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1話 無双するハンターと昇級試験と面倒な男

〈人物紹介〉

レスリー・エンベリー:全距離対応型魔導展開銃『U-Ⅱ』

 ヴェムート・ガンナー。養成所SS班後段。筋金入りの面倒臭がり。教会の前に捨てられていたのを神父に保護され育てられた。

エディ・シャーマン(エドワード・シャーマン):『フレイムロッド№4』

 ウィザード。養成所SS班中段。何事も冷静に分析してから行動に移す用心深い性格。頭はいいが、腹黒い。5歳の時、育児放棄されていたのを神父に保護された。

ウェズリー・イームズ:魔導大剣『神殺』

 ヴェムート・ソルジャー。養成所SS班前段。明るく社交的な性格。10歳で親と死別し、神父に引き取られた。趣味は筋トレ。


〈世界線について〉

魔物が跳梁跋扈する世界で、ハンターと呼ばれる戦闘員が活躍しています。ハンターは各々の武器を持ち、(勿論武器をつくる専門の職人も存在します)日々魔物と戦っています。時には国同士の戦争に駆り出されることもありますが、基本的には魔物を狩って人々を護るのがお仕事です。ハンターには格付けがあり、上からプラチナ・ゴールド・シルバー・ブロンズ・アイアンクラスの5つに分けられています。ハンターになるには、ハンター養成所を卒業している必要があります。卒業していなくてもハンターにはなれますが、国からの給料は出ず、格付けもされません。

ハンターの戦い方にはいくつか種類があります。大きく分けると、剣を使う『ソルジャー』、魔法を使う『ウィザード』、弓を使う『アーチャー』、銃を使う『ガンナー』などがいます。他にも戦闘員の支援に徹する『ガーディアン』もいますが、彼らは養成所を卒業する必要が無く、ギルドと呼ばれるハンター団体に直接入ることになります。ソルジャー、ウィザード、アーチャー、ガンナーは養成所の卒業後にそれぞれ固有の『クラン』と呼ばれる団体に入ります。クランでは情報の共有や武器の売買などが主に行われます。

人々の中には魔力を持つ人と、持たない人がいます。魔力を持っていても使いこなせない人が殆どですが、ハンターになると戦い方が変わってきます。主に魔力を持つハンターを『ヴェムート』、持たない人を『リーン』と呼びます。どちらが優れているということはありませんが、魔力を持つ人の一部は持たない人のことを軽視する傾向にあるようです。

魔力を引き出し随意に使う手段やその概念のことを『魔導』と呼びます。この魔導によって編み出され、目に見える形になったものが『魔術』です。魔導と魔術との区別は曖昧なので、ふたつを合わせた『魔法』という呼び方をする人が多いです。

ハンターは主に、3人一組で行動します。この3人組のことを『パーティ』と呼び、最も獲物に近い位置でダメージを与える前段、前段のサポートをしつつ攻撃する中段、後方支援と確実な一撃を与える後段という3つのジョブがありますが、後段を務められるハンターの人口は少なく、殆どのパーティは前段と中段だけで戦っています。養成所では、訓練生たちもパーティを作っています。各パーティは実力ごとにランク分けされ、現在SS班が1組、S班3組、A班13組、B班47組、C班66組となっています。年に一度昇級試験が行われ、昇級に値すると判断されるとランクが上がります。逆にランクが下がることもあり、C班にいてランクが下がると養成所強制退所となります。養成所卒業時のランクは、ハンターとしてのクラス分けにも関わってきます。

窓を開けずともわかるどんよりとした空に、レスリーはベッドの上で溜め息を吐いた。今日は班ごとの昇格試験が行われることになっている。養成所で唯一のSS班に所属し、班員も自分も実力は申し分ない。昇格に特別な思い入れのないレスリーにとっては、昇格試験は窮屈な養成所の訓練を免除されない憂鬱な行事以外の何物でもなかった。しかし今日を逃せばまた1年待たなくてはならない。せめてこんな曇り空ではなく気持ちのいい晴天ででもあったなら行く気も少しは出ただろうにと、寝起きで痛む米神を押さえた。

