1:愛しているわ
唐突な呪いシリーズです。
一応2話程度の予定です。
人を愛するということはこんなにも苦しいことだとは思っていなかった。愛する人が自分を愛してくれていることがこんなにも胸を痛めるなんて考えたこともなかった。
「ああぁがあああああ!!」
私の目の前には頭を掻きむしりながら苦しみに悶えている愛する人がいる。その苦痛は彼の心を引き裂きやがてバラバラにしてしまうだろう。掻きむしったところから血が流れようと彼は本能に抗うのを止めようとしない。
「……もういいよ……もう……もういいから……お願いエルバート……これ以上はあなたが壊れちゃう!!」
私の叫びは届かない。彼は本能に抗うだけで精一杯なのだ。私は暴れる彼を抱きしめながら何度ももういいと叫ぶ。ああ……それでもあなたは私を愛することを止めようとはしないのね。
「ラフェリア……お願い、力を貸して」
「……いいの? 私の力は後戻り聞かないよ?」
淡い紫色の髪に黒い翼を持つ美しい女性の姿をしたラフェリアが私にそう聞いてくる。でも、もういいの。覚悟は既にしてきたから。エルバートを死なせないためにはもうこれしかないから。
「……うん。全部決めたことだから」
「……分かったよ。それじゃあいいよ」
心を落ち着けて精霊であるラフェリアの力をゆっくりと引き出していく。心の精霊である彼女の力は強力な分後戻りが効かないことは分かっている。それでも私はこの選択を何度でもするだろう。
「……愛しているわ、エルバート……さようなら」
暴れていたエルバートが大人しくなり悲しそうな顔で何かを言おうとするのを私は唇を塞ぐことで聞いてあげない。大好きな人の唇の感触を離すと同時に彼の心から私の記憶を消していく。
もうこれで大丈夫。あなたを苦しめる愛はあなたの中に存在していないわ。だからあなたは幸せになって。私はあなたからいっぱいの幸せを貰ったから。
眠るように意識を失ったエルバートが冷えないようにそっと布をかけておく。二人で住んでいた家だけれど私の荷物は全て片付けておいたから何も痕跡は残っていない。あとは私という存在が彼の前から消えればいいだけ。
外はもうすぐ春が来ると言うのにまだ寒かった。外套を強く引き寄せながら私は歩いて行く。幸せの詰まった家を捨てて、愛する人との思い出を消して全てを捨てて出ていく。
「ジュリア、どこに行くの?」
ラフェリアの言葉に私は答えられなかった。ただ、しばらくは静かな所で暮らしたいかな?
この日、私は愛する人を自ら捨てた。
私がエルバートと出会ったのは幼い頃で、父の友人である商人の息子だった。魔族の血が入っているらしく、魔族の特徴である赤い髪をした元気な男の子だったの。人よりも魔術が得意だと言って私に色々と見せてくれたわね。炎の鳥や氷で出来た小さなお城など彼は私に自慢したかっただけなのかもしれないけれど、私にはとても素敵な光景だったのを今でも覚えているわ。
魔族と言うのは魔術に長けた人種で遥か昔は人と争ったこともあるらしいけれど、今では獣人やエルフ等と同じように人として扱われている。
ただ、私のような普通の人間とは大きく違う魔族だけの特徴があった。魔族には運命の伴侶と呼ばれる存在がいるらしく、その人と出会うと互いに求めずにはいられない本能があるらしい。
それは時として心を壊すほど強い本能となることもあるらしく、恋人がいるのに運命の伴侶に出会い別れる魔族もいるのだとか。もっともエルバートはそのことを話してくれた後、自分は血が薄いから大丈夫だよと言って笑っていたわ。
私の方はと言えば、誰もが精霊の力を借りることが出来る精霊師と呼ばれる一族の当主の娘として生まれてきた。精霊とは全てに宿る世界の意志のようなもの。私はそんな精霊を魂の姉妹として生まれてきた。普通は精霊の力を借りるだけで私のように常に精霊がいるようなことなど今までなかったのに。
