風呂の大騒動
「それでは自分は帰りますね」
玉座の間で二人に言うと、ニコニコとしながらイシュリア王が手を振って問いかけてくる。
「そういえばご飯は食べた?お風呂は入った?学院の時間的にはギリギリだったと思うけれど……」
現在時刻午後九時ちょい過ぎ。消灯時間であるが、その前より待機していた為実際にはここに二時間近く居たことになる。そのためクラスメイトには色々協力してもらった。……体調不良だと見せかけるために口裏を合わせてもらったり、など。
「ご飯はシア……ああ、ルームメイトにこっそり取ってもらいました。明日の朝にプレートを返す予定です。……お風呂だけ借りていいですか。流石にこの時間に学院の風呂に入ると……」
怪しまれる、と言う前にイシュリア様が手を合わせてニコニコ顔で提案してくる。
「まぁ!じゃあ一緒に入りましょう?」
「え?」
イシュリア様なら確かに専用の風呂はあるだろうと思いつつ、いやいやと首を振る。
「いや、普通のお風呂をですね……」
「あ!その前に部屋を移動しましょうか。私の部屋でプライベートな事はお話しましょ?」
何も聞いてくれていない。だがこんな話、玉座の間に誰か戻ってきたら大惨事だ。それは納得する。
チラリとアグラタムに視線を向けると、唇が動く。
「……諦めてください、疲れた王はああなるのです」
「……」
普段からアグラタムが玩具……ではなく弄られている理由が少しわかった気がする。とりあえず歩いていくイシュリア様に着いていって私室へと辿り着いた。
「それで!私と一緒にお風呂に入ろう?って提案なんだけど……」
「いや、あの……だから普通のお風呂で……」
私室へ帰ってもニコニコ顔のままだ。時々心は少女のまま、という大人の人がいるがこの人は正しくそうだろう。素直に、ド直球で押してくる。
「でも普通のお風呂は軍の人に割り当ててあるから今からは入れないわよ?」
「うぐっ……ならせめてアグラタムの風呂に……」
そう言うと今度はアグラタムが力無さげに首を横に振る。
「……師よ、私の風呂は軍の人と同じ風呂なのです。ただ入る時間が違い、一人になれるというだけ……。今からだとざっと三時間でしょうか。そんなに長く起きていては師の明日の授業に差し支えます」
「……」
口を開けて微かに空気が漏れていく。つまりは選択肢は最早一つしか無いわけだ。
「ね?だからほら!一緒に入りましょ!」
目に魔力を込めて誘導してきた。いよいよ危ない気がして自分も魔力を込めて対抗する。
「いやいや待ってください!前世知ってますよね!?青年ですよ!イシュリア様!自分の身体狙われると思ってないのですか!?」
「あら、でも婚約者がいる誠実なレテ君はそんな事しないって私知ってるわよ?」
その言葉にアグラタムがブォンと振り向く。
「師よ!?婚約者の話とは一体なんですか!?」
「いや、婚約者がね……いるんだよ……」
「そのお年でですか!流石です師よ!」
どこが流石なのかと思いつつ頭を抱える。確かに自分は浮気する気なんてサラサラないし、そもそも性欲があるのかすら不明だ。イシュリア様の裸を見たところで興奮などしないだろう。良くて母親のような母性を感じるぐらいだ。
「……っていうか!婚約者がいるのどこから知ったんですか!?」
そう、これは誰も知らない秘密だ。秘密のはずなのに何故……?
「あら。ラクザの時貴方が危篤っていう反応があったから隠れて見守ってたのよ」
「……」
黙って聞いている。となるとあの夜しかない。
「そうしたら夜に信頼関係を築き上げた、いいお相手さんと寝ていたじゃない!きちんと全部見てたわよ!」
「ああああああああああああ!!わかりました!一緒に入ります!一緒にお風呂入りますから勘弁してください!」
まさかの全部だ。全部見られていた。アグラタムに関してはいつ抜け出したのですか王よと言わんばかりのぽかんとした視線を向けている。
「じゃあ決定ね!私のお風呂、そこら辺のお風呂とは違うからきっとレテ君ピカピカ綺麗のいい香りに仕上がるわ〜!いいえ!仕上げてみせます!」
「……え、まさか身体を洗うおつもりで……?」
「当然じゃない。子供の世話は大人の役割よ?」
全く当然ではない。だがこれ以上の抵抗は無意味だ。
「そういう事でアグラタムも休んでいいわよ!私が部屋まで送っていくから!」
「それでは休ませてもらいます。王、そして師よ。一日お疲れ様でした」
そう言って丁寧に退出していく姿には羨ましさの欠片も見当たらない。
「……そういえばアグラタムって、婚約者いるんですか?」
そんな欠片すら見せないということは婚約者がいるのかと思ってイシュリア様に質問してみる。
「いいえ?少なくとも彼に来る婚約の手紙は殆どが破棄してしまっているし……今でも来るのだけど、そういう所はキッチリしていてね?『守護者たるもの護るは王の身。他の者にいつ死ぬか分からない自分の命運に付き合わせるわけにいかない』って。ふふ、貴方が女の子だったら双璧になれたのでしょうけど……」
「……なんとなく察しました。そしてたらればの話はよしましょう」
そういう所は妙に固いなと思いつつ、イシュリア様にされるがまま風呂に入った。……流石に着替え等は自分でやったが。
風呂から上がり、本当にスッキリピカピカ、いい香りに仕上がった自分をイシュリア様は満足気に見つめて抱っこする。
「うんうん!やっぱり可愛いわ〜!実力者といえどやっぱり私から見ればまだまだ子供よ!」
実際子供姿なのだが。それは置いておいて、たしかに着替えも良質な物を用意してもらって申し訳ない気がする。
「あ、その着替えは明日脱いでおいてくれれば部屋まで回収しに行くから気にしなくていいわよ〜」
「……バレたら王が子供の部屋に不法侵入という大失態なので本当に勘弁してください。明日の夜、返しに行きます」
それは本気で断った。王の身が軽すぎる。立場を弁えて欲しい。アグラタムの苦悩が少しわかった気がした。
「それじゃ部屋まで送るわね!おやすみなさい!」
「はい、おやすみなさい」
そう言って門を開いてもらうと、自室へと帰った。
既にシアはスヤスヤと寝ている。手元に微かな灯りを付けると、冷めたご飯を食べ始めた。
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