のろのろと着替えを済ませてラウンジに下りていくと、いつもの席にウェズリーとエディが座って朝食を食べていた。8時頃になるとラウンジは訓練に遅れまいと必死の訓練生達でごった返す。それを嫌ったレスリーが7時には朝食を取ろうと早めにラウンジに行くのに合わせて、この2人も7時に来るようになった。しかし今日は昇格試験。張り切った訓練生達がいつもより早く朝食を食べ、ウォーミングアップに行くのを見越して6時過ぎにラウンジに下りたレスリーだったが、彼らも同じことを考えていたようだった。朝の挨拶を交わした後は、試験のことなどを話し合いながらトーストを齧る。普段通り行動することで、少し苛立っていたレスリーの心も落ち着きを取り戻したようだった。

いくつか向こうのテーブルでは、男女が頭を寄せあってひそひそと話し合っている。静かなラウンジにはちらほらとしか人がいないので、その内容は嫌でも耳に入って来た。

「数打ちゃ当たるってか。落ちたな」

ウェズリーが呟き、レスリーとエディも頷く。彼らはC3班の訓練生だった。これ以上ランクが下がれば養成所を退去させられるとあって、3人ともが必死の形相をしている。だがSS班の3人に言わせてみれば、フィールド外縁でレベルの低い魔物をできるだけ多く狩って討伐数を上げるという彼らの作戦はあまりにもナンセンスだった。確かにこの界隈では討伐数が非常に重要だ。しかし、それはハンターという職を手にした後の話。彼らの様に未熟な訓練生は、3人が一丸となって比較的レベルの高い魔物を一体倒した方が、レベルの低い魔物を100体倒すよりもむしろ高い評価を受けられるのだ。明日から彼らとは会えなくなりそうだ、とぼんやり考えながらレスリー達はラウンジを後にした。

寮を出ると、心持ちひんやりとした風がレスリーの頬を撫でる。太陽は雲に完全に隠れ、今にもひと雨来そうな空模様だった。レスリーは眉間に皺を寄せてエディの表情を窺う。エディは笑って杖を振り、レスリーとウェズリー2人の周りに防水の膜を張った。

「本当にレスは雨が嫌いだね」

「濡れるのが好きな人間の気持ちなんて一生分からないわ」

ローブを襟元に寄せながらレスリーはぼやいた。狭く人口密度の高い前段や中段で戦う2人と違って、ひとり後段で待機するガンナーのレスリーは常に気候との闘いなのだった。舞う落ち葉を払いつつ、試験会場に指定された訓練場に向かう。ゲートを潜ると、ふわりと身体が浮く感覚がして景色が変わる。名ばかりの試験会場から本物の会場に転送されるのはいつものことだが、自分が転送される感覚には未だに慣れないし、好きになれそうもなかった。もっとも、こんなことを言うとエディに笑われてしまうのだが。会場では既に何人かの講師達が待機していた。レスリー達3人を見つけた若い講師が、全班揃うまで暫く待機するようにと告げる。3人は顔を見合わせると、図ったようにウェズリーが歩み出た。

「まだ全員揃うまで時間あると思うんで、何か手伝いましょうか」

若い講師はやや面食らったようだったが、彼の後ろから現れた初老の講師が是非にと快諾する。何回も試験の監督を務めたことのある講師陣にとって、SS班はチーティングなどといった不正行為をする必要もない、極めて優秀な監督補佐のような扱いであった。半ば納得できていないような表情の若い講師をその場に残して、3人は会場となるフィールドの点検に向かった。辺縁部から徐々に中心部へと確認作業を行っていくと、突然エディが歩みを止めた。何事かとレスリーが振り返ると、上空を眺めながら険しい顔をしている。

「…今、あんな上から攻撃できる訓練生はレスだけだ。あんなにフィールドを上に広げる必要はないのに」

どうしたのかとレスリーが尋ねると、エディはこう答えた。見上げてみると、確かにいつものフィールドよりも上空に浮かぶ足場が広いような気がする。レスリーにとってみれば、ターゲットを狙う為に今までよりもっと自由に動き回れるという利点があるような気もするが、エディはそれが気がかりらしい。大分先に行っていたウェズリーも戻って来て怪訝な表情を浮かべる。

