製の箱に光を付与する。
「……強くなっている」
レンターは付与系統。他の収縮や広域化、顕現などと違って何か対象が無ければ付与を実行することは出来ない。
いや、それも間違いなのかもしれない。
思い込みが実力を隠すのなら、実力を出し切る人を見れば思い込みなど吹き飛ぶ。レテに頼めばホイ、と付与しそうなところだ。
思わず笑ってしまう。一年前よりも更に強くなった光の木箱を見て、そう思った。
夜になるとお父さんも帰ってきた。それも籠には山菜、両手に肉。果てには食べられる魔物。どこまで山の中に入ったのやら。
「おかえりぃ!父ちゃん張り切ったぞー!」
「……うん、ありがとう」
父さんは、魔法が得意ではなかった。代わりに武術……引いては野生の勘に優れていた。
どうして父さんと母さんが結婚したのかは知らない。集落だからとか、そんな理由なのかもしれない。けれど、父さんも母さんも未だにイチャイチャしているのは雰囲気から伝わる。
帰ってきて泥塗れのお父さんをさっさと風呂に入れようとするが、その手つきは優しい。いつもそうだった。
(……雰囲気。そうか、雰囲気を感じ取れるようになったのも、成長か)
そう思いながら二人を見送った。何故か二人で風呂に入ってしまったからだ。
暫くして、ホカホカになった両親が料理を始める。
まずは肉と魔物の解体を父さんが。山菜の天麩羅を母さんが揚げ始める。
「どうだったレンター!苦労してまで首都イシュリアの魔術学院に行った結果は!」
父さんが解体を終えて一区切りついたところで聞いてくる。その問いの答えはひとつしかない。
「……最高だ。手紙を何回か書いたけど、友達も出来た。欲しい以上の知識を得ることも出来た。何よりも、秘密が出来た」
「あらあら、秘密だなんて……レンター、楽しんでるのね。良かったわ」
両親の考える秘密は友達とのナイショ話程度だろうが、まさかラクザで暴れたり異界タルタロスで現役兵士と共に戦ったなど口が裂けても言えないし、信じ……。
(いや、絶対信じる。言わないようにしよう。絶対に)
信じないと思ったがそんなことはない。レンターは昔から嘘をつかないし、両親もついたことはない。だから信じるだろう。無条件で。
それはそれで大変だ、と思っていると懐かしい……一年越しの香りが鼻に入る。
「ほら!今日は良い猪が居たから狩っちまった!凄いだろ!この大きさ!食べ応えはバッチリそうだな!」
「山菜の方も取りすぎよアナタ……何日分取ってきたのよ?でも、これでレンターとお話する時間が沢山取れるわね」
首都では嗅げなかった田舎の山菜特有の匂いと、野生の肉の匂い。
中央の料理も美味しかったが、やはり実家の料理は安心する。
頂きます、と手を合わせて三人で食べ始めると、徐に自分から話し出す。
どんな事があって、どんな成長が出来たのか。語れる範囲で、取り留めなく。
嬉しそうに聞きながら食べる両親を見て、自分は成長出来たのだと実感した。
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