イシュリア王の考え
アグラタムが伝達を終え、イシュリア王の私室へと戻る。
「おかえりなさい。アグラタム。それで、キチンと伝達は出来たかしら?」
その言葉に苦笑しながらアグラタムは肩を下げながら答える。
「ええ。きちんと。……ですが、流石は師でした。門を見た瞬間敵襲と察知し直ぐに攻撃を仕掛けてきました。危うく伝達をする前にこの身が吹き飛ぶところでしたよ」
その言葉を聞いて書類に目を向けていたイシュリア王も顔を上げてにっこりと笑った。
「流石は貴方の師ね。守護者をうっかり殺そうとするなんて!」
「……いや、笑い事では無いのですが。昨今どころか昨日の出来事で師もピリピリしていたようですし、本当に治療が必要になる怪我になる可能性もあったのですよ!?その辺りも考慮して欲しかったですよ、王よ……」
もうぐったりだ。しかし、問いたかったのはそんなことではない。
「……良いのですか。いくら兵士としてラクザでの戦果を上げたとは言え彼らは一学年……十五歳から十六歳の子供。子供なりに口を軽く開く可能性だってあるでしょう。なのにタルタロスの事を伝えるなど……」
不安を呈するとイシュリア王は笑った顔から真剣な顔になって答える。
「……恐らく貴方の師は巻き込みたくない人なのでしょう。なら、まずは決意を聞くはずです。その上で……警戒心を持ってもらう。ラクザでの戦闘で影を撃退し、且つ案内屋の情報が確かであれば彼らは既に狙われる立場にあるのです。必ず……とは言えませんが、生贄として確保しにくるか、最悪始末も有り得るでしょう。私とて、子供に重荷を背負わせたくありません。ですが、素質あるイシュリアの子供が命を理不尽に失うぐらいならば……」
そう言ってイシュリア王は歯を噛む。確かに案内屋の情報通りならラクザで戦った彼らの記憶は影となり既にタルタロスへと送られているはずだ。師に影の獣が襲ってきたように、それに対する備えが必要なのもわかる。
それならばいっそ。という訳だろう。イシュリア王としても苦渋の決断だったわけだ。
「……それに」
「……?」
そのまま言葉を続ける王の隣で待機する。まだ何か意図があるのだろうか。
「悔しいですが、イシュリアの軍は恐らくタルタロスの襲撃の迎撃に当たることになるでしょう。本来子供に託すものではありませんが……。その純粋さと無垢な考えで、どうにかタルタロスを生かしたまま……救いたい。それが私の考えです」
その言葉に息を飲む。その言葉が表すことはつまり……。
「……タルタロスを消滅させる以外の道を、彼らに託す、と?」
その言葉に静かに王は頷く。
「確かにタルタロスは消滅させるべきなのでしょう。現に隠密部隊や諜報員にはそれに繋がる情報を探すよう命令しました。……ですが、あの世界の影は……人は。確かに『生きた』人です。光を奪われ、記憶を塗り替えられ、王に裏切られたことすら分からなくても……どうしても、私には、完全に切り捨てる事が出来ないのです」
その言葉には悔しさが募っている。恐らく混同してしまったのだろう。
王として、イシュリアを統括する者の判断としてならばタルタロスは消滅させる以外の道はない。それがイシュリアを守る最善の策であり、道だからだ。
しかし彼女自身……一個人としてタルタロスの住人に触れた感情がそれを邪魔する。彼女は優しき王だ。各地に設置された御意見箱にきっちり目を通し、それに真摯に向き合う人間性を持ち合わせている。
逆に今回はそれが仇になっていると感じた。彼女は確かにイシュリアを治めるに相応しい王だ。間違いない。だが同時に、長く人と触れたせいで全てを冷徹に切り捨てられない完璧な王……そう、ティネモシリを甦らせるという一点に置いて全てを犠牲に突き進んだタルタロスの王のように迷い無き王になれなかった。
その上で進言する。
「……王よ。私は王の意志を尊重致します。私は貴方の盾であり、イシュリアの剣。……ですが。もしもイシュリアに危機が迫った時。タルタロスが軍勢を仕掛けてきた時はイシュリアの守護者として……タルタロスを、滅ぼします。タルタロスの民を全て手にかけたという汚名、民の想い。私が全て受けましょう」
「ありがとう、優しき私の剣。……えぇ、ですが私もそれは背負いましょう。想い、汚名……全ては私の命令なのですから。だから……今は一刻も早く、何か対策を見つけなければなりません。諜報員、隠密部隊の情報が集まっても子供達が僅かな希望の欠片を拾ったのであれば……それを組み合わせるまで」
その目は悲しそうで、それでいて強い意志を感じて。
改めて、王の威厳というものを知らされた気がした。
「……隠密部隊と諜報員は十分でしょう。私は師とその友……いえ、協力者がいるかは分かりませんが。とにかく、師と共にタルタロスを維持したまま終わらせる方法を探ろうと思います」
「……そう、ありがとう。重ね重ね、貴方には辛い思いをさせるわね。……平和を願って貴方の師はこの世界に来たのに、平和に過ごすこともさせてあげられないなんて。不甲斐ない王だわ」
弱々しいその言葉に首を振ってハッキリと答える。
「……確かに平和に過ごせるように。そう願ったのは自分です。しかし、師は何処までも強く、優しい。平和を守る為ならばきっと厭わずその身体を動かすでしょう。……かつて、私が強くなりたいと願った時のように」
そう言って、彼女の横のテーブルに自分の書類を載せると、処理していく。
「あら、自室じゃなくて良いの?」
「傷心状態の王を慰めるのも、盾の役割ですよ」
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