「今回は特別なルール改正でもあるんじゃないの?ほら、最近戦争とか物騒だし対人の訓練も兼ねるとか」

冗談のつもりでレスリーが言うと、2人は深刻そうな顔で考え込んでしまう。レスリーは慌てて、対人でも2人は充分強いしいいじゃないかと取成したが、そういう問題じゃないと同時に言われてしまった。曰く、レスリーは後段で標的を背後から狙うジョブなので、逆に自分が背後から狙われるのには慣れていないのではないかということだった。ウェズリーとエディが心の底から心配だという顔をするので、レスリーは思わず笑ってしまった。レスリーの武器がライフルだけでないということはふたりも重々承知のはずだし、対人訓練が組み込まれるという案もまだ過程の域を出ていない。レスリーはそう言ってなんとかふたりをその場から動かすことに成功したのだった。

ひと通り点検を終えて会場に戻ると、かなり多くの訓練生が既に待機していた。明らかに転送位置とは違う所から現れたレスリー達を怪訝そうな目で見る者も数人いたが、殆どはこれから行われる昇級試験への興奮を抑えきれぬように仲間たちと話し合っている。それから少しすると、漸く訓練生全員が揃ったと見え、先程の若い講師が拡声魔法で会場に呼びかけた。

「これから昇級試験を行う!合図とともに魔物が中央地区・東地区・西地区・南地区・北地区の5地点から放たれるので、各班協力して討伐するように!また、中央地区に近づくほどレベルの高い魔物が出現するため、中央αブロック内への立ち入りはAランク以上の班のみとする!」

若い講師はここまでを一気に捲し立てると、一呼吸置いて続けた。

「また、今回より特別ルールを設ける!その説明はヤン老師からして頂く」

突然の新ルール追加通告に会場がざわつく。その喧噪をかき分けるようにして、好々爺然とした小柄な講師が歩み出た。レスリーがちらりとエディを見ると、深刻そうな顔でウェズリーと話し込んでいる。開始と同時に蹴散らすとか、攻撃反転防御壁を張るとか物騒な台詞が聞こえたような気がしたが、聞かなかった振りをして目線を戻した。

「諸君の訓練は次の段階に移行する」

ヤン老師は前置きもなく突然本題に入った。彼は現役時代、年間で最も多くの魔物を狩った者のみに与えられるプラチナクラスの称号を手にした男で、ハンターを引退し70歳を超えた今でも矍鑠としている。

「諸君はこれまで魔物相手に戦う訓練を積んで来た。喜ばしいことに、プラチナリングを有望視されている者も諸君の中にいる。だが、ハンターとは時に人間を相手取って戦うこともあるということを忘れてはならない」

ヤン老師は訓練生ひとりひとりを見据えながら語ると、徐に懐から小さなガラス玉を取り出した。それはイフランカーと呼ばれる魔道具で、その中に魔導を込めることによって、魔力を持たない、例えばヤン老師のようなリーン・ソルジャーなどが魔法を使えるようになるという代物だった。ヤン老師がイフランカーを掲げ、なにごとか呟くと、老師の背後に巨大な映像が映し出された。そこにはレスリー達SS班を始めとした全ての班員の名が記されていて、よく見ればその名は全て色分けがされている。SS班は3人ともが青、S班のうち2つが赤、残りの1つが黄、A班1つが赤…と、その色分けは赤・青・黄の3色のグループの力量ができるだけ均等になるようにされているようだった。

「今回の昇級試験の制限時間は、『このスクリーンに1色を除き他の色が見られなくなるまで』とする」

発表からどよめきが広がるまで数秒がかかり、それが訓練生全員の驚きの大きさを物語っていた。そしてそのどよめきは広がるのに時間がかかった分収まるのにもいくらかの時間を要した。講師達は初めから訓練生達の興奮を収めるのは諦めていたと見えて、自然にその波が引くまでは一切何も語ろうとしなかった。レスリー達SS班は静かに訓練生達の中から離れ、各々の武器の調整を始めた。

「レスリーが言った通りになっちまったな。こうなった以上は俺達は赤と黄色の奴らを残さず殲滅しないといけない。問題はどう殺さずにやり過ごすかだが」

ウェズリーが神殺を軽々と持ち上げ、刃に欠けが無いかを確認しながら呟くと、エディが無言で会場前方を指差した。そこでは講師陣が一列に並んで訓練生達に何やら魔術を施しているようだった。エディ曰く、防御壁の応用で一定以上の攻撃を受けるとこの会場に強制送還させられるような魔術をかけているとのことだった。

