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異界の師、弟子の世界に転生する  作者: 猫狐
三章 破滅のタルタロス
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一年の決別

夏休みが始まる。

既に七月末、最後の休み。八月は一月丸々休みの為、実質一年生として活動出来る休みはこの日が最後となる。


「……濃かったな」


朝日に照らされながら久々によく寝た、と思いながら自分は二段ベッドの下で目を覚ます。


「んー?何が?」


机から既に起きていたであろうシアが声をかけてくる。起き上がってそちらの方を見れば彼女は既に着替えて図書室から借りた本に栞を挟んでこちらを見ていた。


「いや……列車の一件からラクザの事、最後にはタルタロス……。他にも婚約者まで出来て濃い一年になったなって」


「こ、婚約って……!あ、ぁうぅ……」


張本人がが顔を赤くしてしまった。タルタロスよりもそっちの方がダメージ大きいのか、と苦笑しながら顔を洗いに行く。


(……本当に、濃い一年だった)


思えば普通の幼子などでは到底体験できない一年だった。


異界を開かれ、軍勢と戦い、勝利を収める。歴代のどのSクラスの生徒もこんな体験はしたことが無いだろう。


水を止めてタオルで顔を拭き、着替えると荷物作りの準備をする。


「あ、荷物作り?」


「うん。シアは?」


「えへへ、もう終わった!夏休みは本を持って帰れないからね。そんなに持つもの無いんだ」


「……衣服ぐらい?ちょっと帰ったら父さんと母さんに色々調達してもらえるように頼んでみようか」


そう言うとシアがアワアワしだす。


「そ、そんな悪いよ!第一、レテ君の家族にそんな……」


「もうシアもウチの家族だよ。父さんも母さんも、そう思ってる。……遠慮しなくていい」


そう言うと不意にシアが窓側に顔を背ける。

その顔を覗くほど野暮ではない。歓喜の声と啜り泣く音で彼女がどんな心境なのかぐらい、わかるから。



「おはよう、レテ。シア」


「おはよう、皆」


「皆はやーい!おはよー!」


朝の食堂に行くと一年のSクラスでは自分達が最後だった。ガヤガヤといつもより騒がしいのは夏休み前最後の休みだからか。


「さて……朝飯食ったらレテに一つ頼まれて欲しいんだが」


不意にショウがそんな事を言い出す。

ん?と思いながらパンを咀嚼して飲み込むと聞いてみる。


「どうかしたのか?」


「……今年、色んな事があった。先生方やレテに、皆に本当に沢山の事を教えてもらった。だから……夏休み前。この後レテと皆で『本気』の鍛錬がしたい」


周りのクラスメイトの目を見る。皆覚悟が決まっている。自分だけが聞かされていなかったのだろう。


だが、聞かなければならない。これだけは。


「どうして、今なんだ?」


その問いにミトロが答える。


「今年は色んな事がありました。本当に。……ですが、私達はまだ貴方の『本気』を見たことがない。スイロウ先生ですら知らなかった知識を持つ貴方の底を見てみたい。そして……」


