レインの彼に関する考察
二人を呼ぶ為に扉の前まで行って、二人の名前を呼ぶ。
しかし二人は入ってこなかった。反応すらない。
「……?」
再び呼ぼうとすると、後ろのレインさんが苦笑しながら言う。
「レテ君。防音結界を解き忘れているよ」
「……あっ」
そういえば師弟関係を知られたくないから張ったのをそのまま忘れていた。慌てて解除すると二人を呼ぶ。
「終わった?」
「……入るね」
どうやら二人とも扉の前で待機していてくれたらしい。なのに扉の前で防音結界に自分の声が弾かれた様子を見られたのは恥ずかしい。
顔の赤さを隠しながら三人でレインさんに改めて向き直る。
「……それではレインさん。蔵書を閲覧しても良いですか?」
自分が代表して聞くと、こくりと頷かれる。
「いいだろう。鍵は執事長が持っている。ファレス、フォレス。私が許可したと言って地下室に案内してあげなさい。後で執事長が来るだろうが、今回は本当に許可したと言っておくから」
「わかりました。……フォレス?」
何故か言葉を聞いてからそっぽを向いているフォレス。少し考えてからあぁ、と手を打つ。
「もしかして許可なしに執事長さんにーー」
「さーて行こっか!お父様ありがとー!!」
ファレスの声に自分の声が遮られると、フォレスがぺこりと頭を下げてそそくさと逃げるように部屋を出ていった。
それに続くようにファレス、追いかけるように自分も出ようとしたところでレインさんに声をかけられる。
「レテ君」
「なんでしょうか」
慌てて身体をもう一度レインさんの方に向けると、ただ一言だけが返ってきた。
「……イシュリアを、私では手が届かない平和を頼む」
「……はい。任されました!」
そう言って見失わないうちに部屋を出る。丁寧にお辞儀をして扉を閉めて、ファレスとフォレスを見つけて失礼のないよう、早歩きで追いかけた。
その後、レインは一人で書類仕事をこなしながら考えていた。
(……あの少年が、守護者様の師匠。守護者様に護るための力を授けた人)
カリカリとペンを走らせながらふと思い返す。思えばラクザの戦火の時の住人の言葉を思い返す。
(……あの人に助けてもらった。あの時の彼は間違いなくフードの姿だった。ただの顕現ですら本人が遠く離れては維持は不可能に近い。なのに住人の話によれば年寄りの足に合わせたり、休んだりと器用な動きを取ったらしい。……恐ろしいな。自分に姿形も分からないように魔法をかけたまま、他人に自立型の騎士を顕現させるなど。この国にそんな魔法を同時に、長時間維持できる兵が何人いる?)
確かに居ることには違いない。探せばいるだろう。しかし逆に言えば探さなければ見つからないレベルの逸材。そして話を聞けば彼は一つ下。……つまり十五歳だという。何よりも不思議だったものも一つ解けた。
(フレッドさんから屋敷から救援で門を開いてくれた、と言われた時。それに帰る時私の部屋で門を開いた時。あの時は恩人にこれ以上聞くべきではないと思っていたが……。アグラタム様の師匠であれば当然か。位置と位置を繋ぐ門を設置する事など、片手間なのだろう。今回だって恐らく彼の門を使ったはずだ。……確かに、彼自身使えるものは使う性格なのかもしれない。いや、使うというよりも……前線に立つ王のようなものか。強力な力を持ち、人望を持ちながら自身も動く。そういった所が彼の魅力かもしれない)
終わった書類にハンコを押して、次の書類に目を移す。またペンを取ると、カリカリと言う音が部屋の中に響く。
(……アグラタム様に師匠がいるのは薄々遠くから聞いていた。しかし、存命だと仄めかすものだったが……どう見ても、あの子は子供。それは自他ともに認めている。アグラタム様でさえ認めている。……何故だ?彼とて赤ん坊の頃から鍛錬を積むことは出来ないはず。だとしたらいつ、守護者様の師匠になったというのだ……?)
それを考えながらペンを動かしていると、不意にひとつの結論に至ってペンを止める。
「……転生?まさか、御伽噺で話されているような、死んでから別人に生まれ変わった……とでもいうのか?」
自分でも有り得ないと思う。しかし、それ以外に納得出来る答えが見つからない。転生であれば転生前に師匠となり、転生後も師匠と呼ばれる。そう考えてもおかしくはないが……。
(……いや、これ以上考えるのは辞めておこう。恐らくアグラタム様の師匠、というのは彼個人が抱える秘密の中でも爆弾……踏み抜いた瞬間に身体が消し飛ぶような地雷級のものだ。下手をすれば、アグラタム様の位置やイシュリア王ですら揺るがすような、国をも爆発させる爆弾だ。それを国の危機と言ってあっさりと証明してくれたのだ。これ以上考えるのは野暮というもの)
そう思ってまたペンを動かし出す。サラサラと書いている途中で彼の……フードの話題になった時のアグラタム様を思い出す。
(あの時の妙に焦ったようなアグラタム様の姿は先に助けている人が倒れたから、ではなくきっと……師匠が倒れたから、というごく普通でありきたりで、それでも尊い敬愛だったのだろうな)
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