「多分あれは俺達も必須で受けさせられるだろうけど、質の悪い魔術はかえって動き辛くなるだけだ。ウェズとレスは俺の魔術に慣れてるから尚更ね。一応並んで表面上はパスして、その後俺が似たようなのをかけ直すよ」

レスリーは思わず口元を綻ばせた。こんな異常事態でも自分の腕に自信を持ち、しかもそれが何故だか嫌味に聞こえないこの2人は得難い仲間だと痛感して心の底から溢れ出た笑みだった。何時の間にか会場に溢れ返るほどだった訓練生達は徐々にフィールドに向かい、残すはレスリー達SS班と、今まさに講師の魔術壁を纏わんとしたSランクの班だけだった。早くしろとでも言いたげな講師の視線を感じ取ったエディが立ち上がり、レスリーとウェズリーも後に続く。眉間に皺を寄せたエディが講師の魔術壁を纏うのを眺めていると、S班のひとりがレスリーに話しかけて来た。

「お早うエンベリー、調子はどうだい」

話しかけて来たのはS2班の中段、リーン・ガンナーのフィリベール・グランデという男だった。グランデ家は代々ゴールドクラスのハンターを輩出している貴族の名家で、フィリベールはそこの嫡男である。リーン・ガンナーに相応しい強靭な体躯は、貴族のお坊ちゃんというよりは猛獣を彷彿とさせた。ヴェムート・ガンナーのレスリーは彼ほどの体力こそないもののそれを補って余りある魔力量で、彼よりも数段優秀なガンナーと講師陣からも認められていたが、フィリベールは貴族の出身でもなくその上女のレスリーが自分より格上だとは認めたくない様で、今この時のように暇さえあればレスリーに絡んでくるのだった。

「今回は対人訓練も兼ねるんだってなあ。ゴミみてえな魔物狩るのにも飽き飽きしてたから、どっかの調子に乗ったエセガンナーを叩きのめすのが楽しみだ」

面倒に思ったレスリーが無視していると、怯えているとでも勘違いしたのか、フィリベールがにやにやと品の無い笑みを浮かべてレスリーの顔を覗き込んだ。パーソナルスペースが人に比べて極端に広いレスリーは、急に近付いてきたフィリベールの顔面に拳を叩き込む。鼻を押さえて膝をつくフィリベールを見て、レスリーの隣に立つウェズリーは抜きかけた神殺を鞘に納める。レスリーは拳の血を拭ってフィリベールに背中を向けると、講師の前に進み、心の底から嫌そうな顔で魔術壁を纏った。

「グランデ家の嫡男たるフィリベール様を殴るなど…貴様、自分の立場を弁えろ!」

「地獄に落ちろ、平民が!」

S2班の班員が口々にレスリーに罵詈雑言を浴びせてくるが、レスリーはまるで彼らが空気ででもあるかのように振舞う。それが却って彼らの神経を逆撫でしたようだった。流れる鼻血を拭おうともせず、フィリベールが怒号と共に剛腕を振り翳してレスリーの背後から突進する。騒ぎに気付いて講師が止めようとしたその瞬間、間に滑り込んだウェズリーがフィリベールの腕を弾く。

「切り落とさなかっただけ有り難いと思え」

瞳に怒りを滾らせて、ウェズリーが囁いた。腕を押さえて唸るフィリベールは、講師にこれ以上目を付けられるわけにはいかないとでも考えたのか、額に青筋を浮かべつつフィールドへと消えていった。

