影の世界の一縷の光
アグラタム達が戦闘を開始し、案内屋を倒し終わったあと。自分はよろめきながらも暗い中光魔法で照らしながら壁に辿り着く。
「いっつ……流石にやられてるな」
軽い傷は直ぐに止血出来たが、脚に貰った攻撃は有り体に言えば肉を持っていかれたので止血はしたものの痛覚を抑えるので精一杯だ。
(……それにしても、強かった。まさか光魔法を封じるなんてな。光だけを封じる魔法を考える……ん?違う、封じるんじゃない。光を奪った、と言っていた。……人から奪う……記憶を変える……光を奪う力。……まさか!)
最悪の可能性が浮かぶ。もしかして、タルタロス王の能力とは『侵食』そのものでは無いのかと。
(この状態でアグラタムに伝え……クソっ!戦闘状態ならアグラタムにスキを生ませる訳にはいかない。自分が行かなくては……!)
そう思って立ち上がろうとするも、鋭い痛みが身体を襲う。
「うぐぁっ!」
思わずバタリと倒れてしまう脚がやられていては立ち上がるどころか起き上がるのも一苦労だ。
(自分は……イシュリアを……!守るために踏み出さなければいけないのに……!)
そう思っても身体が言うことを聞かない。この十五歳の身体に負った傷は、小さい分一度やられてしまうと大きい。
傷薬はあるが、あくまでアレは軍が持っていった物。自分がここで一人で残るなど想定外だろうし、第一手元にある傷薬を飲んでも直ぐに痛みは復活するだろう。
「……無力だ」
そう虚空に向かって呟く。出来たのは案内屋を止めたことだけ。王の援軍に駆けつけることは出来ない。
だが自分が来た意味はあった。今頃戦っているのだろう。案内屋を引き付けられただけで自分は十分だ。
そう思っていた時、ふと聞き覚えのない声が響く。
──いいえ、貴方は無力じゃない……──
「誰だッ!」
即座に光の騎士を顕現させ、自身を守らせる。自分も風の短剣を持っている。
そう思っているとふと右側が明るく『光る』。
「……光……?遂に限界で幻覚でも見始めたか……?」
──いいえ。貴方が見ているのはこの世界に残された唯一の光にして王……コキュートス様への切り札──
(……唯一残された光、王への切り札……つまりこの光の主は……!)
「……王妃、ティネモシリ」
その名を呼ぶと光がこちらにやってくる。まるで妖精のようだ。丸っこい光がこちらに来る。
──そう、私の名前はティネモシリ……。王の子供を退けた勇敢なる子、話を聞いてくれないかしら?きっと……貴方の力になれる──
話しているというより脳内に直接響く感じだ。いや、それよりも色々と疑問が浮かぶ。
「……色々質問していいか?」
──私に答えられることなら──
その言葉に頷くと、大前提の質問をする。
「何故その姿を王……ええと、コキュートス王……の前に現さなかった?それ以前に、何故貴方は……その姿で残っている?」
光がふわりと浮くと、答え出す。
──私のこの姿を見れば、あの人は何がなんでも身体を探すでしょう。ですが、私は犠牲を望みたくなかった。身体が見つかればその人の人格も、記憶も……侵食されてしまう。そんな事は私が許せなかった……──
「……それで、幾千の人が死んでも、か?」
それには少し怒気を込めた。イシュリアからも少ない犠牲が出ているはずだ。
──即座に1を取った方が良かったのでしょう。ですが、あの人はそうしたらあの人が愛した民を犠牲にしてでも私を生み出す。それはもう、私ではない別の誰か……。そしてもう一つの質問にお答えしましょう。私が何故この状態でいるか。……そもそも、私が死んだ時一番最初に光を奪った存在を知っていますか?──
別人になる、か。確かにそうかとしれない。それはそうと変なことを聞いてくるな、と思いつつ答える。
「それはこの世界の空、では?」
──違うのよ。あの人が最初に奪った光は、『王自身』。それを知ったのは死んだ後だったわ。……皮肉にも、大量の犠牲の光と私の記憶の構成でティネモシリはここにいるわ──
「王、自身……?」
──あの人は民を犠牲にしたくなかった。けれど私の魂をそのまま行かせる訳にも行かなかった。だから……その場で自分の光と犠牲に、見えない魂だけが残されたのよ。それでも足りなかったあの人が集めた記憶と光はこうして構築されて……最後に貴方の光によって蘇った──
「……自分の、光」
風の短剣を消して自分の掌を見ながら呟く。
──貴方は強い。けれど、立ち上がる力がない──
「……その通り、このザマじゃ戦うどころか帰ることも出来ない……」
──なら、立ち上がる力があれば。踏み出す力があれば……あの人を。コキュートスをこの地獄から救うことが出来る?──
その言葉に目に力が点る。
立ちあがれれば救えるか?倒せるか?違う。自分は……。
「例え刺し違えてでも、救う。倒す。そしてこの破滅の世界を終わらせる」
──強い子。なら、私を連れていきなさい。あの人にとって存在していなかったはずの私という存在は……切り札になる──
そう言って光が脚を治していく。痛みが消えていく。
「……王妃ティネモシリ。もしも二人とも今度こそ魂が昇ったら、一つだけ願って欲しい」
──何を?──
「自分達の世界、イシュリアへ来ることを。……平和で、守ってくれる人がいて……そしてごく普通の生活を送れる、あの世界に来て欲しい。それが自分の望みだ」
そう言って立ち上がる。痛みは消えていた。
相手は愛に執着している。そこに愛しの王妃が現れれば自分の特異能力と合わせて文字通りの切り札となる。
身体に温かな光を纏いながら自分は奥の部屋へと走り出した。
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