守護者の切り札
「何という速さだ……!」
コキュートスと兵の距離は近くなかった。なのに一瞬にして詰め、更には洗脳までしてみせた。
私は歯噛みしながらも、味方だった兵からの土の弾丸を躱す。
「さて、次は……あぁ。貴方を取ればいい」
そう言って視線を投げかけたのは、我らが主であった。
「イシュリア王ッ!」
そう叫ぶと味方の兵士が身体に風を纏わせて強引に王の身体を突き飛ばす。直後、遠くに居たはずのコキュートスは兵の頭を掴んでいた。
「お願い、します……貴方に仇なす事があれば……迷わず……殺し……」
その兵士の言葉はそこまでだった。まただらりと力を無くしたあと、こちらに風を纏ったまま突撃してくる。
「くっ……!」
幾ら洗脳されたとはいえ相手は全力、対してこちらはかつての仲間に全力を振るえない。その差がモロに出ていた。
その時だった。イシュリア王が声を発する。
「……アグラタム、使いなさい」
何を、とは言われなかった。だがその一言で決心がついた。
──これ以上、仲間を犠牲にさせてはいけない──
「皆!アグラタムから離れよ!遠距離から援護出来るものは洗脳された兵を抑えよ!」
イシュリア王が号令を発すると共に兵士が動き出す。それを迎撃する気配もなく、コキュートスはこちらを見ていた。恐らく警戒しているのだろう。氷の柱と剣を持って睨みつけている。
私は小さく、一言だけ呟く。
「……『解放』」
その瞬間、コキュートスは全ての氷ごと遠くへと移動していた。
それもそのはず。彼が空中に浮いていた場所には、暴風すら巻き起こす剣が叩き込まれていたのだから。
一旦逃げたコキュートスだが、反撃に転じることは出来ていない。
私が剣を振るえば空気が震え。
私が魔法を使えばそれは彼の元に膨大な威力を持って迫り。
私が蹴りを出せばその衝撃波が氷の柱を崩す。
そんな中でも、コキュートスは冷静であった。
「ふむ。確かに強力だ。最初からそれを使えば我を始末することなど容易い。……ならば何故しなかったのか?簡単だ。それは長く続かないのだろう」
「……ッ!」
避けながらも淡々と話し、そして核心を突いた言葉に何も言い返せない。
特異能力、解放。それは自身の肉体や魔力といった制限を一時的に解除し、自身を一定時間大幅に強化する力。
しかしその後は代償として一時的に戦闘能力が落ちることになる。それでも使うしかない。これ以上味方を取られればこちらは負けるのだから。
私が攻め、コキュートスが避ける。その間コキュートスは一切攻撃をしてこなかった。恐らく当たらないのだと理解しているのだろう。もしくは、倒れたところを狙い撃ちするつもりか。
「はぁッ!」
魔力にて自分の分身……否、現身と呼べるものを二人呼び出す。
「むぅっ!」
それをタダの分身と勘違いしたのだろう。コキュートスは本体である私からの炎の玉による攻撃を避けた。
しかし、この解放を使った状態での現身は私が増えたも同然。同じ技が上空と下から逃げたコキュートスを高速で襲う。
「ぬぅっ!?」
手応えがあった。そのまま私の現身と共に三方向から剣を魔力にて伸ばして振り下ろす。
「ぐ……!」
ただ振り下ろす。それだけの動作で真ん中にいたコキュートスは風圧により飛ばされる。そしてその機を逃す手はない。
「穿てッ!ミストルティンッ!」
師直々の技にて、光の矢がコキュートスを貫く。
「グハッ……!?」
(……行ける!)
そのまま畳かけようとした時。ふと嫌な予感がして分身と共に火の魔法で煙を炊き、姿を隠す。
「ぐ、くはは……そのまま飛び込めば我の兵にしてくれたものを……!」
そこには傷を負いながらもまだ立ち上がるコキュートスがいた。
やはり正解だった。彼は光の矢を防ぐことなく、わざと受けることで余裕が無いように見せかけたのだ。
「……さて、そろそろその身体も限界ではないかね?その身体を奪わ……ッ!?」
その時、コキュートスが一瞬だけ本気のダメージを受けた。なんの攻撃もなかった。何かの罠かと思い、イシュリア王も私も見ている。
「……案内屋。やられたか」
「……!」
それはつまり師が勝ったという事。しかし、この王と同等の実力を持った案内屋を一人で相手した師に応援を頼むのはあまりに酷だった。
そして、解放にも限界が近づいている。つまり、一気に畳み掛けるしかもうない。
「爆ぜろッ!」
煙幕に隠していた分身と共に、コキュートスの周りを無差別に爆破する。地面が抉れ、土埃が舞う中それでも逃がさないと檻のように爆破を続ける。
だと言うのに。彼は私の目の前に現れた。
「奪わせてもらおう……」
「まだだッ!」
私はあえて頭を掴んだ手を握り、魔力を流す。
「ぬぅっ!?我の支配に……抗うか……!」
「ここで私が負ける訳にはいかない……いかないのだ……ッ!」
侵食してくる力と私の対抗する魔力により、互いの手が爆発を起こす。
「ぐぅっ!」
地面に落ち、強く全身を打付ける。頭がグラグラする。解放の限界が来たのだ。
しかしそれはコキュートスとて同じ事。暫くは腕が使えなくなったはずだ。
「イシュリア王!」
「ええ!」
その隙にイシュリア王は陽炎の如く揺らめきながらコキュートスに光を付与した剣を突き立てる。
「ぬぅぅぅ……!だが……まだ、まだだ……!我は……!」
そう言ってコキュートスがイシュリア王の頭を掴む。その光景を見て声にならない絶叫が皆から上がる。
「お主さえ奪えば……!」
しかし、その言葉は現実にならなかった。何故ならば、庭の外から暴風が吹き荒れ、コキュートスの手が離れたからだ。
「……今の、風は」
それは忘れもしない、懐かしい風。
「……お前が王か」
ベランダに立っていたのは、怪我をして救援に来れないと思っていた、我が師であった。
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