「きもい」

溜め息をついてウェズリーに寄り掛かったレスリーは、そのままぐりぐりと頭を擦り付ける。嫌な事を目の前にした時のレスリーの癖だった。

「エンベリー、大丈夫か」

「大丈夫です、いつものことなんで」

体調でも悪いのかと声を掛けてきた講師を、エディがやんわりと、だが食い気味にいなす。

「お…おお、ならいいんだが…そうしたらお前たちが最後だから、そろそろフィールドに」

言外に疎外感を醸し出してくるエディにたじろぎつつも、やはり講師陣としては早く試験を始めたいようで、他の講師達も目線でフィールドへの移動を促してくる。

「行こっか、レス」

「…ん」

こつこつと靴音を響かせながら人気の無い通路を歩く。フィールドはもう目と鼻の先だった。フィリベールの顔面に一瞬でも触れた手が気持ち悪くて、レスリーは何度も手を拭う。ふとエディが立ち止まって、足元に魔法陣を展開する。敵でも現れたのかと一瞬構えたふたりは、振り返ったエディの表情を見て緊張を解いた。

「あの講師クビにしてもらわないとね」

にこにこと人当たりの良い笑みを浮かべてふたりに魔法壁を張り直しながら、エディは呟いた。普段よりもワントーン低い声と物騒な内容に、レスリーは思わずエディの顔を凝視する。エディは何でも無さげに首を傾げてレスリーの髪を撫でた。どうやら先程レスリー達に魔法壁を纏わせた講師のことを言っているらしい。確かに質の良い魔法壁とはお世辞にも言えない代物だったが、それでも訓練生が纏うには充分なレベルなはずだ。考え始めて早々に面倒になったレスリーは、きっとウィザードにしか分からない違いがあるのだろう、と思考を放棄した。

よし、とエディが息を吐いて首をこきりと鳴らす。どうやら魔法壁が張れたようだった。

「ウェズは動きやすさ重視でそこまで硬いのつけてないから注意して。それでも背中側には一応探知壁張っといた。まああとはいつも通り…で、レスは今回いつもと違うんだけど、攻撃反転防御壁っていうのを張ってみたんだ。どう?動きにくくない?」

素振りをするウェズリーの横で、レスリーもひと通り動いてみる。講師の魔法壁を張っていたさっきまでよりも、明らかに体が軽い。かけられている魔術の量としては倍以上に多い筈なのに、やはり術者の力量はこういうところにも出るのだろうかと感心する。そして、ふと気付いた。何か物騒な言葉が聞こえた気がする。

「…攻撃反転防御?」

「うん、効果はその名の通り。レスリーなら自分で攻撃弾いちゃうだろうけど、念のため、ね。俺らも気をつけるけど、あいつは絶対レスリーの所に行くと思うし」

全く悪びれずにしれっと言ってのけたエディに相変わらずの心配性だと苦笑いしたレスリーは、まあ機動性に何も問題無いならいいか、と適当に流す。普通の防御壁ではいけなかったのか、なぜ攻撃反転の機能までつけたのか、という疑問は取り合えず放置して、ざわめきに導かれるようにして歩を進めた。通路の出口、つまりバトルフィールドが近付くにつれ、興奮と緊張とがないまぜになった歓声が大きくなる。ウェズリーは神殺を鞘に納め、エディもロッドをパッシブに置き換えた。レスリーはU-Ⅱの入ったライフルバッグの肩紐を握りしめて唇を噛み、ふたりの背中を眺める。

(———大丈夫、今回もきっと大丈夫)

ウェズリーもエディも強い。それは教会暮らしをしていた時から分かっていることだ。それでも、レスリーは実戦訓練の度、戦地に赴く度、朝目覚める度に、祈らずにはいられない。それくらい、レスリーにとってはふたりがこの世の全てだった。

(神父様、どうか今回もわたしがこのふたりを護れますように)

「行こうか」

エディが微笑んで颯爽と歩き出した。それまで聞こえていた歓声は、3人がフィールドに入った瞬間波が引くように静まる。根目吐くような視線が身体に絡まるのを感じながら、それでも進む。どの班も、イレギュラーなルールが追加されたこの試験にSS班がどう臨むのか固唾を呑んで見届けようとしているらしかった。最後の班が入った瞬間から始まった、ゲートが開くまでのカウントダウンなど、一握りほどの者しか意識していない。カウントが10秒を切る。SS班が足元に転移魔方陣を展開したところで、訓練生はやっと勝負の刻が迫っていることに気付くが、時既に遅く、ゲートが開くと同時にSS班は音も無く消えた。訓練生たちは慌てて駆け出し、魔物を狩るべく奔走する。誰一人転移魔法を使わないのは、制限されているのではなく、使えないからだった。SS班がいとも容易く転移魔法を展開させたのは、3人ともが魔術を動力源としたハンターとは言えそれこそ異質としか言いようが無く、しかしその異質さも直ぐに悲鳴に掻き消されてしまった。怒号と共にS班、A班といった実力者たちが次々に格下の訓練生に襲い掛かる。彼らは、魔物を狩るよりも先に訓練生を狩ることで、自分達の取り分を増やそうと考えたのだ。そのような事態が起こることなど余程の馬鹿でなければ予測できる。それでも、転移魔法も使えず、走るしか移動手段の無いB班やC班の訓練生は、ただ悲鳴を上げながら蹂躙されるしか選択肢は用意されていなかった。