精霊師とはその精霊の力を借りて精霊術を行使できる存在だ。もちろん精霊術は万能ではないけれど魔術よりも強力な力を行使することが出来る。精霊師は戦争にだけは参加しないが、それ以外のことなら力を貸す調停者として知られていたの。
精霊に愛されたからか美しい夜を思わせるような黒髪に落ち着いたブラウンの瞳を持って生まれた私は見た目も美しく生まれてきた。精霊とは総じて見た目が美しい存在だった。私と共にある心の精霊ラフェリアもそうだった。心の精霊であるラフェリアは司る力も強大だった。彼女の力を使えば簡単に人の心を操ることが出来るだろう。でも、ラフェリアがそれを許すはずも無く、私もそんなつもりはなかった。ラフェリアは私の時には姉のような存在で時には妹のような大事な存在であってそれ以上でも以下でもなかったのよ。
「ラフェリアー、だっこしてー」
「はーい、ジュリアは抱っこ好きだものねー」
私は幼い頃はよくラフェリアに甘えていたわ。彼女もそんな私を拒絶することなく甘えさせてくれていた。それはあまり母に会えない私の寂しさを理解してくれていたかだと思う。
奇跡の姫である私は母に会う時間すらも決められていた。だからこそ姉のような存在のラフェリアが私には必要だったのだ。
そういう貴重な存在である私には常に護衛という監視がいたし自由は少なかった。エルバートだけが私の遊び相手だった。父が私を不憫に思い無理矢理何とか捻じ込んでくれたからこそエルバートと出会うことが出来たのね。エルバートが選ばれたのはエルバートの父親が父の親友だったからだと思う。それくらい二人は仲が良かった。
私は精霊の力を借りない魔術という物に興味があった。精霊師達は魔術を下等なものとして扱うから教えてもらえなかったのだ。精霊術は魔術よりも強力な分とても難しいと言われている。でも私には手足を動かすように簡単に出来ていた。だから一生懸命頑張って学ばないと使えないという魔術に憧れていたの。
そう言う理由もあってエルバートが父親に連れて来られた時に得意げに見せてくれる魔術が輝いて見えた。きっと一生懸命練習したのだろうというのが良く分かる綺麗な魔術だったわ。
「な! 俺凄いだろ!」
「凄い! エルバート凄いね!」
いつからかそうやって得意げに笑うエルバートのことが好きになっていた。努力できるその姿がカッコよかった。一生懸命なエルバートが眩しかった。私が何かを一生懸命学びたいと言っても周囲がそれを許してはくれなかった。
父と母は何とかしようとしてくれていたようだけれど、当主であっても一族の奇跡の姫である私に関することを全て決められるほどの力は無かったのだ。いつまでも居座る祖父や老人共が牛耳る長老会が一族の権力を握っていたから。私に求められていたのは精霊と共にいる奇跡を守り続けることだけ。長老会からすればそれ以外は一切求めてなどいなかったのよ。
だからエルバートが実は私が精霊術を手足のように使えることを知っていると知った時は衝撃だったわ。彼は私が本当に凄いと喜んでいることを信じてくれるだろうか? 魔術よりも精霊術が強力だと言われているのに魔術を褒めるなんて馬鹿にしていると思われていてもしょうがなかった。
だから次に彼が私に会いに来てくれた時はつい精霊達に頼んで風邪を引いているように誤魔化してもらってしまった。こうすれば会わないで済むという、今思えば何の解決にもならない方法だったけれど。だから彼がお見舞いに来てくれた時は心底驚いたのよ。心臓が口から飛び出すんじゃないかというくらい驚いたのだから。
「ジュリア、風邪引いたんだって? ラフェリアの言うことを聞かないでお腹出して寝てるからだよ」
「出してない! ちゃんと暖かくしているから!」
とっても失礼なことを言うエルバートについ言い返してしまったわね。あの時はしまった! これじゃ風邪ひいていないことがバレちゃう!なんて考えていたのよ。ちなみにラフェリアが楽しそうに笑っていたもの覚えているわ。。
「えほ、えほ」
