表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界の師、弟子の世界に転生する  作者: 猫狐
三章 破滅のタルタロス
145/270

残された後に

女王イシュリアは、彼を、フードを緊急治療室に運んでから玉座の間に戻り、一息つくと玉座に座る。

それを見て、私に付いているメイドが声をかけてきた。


「イシュリア様。既に部屋の御二方は軍議の部屋にて待機しています。お休みになられても良いかと」


その言葉を聞いて思い出す。自分の部屋をあの双子に貸し与えた事を。正直頭が回らない。魔力が欠如して身体が重い。本音を言えばもう休みたい。

それでも、彼女たちに。彼らに伝えなければいけない事がある。それは私か、恐らく彼の口から知らせるべきなのだろう。

だが生憎と彼は私よりも幼く、身体を張った。それで生きているのが奇跡とすら言える程に。


「……いや、休む前にあの二人に会いに行こう。そうしたら休む事にする。……あぁ、そうだ。調理班に伝えてくれ。ティラミスを大量に作ってくれ、と」


「畏まりました」


そう一礼すると、彼女は優雅に調理場へと向かった。それを見ながら私も立ち上がる。

軍議の部屋。既に暗くなった夜空を窓から見上げながら、そこに向けて鉛の身体を持ち上げ、一人で歩き出した。


「……ファレス殿、フォレス殿」


私が軍議の部屋に入ると既に先行組が待機していた。真っ先に彼女らに声をかけると、彼女達に慌てて心配される。


「イシュリア様!顔色が……」

「……とても、悪いように見えます」


その顔は生き残っている安心というよりも、何かを心配する顔。

いや、もっと言えば最悪の事態を想定している顔。リンゴを手で握り潰してもこんなぐしゃぐしゃになどならないだろう。

他の兵士の顔を見る。彼らもまた、私の事を心配しながらもやはり作戦の安否と彼の生死が気になるようだ。つくづく愛された者だ、と密かに嫉妬しながらも双子に向けて。

この場にいる全員に向けて、最後の気力を振り絞って発する。


「タルタロスは滅んだ!我らイシュリアの勝利である!

そしてこの作戦に深く関わった守護者アグラタム、フード殿、その他の兵士もまた生存している!」


わぁぁっ!と歓声が沸き起こる。彼らとて子供を参戦させるのに抵抗のあったであろう者。それを押し切ってまで参戦させたのだ。作戦の成功と幼き命を散らさなかった喜びでこの部屋は満ち溢れている。


「あの、彼は……!」

「……フード殿は、今どこに?」


そんな中双子が問いかけてくる。目線を合わせるように優しく言葉で撫でる。


「今緊急治療室に運んで、身体の具合、魔力の欠如、その他の機能……それを確認してもらっています。……大丈夫よ、彼は命を失ってなどいません」


その言葉を聞いてほっとする双子を見て、ズキリと心が痛む。


確かに彼は命を失っていない。しかしそれは今の話だ。魔力欠如、身体の損傷、更には他人の魂を自身の顕現させた器に移すなどという荒業。それだけの事をして完全に命を落とさない保証など、どこにも無い。


それでも。彼は生きると信じている。いや、生かしてみせる。その為に彼をイシュリアでも最も生存率の高い場所に運び、今手を尽くしてもらっているのだから。

あのアグラタムが泣いた、あの数年前の光景をまた引き起こさせる訳にはいかないのだ。彼はただ、安らかに生きる事を望み、望まれているのだから。


私の暗い顔を見たのだろう。再び彼女達が話しかけてきた。


「……あ、あの!イシュリア様の部屋。……とても、居心地が良かったです」

「……イシュリア様も、休んでくれると私たちは嬉しいです」


「「私たちに部屋を貸して下さりありがとうございます」」


最後は自然に息が合わさったように声が合い、ぺこりとお辞儀をされる。あぁ、確かにそうなのかもしれない。

この戦いの中でずっと疲れ、あらぬ考えが頭を支配する。


アグラタムが死んだら。

他の兵が自分のために身を呈して死を望んだら。

幼き命を私の独断で枯らしたなら。


そんな考えを払拭する為にも休息は必要だろう。そう考えて立ち上がると、傍の執事に言う。


「私はこれから自室にて休む。先行組、及び錯乱組、目覚めたら最終組にも伝えよ。勝利の声明は明日の昼。それまでは軍議の部屋にて……そうだな、子供たちや兵士を安心させてやってくれ。特に錯乱組の子に、フードは無事だと伝えるように」


「畏まりました」


そう言うが早いが、執事が連絡を取り始める。それを見て、私は軍議室を去った。


最後、もしも守護者の師が居なければ。

ティネモシリの魂が居なければ。

私たちは苦戦を強いられ、最悪負けていただろう。


歩きながら私は考察する。今回勝てたのは王妃ティネモシリによる精神の干渉が強かったからだ。そして、それを彼が運ぶまでに皆が足止めをし、且つコキュートス王が賢王だったからだ。

一つでもピースが外れていれば別の戦いを強いられるのは間違いなかった。それは戦場の常だ。


(……異界を、滅ぼす。このような出来事がこの先もあるというのなら、私は……)


今回のように幼き命をまた呼び出す訳にもいかない。城の兵士だけで対応出来るように対策を練らなければいけない。

やる事は多い。しかし、今は沈黙を持ってかの異界の冥福を祈ろう。


私室に入る。お付のメイドが既にベッドメイキングも整えている。

あぁ、もう疲労が限界だ。私とて万能ではないことを改めて知らされる。


「……しばらく休む」

「仰せのままに……」


着替えも風呂も、何もせずにただベッドに転がり込む。

メイドがそっと部屋の電気を消す。

即座に私の意識は、深い眠りに誘われた。

いつも読んでくださりありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