スタート地点の喧噪を尻目に、レスリーはひとり上空に用意された殺風景なフィールドに座っていた。U-Ⅱはいつでも撃てるようにしてあり、ここからスタート地点を狙うことも朝飯前だったのだが、訓練生が入り乱れているうちは、関係の無い訓練生に流れ弾が当たってしまっても面倒だと判断し、ぼんやりとSS班のふたりの動向を眺めていた。ウェズリーはフィールドの中心まで一気に転移して早速クラスAのグレートウルフと対峙している。やはり始まって数分では、フィールドの中心でもそこまで強い魔物は出現しない。レスリーの予想通り、ウェズリーは3秒と経たぬうちにグレートウルフの頸を切り落としていた。グレートウルフなら教会の周りにもよく出ていたので、ウェズリーにとっては小手調べにもならないレベルだ。これがA班なら5つほどの班が一丸となって戦ってやっと倒せるほどなのだが、やはり神殺の使い手ともなればその強さは段違いだった。返り血ひとつ浴びていないウェズリーは、鮮やかな動きで次のグレートウルフに取り掛かる。スコア、と呟いてSS班の獲得ポイントを確認すると、秒単位でポイントが上昇していた。エディも活躍しているようだ、とエディを探せば、中心のウェズリーからやや離れた場所で火柱が上がる。瞬時に急上昇したポイントに苦笑してそこにスコープを向けると、エディがペインツリーを一掃したところだった。こちらもAクラス。訓練生達がもみくちゃになってお互いの妨害をしている間に、SS班は汗ひとつかかずに何十万単位でポイントを稼いでいた。

突然、スコープを除いていたレスリーの顔が強張る。背後から殺意が迫って来るのを感じたのだった。レスリーの背後には、ちょうど梯子が設置されていた。他の班には目もくれず、普通なら敬遠するはずのSS班との直接対決に挑んで来る訓練生といえば、レスリーにはひとりしか思い浮かばなかった。小さな舌打ちとともに、スコープから目を外す。こちらから行く手間は省けたが、レスリーはこの男を見ると生理的な嫌悪感で吐き気を催すので、できれば心の準備をしてから会いたかった。

「こんな所で高みの見物とは、平民の分際で大層なことしてるじゃねえか」

レスリーの予想通り、下品な笑みを浮かべて殺意を向けていたのはフィリベール・グランデだった。

「ご丁寧に私が振り向くまで待って頂けるなんて流石は貴族様と言うべきかしら」

下卑た笑い声と共にフィリベールが近付いて来る。

「時間稼ぎしようったって無駄だぜ。俺がこの距離に来るまでに気付けなかったのがお前の敗因だよ、エンベリー」

「敗因?」

「お前の獲物はその化物ライフル。いくら長距離でちょっと戦績がいいお前でも、この距離じゃ手も足も出ねえだろう」

(そういうことか)

フィリベールが何故ここまで自信に満ち溢れているのかレスリーにはこれまで理解できていなかったのだが、この瞬間すとんと腑に落ちた。この男は、短距離戦に持ち込めればレスリーに圧勝できると思っているのだ。確かにレスリーが今構えているのは傍目に見ればライフルで、しかもフィリベールに背を向けている。フィリベールにとっては気に入らないレスリーを潰す一番のチャンスだろう。MS-8の撃鉄を起こす音が微かに聞こえても、レスリーは驚くどころか呼吸ひとつ乱さない。レスリーが動かないのを恐怖に慄いていると取ったフィリベールはさらに続ける。

