呪い
「ねえねえ先輩、呪いって現実に存在すると思いますか?」
僕の後輩は唐突にそのようなことを言った。
僕はごく一般的な普通の高校生で、美術部に所属している。放課後の開始を告げる電子音で演奏されるチャイムが校舎内と校庭に鳴り響くと、ルーティーンのごとく校庭にある美術部の建物に向かう。特にやることもないので、部室に備え付けのパソコンに向かっているとき、後輩(女)に肩を叩かれた。
振り向いて見るとニタニタと笑いながらこちらの方を見ている。
「こんどはなんだ?」
彼女は都市伝説だのオカルトだのの類が趣味なので、僕と一緒にそれらの現象を確認したいので、いつも僕に話しかけてくる。
「先輩、そんなこと言って、私のこと好きなんでしょ?」
ひとつしばりのポニーテールのような髪型で、メガネをかけていて身長と体格は小柄で、スカートを膝下までの長さにしている真面目そうな(決して地味ではない)彼女は僕の好みであるが問題は性格だ。
「自意識過剰もいいとこだぞ」
「フフッ、先輩っていっつも面白いですね。で、今回の話ですけどね」
急に話を切り替える後輩。
「うん」
「神社の前のデパートの地下に16時20分に男女でいくと呪われるらしいんですよ」
「そんなやつたくさんいるだろ」
男女でデパートに行くことなんて自分とって縁がないだけで、ごく普通の一般人にとっては極めて日常的なことだろう。
「デパートの地下といったのは少し語弊がありましたね。デパートの地下の奥の人がほとんどいない非常階段なのです」
なのです!と言って目を輝かせる後輩ちゃん。このようなしゃべり方をしていて教室で浮いていたりしていないだろうか。おせっかいながら心配に感じてきてしまった。
まあとにかく、その時間に男女二人でその場所にいるっていうのはあまりあり得ない話ではないと思うんだがな。
「この微妙にありそうってのがこの都市伝説の面白いところなんですよねぇ」
「なるほどな」
確かに全くもって非現実的な都市伝説は絶対嘘だと考えてしまうが、微妙にありそうなシチュエーションだと信じてしまうこともなくはないだろう。
「だから先輩、行きましょうよ!」
後輩は手を僕の肩にポンと乗せて言った。
「部活は?」
「文化部の部活なんてあってないようなものじゃないですか」
Hey 全国の文化部生に謝れ You
「まあどうせやることもないし行ってみるか」
コンクールへの出品作品はちょうど仕上げ終わったので暇だったのだ。
僕と後輩は学校の前のバス停に向かうとちょうど良いタイミングでバスが来たのでスムーズに乗ることができた。
「先輩、今日はいい日ですねえ」
「まさか、バスにスムーズに乗れたからじゃないだろうなあ」
「それもありますけど……」
まあいい。こいつが考えていることは常識的な人類には理解できないことだろう。
なんだろうな、二人掛けの席に僕と後輩と座っている状況はカップルにでも見えるのであろうか。まあそんなことはこの際どうでも良い。
バスは15分程度で当該デパート最寄りの停留所に到着した。
ツタが外壁に張っている。風がツタをざああっとざわめかせたと思ったら後輩が腕に抱きついた。
「どうしたんだ?とっとと行くよ」
彼女の体温を感じる。しかし、彼女の体温は服越しなので直接肌で感じるよりは低く感じたが、それでも暖かかったので、彼女の体温はもっと暖かいと思ったが、決して嫌なわけではない。嫌なわけではないが何と言ったらいいだろうか……。
「私みたいなかわいい女子高生にこんなことされて喜ばないのって先輩くらいですよ。いや、内心喜んでいるんですよね」
「どこの階段なんだ?」
自分は後輩ちゃんを冷静に無視をして場所の確認をした。
「はい。私についてきてください」
後輩はボロボロのエスカレータを降り地下に入るとエレベーターの方へ向かいそのすぐ脇の非常階段と書かれた鉄の重い扉を開けた。
「16時17分。あと3分ですね」
なんだか嬉しそうに話している。
「呪われるっていうのに嬉しそうにする奴はお前くらいじゃないか?」
「そうですかねぇ」
誰もいない非常階段。バツンという音がして辺りが暗くなった。すると後輩がキャッといって僕の手を握る。
「動いている人がいないので減灯になったんだろう」
「まあそうですよね。まだ19分ですし」
腕につけた機械式時計は19分30秒を示していた。あと少しだ。
「そういえば呪いってどんな呪いなんだ?」
「あぁ、それはですね」
腕時計の針は55秒を指している。
一呼吸おいて後輩は言った。
「お互いのことが呪われたように好きになるって呪いですよ」
彼女がそう言うと蛍光灯が明るくなった。
「先輩、私先輩のことが好きなんですよ」
今まで暗かったからわからなかったが彼女は頰を赤らめていたらしい。そうか、彼女はそれをいいたくて今まで……。
「先輩、なんとか言ってくださいよ」
後輩さんよ。不器用にもほどがある。こんなことされてもまさか本気でそう思っているとは普通の感覚では思わないと思うのだが。いや、自分がただ単に鈍感だっただけかもしれない。
わかったよ。もちろん返事は一つしかないよ。