慌て咳をして誤魔化そうとしたけれど我ながらとても下手クソな咳だったと思う。でもエルバートは何も言わないで私の額に氷の魔術で冷やしたタオルを置いてくれたわ。
「そっか、だったらちゃんと休んでおかないとな。ほら、気持ちいいだろ?」
恥ずかしさと嬉しさでいっぱいいっぱいになって額が熱くなってきていた私には、その冷たさが心地よかった。あまりの心地よさについうっとりとしてしまう。
「……俺さ、精霊術とか使えないから凄さを実感できないけれど、凄いことは良くしっているよ。でもさ、だからと言ってジュリアが俺を馬鹿にしているなんて思っていないからな。ジュリアは本当に凄いと思ってくれたから喜んでくれたんだろ? だったら俺はそれで十分だよ」
嬉しかった。今すぐにでもエルバートに抱き着いてわんわん泣きたいくらい嬉しかった。でも同時にエルバートを疑った私の浅ましい心を恥じてしまいそうは出来なかった。だから私は小さな声でありがとうとしか言えなかったの。
「……ああ、分かってるて」
でもエルバートは聞いてくれたわ。私の小さな呟きも。この日に私はハッキリと自覚したの……エルバートのことが好きだと。そして彼と共にいたいと思うようになりはじめていたわ……彼の運命の伴侶が存在しないことを祈りながら。
私が十三になると長老会は私に婚約者を宛がってきたわ。年が十七も離れた男性だった。長老会の誰かの孫らしく明らかな政略結婚だった。運の悪いことに両親には私以外子供はおらず跡取りが私しかいなかったのだ。
私の婚約者は私を道具の様に思っていたわ。奇跡の姫の子供なのだから、生まれてくる子供達もまた奇跡の子供だろうと勝手な思い込みで私に接してきた。まだ、生まれてもいない子供の人生すらも自分のいいように扱おうというその姿に私は心底嫌悪したわ。
そんな私の心を両親やラフェリア、そしてエルバートが支えてくれた。特にエルバートは時間を見つけては私に会いに来てくれたわ。エルバートと会っていることを不満に思う婚約者を刺激しないように上手に立ち回りながら会いに来てくれた。エルバートは成長するにつれてどんどんカッコよくなってきていたから、いつもエルバートの顔を見るとドキドキしてしまう。それくらい彼のことが好きだったわ。
「私はあんな男と結婚なんて嫌よ! どうせ結婚するならあなたがいいわ!!」
「馬鹿! 声が大きい! 滅多なこと言うもんじゃない……いろいろやりにくくなるだろう?」
ある日、婚約者の言動に堪りかねてエルバートに勢いでうっかり告白してしまったことがあったわね。そして自分の言ったことに気付いて真っ赤になった私を優しく彼は抱き締めてこう言ってくれたのだ。
「……渡すもんか。ジュリア、君を……誰かの犠牲になんてさせない……好きだよ」
「エルバート……私も」
言葉よりも互いの口をふさぐことを選んだ私達の影は一つになっていた。
婚約から四年後、とうとう私と婚約者との結婚式が執り行われると決まった日に私とエルバートは街を逃げ出すことにしたわ。ただそれはいわゆる駆け落ちと呼ばれる行為に他ならない。でも両親は私が自由に人を愛することを優先してくれ、駆け落ちの協力までしてくれたの。おかげで逃げ出すこと自体は大した問題じゃなかったわ。
それに私の精霊師としての力とエルバートの高度な魔術があれば追手を振り切ることなんて容易だったのだから。それからは各地を転々としながら生きてきた。幸い生きていくだけの力はあったし、エルバートもラフェリアもいてくれたから寂しくなんて無かった。
「今日からここが俺たちの家だ」
故郷から遠く離れた国で私たちは暮らし始めたわ。仕事は魔術師としてエルバートが働き始めたから生活には困らなかった。私の方はと言えば家で大人しく家事をしながら待っていることになった。そんな日々を過ごして二年経ったある日、帰ってきたエルバートの様子がおかしかった。
何となく勢いで書きました。
そして今回もハッピーエンドとは言えない(-_-;)