「許しを乞え、エンベリー」

勝ち誇ったフィリベールの声が癪に障る。どうやらフィリベールはレスリーを完全に屈服させたと信じ込んでいるようだった。

「こんな油断だらけの女と組むなんざ、イームズとシャーマンの実力もたかが知れてるな」

レスリーは静かに立ち上がる。振り向くと、フィリベールがつい数分前にも見たようなにやついた顔で立っていた。手にはMS-8が白銀に光っている。

「リミッターは外してる」

レスリーの眉がぴくりと動いたのを見てフィリベールは満足そうな顔をした。MS-8は元々拳銃としては撃った時の反動が強すぎて使用者を傷つけかねないということでリミッターの使用が義務付けられている暴れ銃だ。そのリミッターを外したとなれば、いくら筋肉量のあるフィリベールでも骨の1本や2本折れてしまうかもしれない。そもそも反動が強いということはそれだけ威力が強いということだ。今回教師が張った魔法壁の防御性能は戦闘用とは言えリミッターを外したMS-8の弾丸を防げるほどの強度はないだろう。講師の誰も、フィリベールがこんな愚行に走るなど予想だにしなかったはずだ。今回は真っ直ぐレスリーのもとへ来たものの、スタート地点付近で発砲していれば大惨事になっていたに違いない。なぜこの男はここまでレスリーに執着するのだろうか。

「そこまでしなければ私に勝てないと?」

「時間稼ぎか。哀れだなエンベリー」

(話を聞け筋肉馬鹿)

レスリーは思わず心の中で毒づいた。今すぐあの角張った顔を蠅叩きか何かで殴りたい。

「勘違いするなよ。リミッターを外したのはお前を確実に叩きのめすためだ。安全圏に送られるだけじゃつまらねえからな」

さあ土下座しろ、とフィリベールは勝ち誇った笑みで言い放った。

「2つ、間違ってる」

レスリーはそれでも表情を崩さない。薄い笑みや眉間の皺ですら見せる価値のない人間にこれ以上付き合っていたくないと心の底から思っていた。

「あ?」

「1つは、私の前でウェズリーとエディを馬鹿にしたこと。2つ目は、私の武器がライフルだと思っていること」

「何を、」

フィリベールが狼狽えてレスリーの手元に目をやった瞬間、レスリーが動く。

「U-Ⅱ『第2形態』」

呟くと、レスリーの姿がフィリベールの視界から消える。次にフィリベールが見たレスリーは、彼の額に銃口をぴたりと当てていた。一瞬前までライフルを握っていたその手には、2丁の拳銃が握られている。銃身に彫られた蛇のレリーフが、それがU-Ⅱであることを雄弁に物語っている。

「どう、いう、ことだ」

フィリベールが掠れた声で言う。やっと目の前で起きていることに理解が追い付いたのか、頬を汗が伝っている。

「…説明する義理はないわ」

レスリーは尚も冷たくあしらう。ぐっと力が込められた指先に、フィリベールは顔を真っ青にしてそろそろと片手を挙げる。目線を泳がせながら、半分裏返ったような声を出した。

「ま、待てエンベリー…まさかそれ撃つつもりじゃないだろうな」

「は?」

レスリーは表情を変えずにさらに銃口を押し当てる。フィリベールの額の骨がごりごりと嫌な音を立てた。

「お、俺はグランデ家の次期当主だぞ」

「…」

フィリベールが言葉を発する度に、レスリーの機嫌が損ねられていく。無言を躊躇いと捉えたのか、フィリベールはここぞとばかりに捲し立てた。

「俺をここで殺せば、グランデ家だけじゃねえ、国のほとんどの貴族を敵に回すことになるぞ。これがどういうことか分かってんのか、おい」

「…煩い」

ぴしりとレスリーの額に青筋が立った。

「アルクトゥルスも苦労するわね、こんな息子を持って」

「平民の分際で父上の名を呼ぶんじゃねえよ!」

「『身分でしか人を見ない、私はそんな男にお前を育てた覚えはない』」

「……父上?」

拳銃を構えたレスリーの横に立っていたのは、フィリベールの父、アルクトゥルス・グランデだった。しかしその姿は何処か現実味が無く、焦点も合っていない。これはレスリーが幻術を応用させて、アルクトゥルスの幻影を生み出しているためなのだが、気が動顚しているフィリベールはそのようなことに気付く余地も無く、ただ茫然と父の姿を眺めていた。

