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星に願う穢れは空地を結ぶ  作者: 和泉キョーカ
不正解史Ⅱ
2/2

ピラミッド内部魔力溜まり排除任務・β

 この世界のモードレッドは、十人衆に任命された際に、全盛期に共に戦った仲間の力を拝借する能力を魔王から授かった。

 そも、魔王の十人の腹心――通称、『悪行十人衆』が一体どういった組織なのかをいちから説明すると、地球を滅ぼそうとする魔神に反旗を翻し、魔神の力を弱めようとする影響で寝たきりの魔王に代わり、地球上にあふれかえった浸食魔力を除去する実働部隊であり、魔王を人類の敵とみなし襲い掛かってくる人間たちを粛正する惑星支配組織でもあるのだ。


 彼らはそれぞれに司る悪行があり、その悪行に準ずる行いをしてきた人間、ないし、地球という惑星が最も愛した正しい歴史、通称『正解史』において、人々の記憶に深くしみ込んだ人物が選ばれる。

 『憤怒』、『高慢』、『嫉妬』、『強欲』、『色欲』、『暴食』、『怠惰』の七つの大罪に加え、『狂気』、『叛逆』、『哀愁』の三つを加えた十人から構成されている。


「せやっ!」

 甲冑で全身を覆った女声の騎士が、どす黒い四つ足の魔獣を切り捨て、後方で待機していた二人の女性に安全を合図する。

「ありがとうございます、モードレッドさん。」

 小柄な鳶色の髪の少女が、甲冑の騎士に対して深々と礼をし、騎士のもとに歩み寄る。

「礼などいらない。女性をエスコートするのは騎士の務めだ。」

 そう静かに謙遜する騎士の名は、モードレッド。この星が最も愛した歴史において、実の父を殺し、父の王国を破滅へと導いた『叛逆の騎士』と同一にして異なる存在、十人衆『叛逆』の使徒である。

「とは言うものの、モードレッドさんも女性ですけどね~。」

 そうモードレッドをからかうのは、プラチナブロンドのウェーブヘアを揺らす、イルヴァという、十人衆『嫉妬』の女性だった。モードレッドはイルヴァの茶々に顔を覆うものものしい兜の上から頭を掻き、無言で前へ進んでいく。

「しかしこんな場所に、本当に浸食魔力の溜まり場があるのでしょうか。」

 そう疑問を呈したのは、先ほどの鳶色の髪の小柄な少女、『憤怒』のリリィ。彼女が指す『こんな場所』というのは、エジプトはカイロ近郊、この星が最も愛した歴史には存在していないピラミッドだった。その墳墓の中を、三人は突き進んでいたのだ。

「浸食魔力の溜まり場というのはこの星の正解史には存在していない場所にできることが多い。まぁ、あってもおかしくはないだろうな。」

 モードレッドはそう言って、目の前をふさぐ壁を剣で砕き割っていく。その時々で現れる謎の魔獣を切り払いながら、三人はどんどんと最深部へ近づいていく。

「……この先から凄まじい濃度の浸食魔力の匂いを感じる。」

 たどり着いた重々しい扉を前に、モードレッドは剣の柄に手をかけた。しかし、その時突如リリィが待ったをかけた。

「待ってください、モードレッドさん。」

「……如何した、リリィ卿。」

「この浸食魔力の匂い、この先からじゃなくて、足元から匂います。」

「なに? それは真実か。」

「はい。モードレッドさんは兜でわかりづらいと思われますが……。」

「ふむ。リリィ卿の言うことだ、信じて良いだろうな。」

 そう言って、モードレッドは赤銅色の刃をもった大剣を振り上げ、他の二人に下がっているよう伝え、大剣の形状を変化させ始めた。

「借りるぞ、鷹の騎士! 『ソード・ガラティーン』!」

 炎を纏った白金の大剣を、床にたたきつけた。途端に床が崩壊し、モードレッドとイルヴァ、リリィは、何もない暗闇を真っ逆さまに落ちていった。

 着地したモードレッドは、双肩にイルヴァとリリィを抱えていた。落下中に拾ったのだろう。ふたりをゆっくりと降ろし、あたりを見回す。

「……ほとんど暗闇で見えないな……。」

「あら、モードレッドさん、ちょうどいい剣をお持ちではありませんか。その剣で辺りを照らしてはいただけませんか?」

「ガウェイン卿もかような用途は想定していなかったであろうな……。」

 そうぼやきながら、イルヴァに言われた通り、再度形状の変化した剣に炎を宿し、周辺を照らす。そこは不自然にぽっかりと空いた立方体の空間で、壁も天井も赤黒い浸食魔力で染まっていた。そして、三人の目の前には、そんな赤黒いエネルギーが、球状に固まっている巨大な何かが蠢いていた。

