泡沫の夢
夜の帳は既に降りきっており、市街はおろか城内すら静かに、明るさを消している。
しかしただ一箇所。明かりを点している場所があった。
それが今幼き少年が運ばれた場所。緊急治療室だ。
この場にいる者はイシュリア王に最初から待機とされ、しかしその任は重い。
戦で生死を彷徨う身体を、魂を現世に引き止めるための治療の集大成が十人近くという少人数で構成されていた。
そして、その部屋の扉が開かれた時。ここの指揮を執る白衣の男はイシュリア王の姿を見て愕然とした。
ボロボロ、などという在り来りな表現では生ぬるい。戦場に赴いくための最上級の魔法を施された服は所々に破れ、本人すら傷を負っている始末。
ーイシュリア王の命ー
その場に居たものは全員がそう思っただろう。だがその予想は王によって覆された。
「この子を……フードを、治療せよ。何としてでも命を繋ぎ止めよ。我の命は二の次で良い、この子を治療するのだ」
その言葉に指揮を執る私は無礼を承知で言った。
「し、しかし!御身の身体が最優先では……!御身がお隠れになられては元も子もありませぬ!」
「我は……護られたのだ。守護者に。そして、この子供に。良いか。この子供の命を絶対に散らしてはならぬ。
これは命令である。我の事が心配である、その気持ちは忠義の証として受け取ろう。
だが、この子供を……絶対に失う訳にはいかぬのだ。今すぐ手配をせよ」
そう言われて抱えている子供をそっと渡される。命令とあらば。すぐに指示を出す。
「魔力供給の為の装置を起動させよ!今は気絶しているが一時の猶予と思え!この気絶している間に傷付いた箇所の治療、及び魔力を補給し安定状態まで持っていくのだ!
時間はないッ!急げッ!」
そうして十人は動き出した。それを見て、イシュリア王は「あとは任せた」とほっとした様子で去っていった。
まず、魔力計で残存する魔力と総魔力を計る。そして、愕然とする。
「……なんだ、なんなのだ……?この魔力量は……!いや、それは問題ではない!
この子供の魔力は我が兵士にも劣らぬ量を持っている!そしてその魔力は枯れかけている!直ぐに供給を開始せよ!決して彼を死なせてはならぬ!」
そう言って様々な装置を取り付け、彼の様態を見る。
既に様々な箇所……特に脚の損傷が酷い。幸いにも神経は切れていないようだが、このままでは数ヶ月は動けないだろう。
ボロボロになった制服を見る限り、魔術学院の生徒と見た。そして、その子供がイシュリア王と共に戦い、身を呈して護った。
なるほど。確かに優しき王の事だ。死なせたくないだろう。ならば我らは手を尽くすまで。
深夜の光は消えることなく、只管に命を救うために動いていた。
(……ん……)
レテは目を覚ます。いや、目を覚ます、という表現は合わないかもしれない。
先程まで王城の玉座の間にいたはずだ。
それが今はどうだ。ベッドの上に横たわっている。
ふと、違和感を覚えた。ただのベッドではない。どこか懐かしみを覚えるベッドに横たわっている。身体を起こそうとして、その異変に気がつく。
(身体が……起き上がらない……?)
そう思った時だった。不意に門が開く。
魔力は無いが応戦するしかない。そう思った時だった。
「貴方は我が国の驚異になりうる!その首、取らせてもらうッ!」
慌てて慈愛の盾を出し、唐突な剣戟を防ぐ。
(そうか、これは……)
「防ぎますか……!ならば、これならばどうですかッ!」
周囲に並んだ魔法の数々。火の津波がまずは自分に向けて襲いかかる。その上後ろにも魔法が仕掛けられている。恐らく自分が起き上がることを想定しての罠だろう。
だが。その魔法は効かない。
「……風よ」
ただそう自分は唱える。その一言で火の津波はおろか、全ての魔法が消え失せる。
まるで、微風が全てを攫ったように。
「くっ!……ますますの脅威だ。貴方をここで排除する!」
その言葉を言った彼に、小さく首を振って話を持ちかける。
「……警戒して魔法を備え、剣を構えたままで良い。自分の話を聞いてくれぬか?」
「……」
その言葉に警戒しながらも彼は話を聞く気になったようだ。それを見ながら自分は話す。
「……自分は、このベッドから動けない。起き上がることすら敵わない。ソナタの言う驚異になり得ないだろう」
「戯言を!騙されんぞ!」
「……本当の話だ。証拠を見せよう」
そう言って自分は風を吹かせる。相手は攻撃と勘違いしたのか、咄嗟に魔法で防壁を張った。
しかし、自分の身は持ち上がることはなく。周りのベッドは浮かべど自分が持ち上がることが無かった。
「……一つお尋ねしたい。貴方は……異界という存在をご存知か?」
「いいや、知らない。自分の世界はこの狭い病室で完結している。後は死を待つのみよ」
そう言うと彼は魔法を全て解除し、唐突に申し出てきた。
「私を!貴方の弟子にしてください!」
「……どういうことだ?」
「……私は異界で守護者……つまり国を守るべき立場にあります。ですがその力は絶対でなければならない。その為に……貴方の力をお借りしたい」
その言葉に即答した。
「……自分は一人だった。そなたが来てくれればその寂しさも紛れるであろう。守護者。力を求めるのであれば自分が相手になろう。自分が生み出した知恵を授けよう。……それが、貴方の力になるのなら」
その言葉に感涙を受けたのか、一転して空中からベッドの横まで来て嬉しそうに言う。
「ならば……師、とお呼びしても?」
「好きに呼ぶといい。……自分の名前など、忘れてしまった」
そうだ、この鮮明で懐かしい夢は。
アグラタムと出会った、その日の夢だー。
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