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異界の師、弟子の世界に転生する  作者: 猫狐
三章 破滅のタルタロス
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そして夜明けが来る

既に朝日は昇っていた。まさに、兵士たちにとっても子供たちにとってもこれまでで最も長く感じられた夜、と言えるだろう。


緊急治療室では引き続きレテが治療を受け続けていた。


「闇の鎖、効果切れました」


「ふむ。部位の欠損は……脚の部分が少しまだ酷いが、これなら数週間もすれば治るであろう。

魔力はどうだ?」


「魔力供給、安定しています。魔力計の数値もほぼ最大値まで回復、後は本人の目覚めを待つばかりかと」


その報告を聞いて白衣のリーダーは頷く。

それにしても不思議な少年だ。この小柄な、まだ未熟な身体にも関わらず魔力量は兵士たちと同等かそれ以上。そしてイシュリア王を守ったという事実。


そう考えながら魔法を唱えていると、不意に少年が目を覚ました。


「……ん……」


「……目を覚ましたかね?ゆっくりでいい、自分の名前はわかるかい?身体の調子は?」


私は優しく諭すように少年に問いかける。その問いかけにこくりと頷くと、話し出す。


「……はい、思い出せます。自分の名前は……えぇと、フード……という事にしておいてください。身体の調子は……ッ!」


驚愕する前に、起き上がろうとした彼を慌てて支える。恐らく脚にもらった傷が痛むのだろう。

他の皆もその名前に驚いている様子だった。無理もない。


普段は城で分担して、兵士を各分野で治療する者が口を揃えて言ったのだ。


『フード殿は、強い』、と。


「……そうか。君が。まず、君の脚だが……左脚が上手く動かせない。が、心配は要らないよ。数週間もすれば完全に回復する。だから完治するまではあまり無茶をしないようにしてほしい」


「わかりました。……あの、ところでここは……?」


そうか、彼は気絶した状態で運ばれてきた。分からないのも無理はない。


「ここは緊急治療室。……永き時を生きるイシュリアの民がそれでも消えかけた時の最後の砦……といえば伝わるかな?」


その言葉に彼は納得したようだった。頷くと、まだ声変わりしていない高い声でお礼を言われる。


「ありがとうございます。……イシュリア様を差し置いて、自分を治療してもらって」


その言葉に皆が首を横に振る。キョトンとする彼に説明をする。


「実はイシュリア王が直々に貴方を真っ先に治療してほしいと懇願してきたのだ。……あのお方もこの部屋で治療するべきなのだが、それでも貴方を治療してほしいと。

命を散らしてはならない、と」


「……!」


イシュリア王は自分の正体を、前世を含めて知っている。そこから考える。


確かにイシュリア王が自分以上に危篤であれば迷わずイシュリア王を治療したであろう。だが、自分の方が危篤で、かつイシュリア王がまだ耐えられる状態であったなら?


(……アグラタムと、皆の為だ)


皆生存している。だがその中で自分だけが死んでしまったら?