そこで一旦言葉が切られる。首を傾げながら続きを促すように視点を回すとレンターが答える。


「……それに触れる事で、俺たちはまだ一学年だと。タダの学院生なのだと。再認識したいのだ。それが総意だ」


なるほど。彼等彼女達の意図が読めた。


対ラクザの襲撃、タルタロスの影との戦い……それに対して自分は様々な事を教えた。


だがそれに思い上がりたくない。何よりも、自分に敵わない事で本気を出してもいい相手がいるということを再確認したいのだろう。


「……分かった。ご飯を食べた後にスイロウ先生に交渉してみよう」


「ありがとう、ワガママに付き合ってくれて。……そして、直前まで黙っていて済まない」


「……せめて一言欲しかったなあ」


皆を見ながら不貞腐れた声で言うとどっと笑いが起こった。

何はともあれ、活力はご飯から。朝ごはんを食べ終わるとスイロウ先生のいる職員室に向かった。



「……ふむ?頑丈な訓練所を貸してほしい?」


「はい」


スイロウ先生も夏休み前で忙しそうだったが、声をかけると手を止めて話を聞いてくれた。


「夏休み前でも鍛錬に励むその姿勢や良し!今日は特別に六学年が使う練習場を申請しておこう!朝だからまだ使えるからな!」


「ありがとうございます!」


ただし、と続いてスイロウ先生は言葉を紡ぐ。


「何が起こるか分からないから万が一のため俺も同行させてもらうが大丈夫か?」


「はい!」


「よぉし!ならば善は急げ、だな!」


そう言って他の先生に話を通していく。それを見て思う。


この人が担任でよかった、と。



特殊訓練場。本来六学年が特異能力込みで使うことを想定された場所だ。


「……レテ君に皆で挑むのかぁ?流石に……」


スイロウ先生の言うことは最もだ。だが……。


「いえ、これでいいんです。もし、自分が危険だと思ったら助けに入ってもらえると助かります」


「……あくまでも傍観に徹しろ、というのだね。分かった。ただし危険だと思ったら即刻中止だ。……他の皆もそれでいいなぁ?」


皆が頷くのを確認してから自分はふぅ、と息を吐き出す。


「……本気、か」


皆は既に戦闘態勢に入っている。自分も魔力を練って準備をするとスイロウ先生を見る。


「……始めっ!」


「せいやっ!」


一番に飛び込んできたのはファレスだ。最初の学年対抗戦の時とは実力が段違いに違う。

風を纏い、上下左右……変幻自在に移動しながら隙を見ている。


それを見ながらフォレスがわざと自分を誘導するように収縮した土の礫を周りにばら撒く。こちらも練度が増している。


本当に、よく成長した。けれど『本気』と言われた以上。圧倒的な力でねじ伏せる。


「ふっ!」


風の球が顕現し、一帯に暴風を引き起こす。それを抑えるようにダイナが広域化の風をぶつけ、それにレンターが光を付与して自分の目をくらます。


「……そこっ!」


斜め上から風の勢いを貰ってファレスが飛び蹴りをかましてくる。同時に正面からフォレスの弾丸が弾幕のように飛んでくる。が……。


「本気、だからな」


風を操り、フォレスの弾丸を上に誘導。同時にファレスを誘導した位置に飛ばすように風の盾を顕現させて弾き飛ばす。


「きゃぁっ!」


「ファレス!」


その一瞬の隙が命取りなのだ。

心配した一瞬のうちに暴風を消して、同じように土の弾幕をフォレスに浴びせる。


「あぐっ……!」


これで、二人。だが油断している余裕はない。すぐさま土の騎士を配置する。


「……ニアさん」


「おっけー!」


その掛け声の瞬間。闇を纏った炎の槍が土の騎士を貫き、騎士を消した。これは……。


(……殲滅者、か)


ミトロの付与とニアの殲滅者を合わせたのだろう。だが負けはしない。負けられないのだ。


「ふっ!」


ミトロが闇の広域化魔法で視界を遮る。

その間にニアが声を出さず、四方から明らかに殲滅者を使った炎の弾丸を打ち出してくる。


それを避けながらも次々と視界の悪い中飛んでくる。だから逆説的に考える。


(どうやってニアは自分の位置を把握している?特異能力にはそんな能力は無かった。と、すると……仕掛けがあるのは……ミトロの方か)


試しにぽっと光を出してみると、ふと自分が微かに光っているのがわかった。


(……レンター!)


彼も鍛錬を積んだのだろう。自分に気づかれないよう、極小の光を付与している。


察するに、最初に騎士が撃破された時に死角から自分に光を付与。ミトロが闇で覆い、ニアが殲滅者で攻撃。二人しか声掛けしなかったのも一つの罠だろう。


ならば。それを逆手にとる。


「ほいっ!」


ニアの球をあえて水で中和し、水蒸気を発生させる。そして同時に自分を強い光で覆う。ただの暗闇ならば何も影響はない。だが、予想が当たっていれば。


「……あれ、なんか……ぼやけて見えるような……」


陽炎。水蒸気による温度と強い光による屈折現象だ。


そしてその一瞬の迷いは命取りだ。


風の騎士を顕現させると、ニアが放ってきた方向に暴風を纏わせた剣を一閃させる。


「きゃあっ!?」


ニアが吹っ飛ばされる音がした。同時にミトロの闇の広域化魔法が切れる。


「しまっ……!」


狙いを定めて、収縮系統の要領を使って風の弾丸を胸の部分にうち放つ。レンターも同時に撃ち抜く。


「かはっ……」

「ぐっ……」


三人の連携とは恐れ入った。だがまだまだ負けられない。


残ったのはクロウ、ダイナ、ショウ、そしてシア。


「……一気にかかってきて。全部返り討ちにしてあげる」


「言ったなっ!」


ショウが以前よりも圧倒的に早い顕現で炎の剣を出す。自分も合わせる形で炎の剣を出して応戦する。


ショウは身体も鍛えていたようだ。恐らく武術学院の方にも足を運んだのだろう。剣の使い方が上手い。


だが、それだけに気を取られてはいけない。


クロウが自分の邪魔をするように土の礫を振らせ、ショウが風でそれを自分の周りに纏わせながら隙あらばと狙っている。


「皆強くなったなぁ!」


「お前こそ、全員相手にしてこれだけ余裕があるのかよ……!やっぱり強えな!」


ショウと斜め、縦、横とクロウとダイナの妨害を避けながら剣戟を繰り返す。


「……頃合か」


自分がポツリと呟くとショウが第六感で何かを察知したのか警告を叫ぶ。


「……!やべえ!クロウ!ダイナ!逃げろ!」


自分は元々『風』の『顕現』が得意なのだ。後方支援だけしていると足元をすくわれる。


ささやかな風を吹かせてクロウとダイナの後ろに風の騎士を顕現させると、回転斬りをさせて吹き飛ばす。その風はダイナの風の威力よりも圧倒的に強い。まさに台風に襲われたかのような威力だろう。