「『お前の行動は目に余る。グランデ家当主の顔に泥を塗るつもりか』」

「父上、違います、俺は、…!」

「『グランデ家次期当主はお前の妹―――オクタヴィアだ』」

「……は、」

だらりと垂れていたフィリベールの手に徐々に力が入る。白銀の銃が再び彼の手に収まり、フィリベールは怒号と共にリミッターを外した暴れ銃を父目掛けて撃った。動揺して完全に正気を失った男は、父の身体から一滴の血も流れないことにすら気付かない。映像のアルクトゥルス・グランデは、尚も話し続けた。

「『どうせお前はまた女だからとオクタヴィアの邪魔をするだろう。正直、お前はもうグランデ家に必要ない』」

「『才気溢れるオクタヴィアの未来をお前如きに奪われる訳にはいかない』」

「『Ms.エンベリーにお前の暗殺を依頼したのはそのためだ』」

「…ここまで流して殺せとのご依頼、しかと受け付けました」

最早アルクトゥルスの声など届いていなかったフィリベールの耳を、レスリーの放った弾丸が頭蓋ごと貫く。怒号が途絶えて、フィリベールの身体が地に沈んだ。

「———任務完了、U-Ⅱ『第1形態』」

レスリーは手早くライフルバッグにU-Ⅱを納める。流れるようにバッグを肩に担ぐと、米神に指を当てた。

『ウェズリー、エディ、終わったわ』

それは3人で作り出した新たな念話魔術だった。特殊な魔法陣を互いの米神に作用させることによって、他の誰にも干渉されずに情報を共有することが出来るという、魔導のセンスに異常なほど長けた3人だからこそ編み出せた、本業(・・)に欠かせない魔術。レスリーが言い終わるか言い終わらないかのうちに、2人がレスリーのもとへ現れた。

「速かったねえ、流石」

「お疲れレスリー」

スコアを見ると、既に他の班がどれだけ魔物を狩っても届かない域まで来ていた。それだけの魔物を狩ったにも関わらず、2人は返り血ひとつ浴びず、スタート地点にいた時と全く変わらない格好で立っている。

「ふたりもお疲れ様、どうだった?」

「エリック・ファニングは魔物の血を浴びて発狂、ジョン・ウィックは生徒同士で殺し合う姿を見て戦意喪失」

「…で、ほんとのところは?」

「エリックはムマチョウの鱗粉で廃人」

「ジョンは俺が幻覚見せた」

「最高。ほんと敵に回したくない」

口々に成果を告げるウェズリーとエディを、レスリーは今日一番の笑顔で迎えた。残酷なまでのその内容には、全く心を動かされてはいない。

「よし、じゃあさっさと籍燃やしてさよならしようか」

エディがフレイムロッドを掲げてフィールド全体を見渡す。

「『エス・クエンサ(忘れよ)』———馬鹿息子の後処理よろしく」

そしてその日、ハンター養成所からSS班は消えた。


〈人物紹介〉

レスリー・エンベリー:全距離対応型魔導展開銃『U-Ⅱ』

 ヴェムート・ガンナー。暗殺請負人。筋金入りの面倒臭がり。教会の前に捨てられていたのを神父に保護され育てられた。神父を殺した人物を探している。

エディ・シャーマン(エドワード・シャーマン):『フレイムロッド№4』

 ウィザード。暗殺請負人。何事も冷静に分析してから行動に移す用心深い性格。頭はいいが、腹黒い。5歳の時、育児放棄されていたのを神父に保護された。神父を殺した人物を探している。

ウェズリー・イームズ:魔導大剣『神殺』

 ヴェムート・ソルジャー。暗殺請負人。明るく社交的な性格。10歳で親と死別し、神父に引き取られた。趣味は筋トレ。神父を殺した人物を探している。

神父

 レスリー達3人を引き取って育てた、村はずれにある寂れた教会の神父。ある日何者かに惨殺される。

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