アグラタムはもう、立ち上がれないかもしれない。守護者という立場の傀儡になっているかもしれない。


Sクラスの友人たちやナイダは一生傷を抱えるだろう。自分達に魔法を教授し、共に研鑽した仲間が突如死んだ。その傷の深さは計り知れない。


そして兵士の皆……とくに父さん。戦場に立つ事を許しながらも守らなければという想いはあったはずだ。それを守れなかったとなると……。


考えただけでイシュリア王の判断は正しかった事がわかる。イシュリア王は、民には暗示をかけたが兵士には暗示をかけていない。

その傷は一生遺る。とくに、永き時を生きるイシュリアの民は生きるだけ辛くなる。


「……あの、手を貸してもらえませんか。仲間に、生存の報告をしたいのです」


自分は白衣の男性に尋ねる。すると、頷いて部下であろう人に指示を出す。


「既に体調は万全のようですね。良いでしょう。……車椅子の用意を。私が押しましょう」


「ありがとうございます。……まずは幼き兵士たち、と呼ばれている部屋まで押してもらって良いですか?」


「わかりました」


手を借りて、車椅子に座ると緊急治療室から外に出た。

窓からは綺麗な日差しが差し込んでいた。


「……皆」


治療室の部屋に着くと、皆がばっとこちらを見る。その中でも反応が早かったのは、父さんだった。


「レテッ!無事だったか……!良かった、本当に……良かった……!」


抱きつく父さんに対し、白衣の人が苦笑する。


「ラファ隊長。一応病み上がりなので……」


「おお、済まない……。だが、本当に良かった……」


涙を隠せない父の次は、クラスメイトの皆だった。


「無事とは聞かされていたけど!……こうして見ると、やっぱり安心する。いきててくれて、ありがとう」


そう言うのはシアだ。他の皆も涙ぐみながら同調して頷いている。


ふと、双子の姿が見えないことに気付く。ここではないのだろうか?


「すみません。先行組として送った双子の居場所は……」


また白衣の人に聞くと、答えてくれる。


「恐らく軍議室かと。向かわれますか?」


「はい、お願いします」


他の兵士も「生きていてよかった……」「本当に、生きてくれてよかった……」と言いながら見送ってくれる。


自分は、幸せ者だ。


軍議室に入ると、皆がこちらを向く。その中でもファレスとフォレスが真っ先に車椅子の前まで来る。


「無茶をしすぎっ!」

「……でも、そのお陰で助かった」


二人とも厳しい。だがその言葉の端々は涙と同化している。やはり心配させてしまったのだろう。他の兵士も頷いている。


「無茶でもしなきゃ、勝てないだろ?」


「……私、絶対強くなるから」

「……私も。もっともっと、強くなるから……!」


二人とも自分が死にかけなのが相当堪えたらしい。その目は最早兵士の目だ。


その時だった。コンコン、とノックが鳴り響く。


「目の前に、人はおるか?」

「居たならば……扉から少し離れて欲しい」


その声は絶対命令に近い、この国の強者。


即座に車椅子が離れると、白衣の人が緊張しながら どうぞ、と声を出す。


ガチャり、と開くと真っ先にフラフラと歩いてきたのは、アグラタムだった。


「良かった……生きていて……本当に……!」


「……泣きすぎだ……ですよ、アグラタム……様」


少しばかり師の頃の口調に戻ってしまう。それを抑えながら、アグラタムを諭す。


「少し脚が動かないらしいですが、数週間もすれば治るようです」


その言葉にアグラタムが反応する。


「ならばその役割、私が……ムグッ!?」


後ろからイシュリア王がアグラタムの口を塞ぐ。


「……アグラタム?貴方、立場を分かっていて?」


「……すみません、私としたことが。取り乱してしまいました」


そう言うと今度はイシュリア王が前に出てくる。


「よくぞ生きてくれた。……本当に、これ以上ない行幸だ」


「それは、緊急治療室の方々が頑張ってくれたからで……」


「それでも、だ。……幼き命を散らさずに済んで……良かった……」


イシュリア王もそう言いながら泣いている。その様子にざわめきが広がる。


「うぉっほん!」


アグラタムが態とらしく大声を出して暗に見るな、と兵士に命令していた。


「……あの、車椅子は他の人に運んでもらいます。なのでイシュリア様を……」


その言葉に白衣の男性は頷いた。


「わかりました。こちらから人員を一人割かせてもらいます。……イシュリア様、緊急治療室へ」


そう言っても涙ぐむイシュリア王は収まる気配がない。だから、使う。


「……慈愛の盾よ」


そう言って顕現させるとイシュリア王ははっとするが、それに意志を込めて先手を打つ。


『……ありがとうございます。自分を、皆を心配してくれて。だから……今はおやすみください』


「……ああ、あぁ……。そうさせて……もらおう……」


その言葉を聞くと、盾を消してこちらもハッとした白衣の人にアイコンタクトを送る。


そしてイシュリア王は緊急治療室へと運ばれて行った。


やはり思う。

自分は、幸せ者だな。と。


いつも読んでくださりありがとうございます!

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