脅威の期限
イシュリア王城、玉座の間。もう五月となり、それなりに日光の出ている時間は長くなったがその時は既に夜の暗闇の中を白い明かりが照らしていた。
玉座に座るのはイシュリア王。その横に立つは守護者アグラタム。そしてその前に片膝をついて命令を待つのは、イシュリア皇国がもつ軍の一部、隠密部隊と諜報部隊であった。
隠密と諜報は似ているが、それぞれ別の役割を今回与えられていた。
隠密部隊は各方面に秘密裏に出したタルタロスへの警告とその対策を練るための情報を王都へと運ぶ役割が。
諜報部隊はその身を影にする訓練を積み、タルタロスへと踏み込んだ。そしてタルタロスに滞在している間に出来うる限りの情報を集めた。
そうして二つの部隊が集まったのが今日である。どちらも今は命令を待っている。
イシュリア王が玉座から立ち上がると、玉座前の軍人達の前に立つ。
「表をあげよ」
そう言うと兵が顔を上げる。アグラタムも移動して傍に控えたままだが、少し離れた場所にいる。
「まずは感謝を述べよう。……よくぞ、生きて帰ってきてくれた。隠密部隊及び諜報部隊。タルタロスの事についての先駆けとはいえ何時も先に動くのは君たちだ。そしてそれには危険と死が隣合わせとなる。……よくぞ、一人も死なずに生きて帰ってきてれた」
柔和な笑みと本心からそう思っている言葉。その言葉に一切の魔力を込めてはいない。
「勿体なきお言葉……!」
「我ら、イシュリア王、そしてイシュリアの民の為により一層奮闘します!」
両部隊のリーダーが言葉を発する。後ろを見るとよく見れば今にも泣きそうな兵士もいる。それまでに過酷だったのだろう。
「ではまず隠密部隊よ。結果を共有せよ」
そう言うと先ほどのリーダーの一人がゆっくりと立ち上がると、諜報部隊にも聞こえるように言う。
「まず、各地の大きな街……北方のセッカ、南方のラクザ。西方のナコク、東方のノボリビの各当主に通達が終了、及びタルタロス消滅への協力を要請。各当主とも承諾を得た後、イシュリア王の発表と同時に各地で住民への理解と協力を求めた模様。しかし当主と当主が蔵する図書のみでは現状タルタロスへの有効な対抗策は無い模様。……以上です」
そう言うと再び跪く形になる。ひとつ頷くとイシュリア王は言葉を紡ぐ。
「よくぞ各地へと赴き、当主への協力を説得してくれた。そしてタルタロスへの対抗策への尽力。見事である。隠密部隊は今後各地……大規模な街だけではなく小さな街にも情報が無いか探ってくれ」
「承知!」
そう言うと次は諜報部隊へと目を向ける。
「諜報部隊よ。結果を共有せよ」
「はっ!」
そう言うと今度は諜報部隊のリーダーが立ち上がり話す。
「我々諜報部隊は影の世界、タルタロスへと潜入。影として過ごし情勢等を探った。そして、幾つか分かった点がある。
一つ。王が守護者、及びフードと交流し、協力を取り付けた案内屋なる者の生存が確認できた。我々の事を王の部下だと説明すると、タルタロスでの生活を支援してくれた
二つ。あれから別の異界へと侵攻を行った模様。しかし成果は芳しくなく終わった。恐らく我がイシュリアへ戦力を割いた事により、兵力が低下しているものと思われる。
三つ。影の街で噂されている『大規模侵攻』。おそらく我々イシュリアが標的になると思われる。あくまで噂でしか無いが、案内屋に確認したところ夏手前……七月始め辺りに向け、タルタロスの王が兵力を集めている事が確認できた。これが当面の驚異と我々は判断する。……以上、報告となります」
そうして跪くと、最後の言葉に皆が言葉を失う。イシュリア王、守護者でさえも悩む事実であった。
「諜報部隊、ご苦労であった。多数の情報……特に最後の情報を受け、その対策を早急に練る必要性が高くなった。諜報部隊は二手に分かれ、一つは案内屋との通信役。もう一つは軍の戦闘部に混ざり、対影の戦闘を鍛えよ」
「はっ!」
二つの報告を聞くと、イシュリア王は堂々としたまま立ち続け、言葉を発する。
「両部隊とにかくご苦労であった!今は身体を、心を休めよ!タルタロスへの対策はまた後日で良い!心身が疲れていてはいつ来るか分からぬ侵攻にも対抗しきれない!今回の活躍、見事であった!」
そう言うとアグラタムが近づき、言葉を引き継ぐ。
「今回の報酬については既に各員の部屋に届けてある。過酷な任務ゆえ、イシュリア王が色をつけてくださった。各員願われた通り、心身を休めること!……宜しいですか。イシュリア王よ」
「うむ。それでは今宵はこれにて解散とする!」
そう言うと玉座の間を諜報部隊と隠密部隊が出ていく。
完全に出ていったのを確認した後、『自分』は姿を現す。
「……まさか諜報にも隠密にもバレないとは、本当にレテ君は気配を隠すのが上手ね〜」
「……イシュリア様、ここまで来て子供扱いは……」
「私だってこういう張った後はこうしてよしよししたくなるのよ〜リラックスよ!リラックス!」
イシュリア王自身は金を使わない。勿論必要経費は別だが、王が一人で使うよりも部下に使わせて経済を回すべきという考えのようだ。
なのでリラックスにはこういった事が必要なのだろう。
「しかし、遅くに来ていただきすみません。師よ」
「いや、それに関しては……ふぁぁ、構わない。それ以上に仲間に伝えるべき情報を得られたのだからな」
イシュリア様になでなでぎゅーっとされるがままにされながらアグラタムに答える。
「それで、レテ君の協力者はどのぐらい集まった?」
イシュリア様が自分を抱っこしたままで聞いてくる。もう子供の身体だからいいかと諦めつつ、こちらも報告をする。
「許可、再確認を重ねた上で……Sクラスのクラスメイト全員が協力してくれるようです。各自方法を探してはいますが、未だ目立った成果はこちらもありません」
「それでも協力者が全員って凄いわね!レテ君の人徳かしら?」
それは分からないがそろそろ降ろして欲しい。
「……王よ。師が困り果てた顔をしていますよ」
助け舟ありがとう。よく出来た弟子だ。アグラタムが言うと満足気にイシュリア様は自分を降ろす。
「……これで期限が決まったわね。七月始め……作戦を決めるなら今月半ばまでには固めておきたいわ」
タルタロスの大規模侵攻の話を聞き、心が引き締まる。
(……例え、あの国を滅ぼしてでも。護るものがあるんだ)
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