「がっ……!」

「ごふぅ……」


二人ダウン。そして目の前にいるショウも……。


「せいっ!」


炎の威力を増した剣ともう片手に水の球を生み出し、ショウの剣を両断する。


慌てて盾を顕現するショウだが、水の弾丸を打つ。それに耐えている間に即座に後ろに回って骨が折れない程度に土の剣を顕現させて振るう。


「ぐっ……!」


残りはシアだけ。彼女と相対するとポツリと呟かれる。


「……やっぱり強いよ。君は。本当に」


「……」


それに答えられずに無言で通すが、その後の気迫に今回初めて圧された。


「でもっ!私だって君のことをずっと見てきた!一矢報いて見せるッ!」


その瞬間に津波のような水が流れてくる。即座に炎の壁を作って中和する。


しかし、シアは元々『収縮系統』。広域化のような事をしてみせたことに驚きを覚えざるを得ない。


ショウとニア、それにファレスに若干済まないと思いながら風で彼らをシアの後ろまで騎士に運ばせる。

これで、後ろを守る必要はなくなった。


「……まだ、まだ負けられない!君の隣に立つために!一緒に戦うために!」


そう言って彼女はパン!と手を合わせる。すると彼女の特異能力が発動した。


「……これは」


見たことがない。だが警戒する事に越したことはないと思った瞬間―


「セイリュウ!」

『おまかせを』


身体が痺れる。いや、これは……。


「麻、痺……!」


身体の隅々がビリビリとする。そこに彼女の素早い水の滝が流れてくる。


「……上手く使うようになったな」


まさかこんな特異能力になっていたとは。恐ろしいものである。


だが、彼女達の先生として。何よりも、守護者の師として。


圧倒的な力でねじ伏せる。


「……シア、耐えてくれよ」


そう呟いて地面に手を当てると、魔力を通す。


すると地面を通った魔力がシアの周りで騎士となり、顕現する。


「……っ!」

『いけません、私が盾になります』


セイリュウと呼ばれた彼女の召喚獣が盾となる。彼女自身も騎士を水で貫く。そのはずなのに……。


「消えない!?」

『この騎士……強い風で構成されています!貫いても周りの風から身体を補強しています!』

「そん、な……」


彼女が絶望している間に自分の麻痺も取れてきた。そして、騎士を消してシアと向き合う。


「……ぁ……」

『……危険です』


今から使うのは左手の特異能力。本気を出すと言った以上、一度は使って絶望するほどの実力差を叩き込む。


「……『狂愛の剣』よ」


そう言うと左手に紫色の剣が出現する。

その瞬間、皆が悶える。


「ぐ、あああああ!」

「嫌だ、いやだ!」

「私は……!私はぁ!」


理性を失わせ、自分だけを狂ったように愛するようにする剣。シアとて例外ではない。


「いや、やめて……!来ないで……!」


「……」


ゆっくりと歩き、近づく。彼女は後ろずさる。


そしてゆっくりと剣を上げ、そっと彼女の横に振り下ろした。


「ぅ、あああああああ!」


発狂。この剣に当てられてこれで済んだのならば強い方だろう。実際審判のスイロウ先生ですら正気を保てていない。


左手から剣を消すと、皆が正気に戻る。


「……完敗、だな」

「あぁ……完敗だ」


レンターとショウが呟く。皆が暗い顔をして頷く。

これを引き起こしたのは間接的には自分だ。だからこそ、ケアも自分がする。


(……君たちはよく戦った。誇っていい。よく言ってくれた。君たちは強い。だから……これからも、友達でいてくれ)


慈愛の盾を顕現させながら皆に伝える。

すると今度は皆が涙を湛えて自分に抱きついてくる。


「わぷっ……」


「やっぱり……敵わないや……。でも、もっともっと……強くなるから……!」


シアが抱きつきながらそう言うと皆が同じように頷く。


スイロウ先生も涙を流しながらこちらを見ていた。拍手をしながら、無言のエールを送っていた。


皆強くなった。けれど、まだ強くなれる。


だから、また、皆で……。そう思いながら押し潰されていた。




これにて破滅のタルタロス編、終了となります!

いつも読んでくださりありがとうございます!

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