「魔力溜まりだ……。でかしたぞリリィ卿。お手柄だ。」

「しかしここまで成長しているとなると、容易には破壊できませんわね~……。」

 そう言いつつ魔力溜まりに近寄るイルヴァ。そして、手にした手帖に、魔力溜まりの規模や詳細を書き込んでいった。その身に纏う洋服が、スカートの端から徐々に赤黒く染まっているのも気にせず、作業を進める。残りの二人も、魔力溜まりを細部にわたって観察している。そんな二人の身に纏うものも、だんだんと赤黒くなっていた。

「あ、モードレッドさん。これ、弱点じゃないですかね?」

 そうリリィが言った時には、既にリリィは頬までどす黒くなっていた。言われ、リリィのもとにやってきたモードレッドは、もはや赤鎧が黒鎧と化していた。

「どれ……あぁ、本当だ。見るからに脆弱そうな場所だな。まったく。毎度のことながらリリィ卿の観察眼には脱帽ものだな。」

 そう言って、モードレッドは数歩下がり、手に持つ大剣を再び変化させた。それを八相の構えに持ち、吼える。

「借り受ける非礼を詫びよう、我らが王よ! 『グラン・エクスカリバー』!!」

 その瞬間、モードレッドにまとわりついていた浸食魔力がはじけ飛び、振り下ろした大剣からは、浸食魔力とは対照的に黄金に輝く光が奔流となって迸り、魔力溜まりを両断した。しかし、魔力溜まりは完全には消失せず、わずかに残った残留魔力が収縮し、無数の槍のような形状となって、ふたりに襲い掛かった。

「往生際の悪い……!」

 その槍を、今度はリリィが受け止めた。手で、脚で、膝に挟んで、とにかく身体全体を使って受け止め、それを両手の中で力任せにぎゅうぎゅうと押し込めた。そうしてできた小さな一つまみサイズの球体を、あろうことかリリィは口の中に放り込み、なんともないような表情で呑み込んでしまった。

「イルヴァさん、だいぶ浸食を受けてしまいました。治癒、お願いできますか。」

「もう……人が記録してる途中に消さないでくださいよ~。」

「すまない、あの成長具合だと、今にも星に根を張りそうだと判断したものでな。」

「事前の報告くらいしてください!」

「……すまない。」

 そうモードレッドに説教しながら、イルヴァはリリィの体に浸食した浸食魔力を引きはがしていく。魔力のほとんどが服と同化していたため、その部分は服ごと消すしかなかった。結果として、リリィの服の布面積はかなり小さくなってしまった。

「……なぜモードレッドさんが目をそらすのですか。」

「き、貴婦人の素肌など、そうじろじろと見られるものでもあるまい!」

「いや、あなたも同じ体の構造しているはずなんですが。」

「それはそうだが……。」

「何にせ、次の居住可能区域で服を調達しなきゃですね~。」

 三人がピラミッドから抜け出すと、三人の背後で、ピラミッドが音を立てて崩れ落ちた。モードレッドとリリィが唖然とする中、溜息交じりにイルヴァが説明する。

「だって、先ほどのモードレッドさんの聖剣で、ピラミッドの中身はほとんど空洞になってしまったんですよ? 崩れもするでしょう……。」

「……モードレッドさん。」

「王が聖剣をみだりに使用しなかった訳がわかった……。力は乱用すれば過去に積み上げてきた栄光も一瞬で崩れ去るのだな……。」

 そうぼやき、見る影もなくなったピラミッド跡地を見つめるモードレッド。浸食魔力によって汚染されたどす黒い空の下、三人は次の目的地へと北上していく。


 地球上のどこかに存在する、魔王の宮殿。その中心部に位置する大広間の円卓に、二人の人間が座っていた。ひとりは欧米風の顔立ちの赤毛の少女、ひとりは黒いスーツを身に纏った白髪の青年。

「わき目も降らずに暴食とは。さすがはルネ殿だねぇ……。」

 そう、ニヤニヤと笑いながら青年が口にすると、少女は目の前に山と積まれていた肉や果物を食べる手を止め、頬袋に咀嚼物を貯めたまま、青年に反論した。

「ほうひうひふぃだほふらふ!」

「お行儀悪いぜぇ、きちんと呑み込んで話せよぉ。」

「……んぐ、どういう意味だブラム!」

「どうもこうもないさ、ただありのままを言ったまでよ。」

「わらひばほーひょふほふへらほ! ふひふぁふうほばあばひばえへひょ!」

「……どうやらあなたには学習って言葉が欠如してるみてぇだなぁ。ま、せいぜい腹壊したりすんなよぉ、私の神がかった才能を見せる相手が一人減るからなぁ! アハハハハハ!!」

 そう、狂気じみた笑い声をあげながら、青年はどこかへと消えていった。それと入れ替わるように、青い髪の幼い少女が広間に入ってきた。

「ちょっとメイ!」

 食べていたものを飲み込み、少女が声をかける。

「ひぇっ!?」

 飛び上がるほど吃驚し、幼女はくるくる辺りを見回して、少女の姿を認め、ほっと一息ついた。

「いかがしましたか? ルネさん。」

「なーんでブラムみたいな奴がこの十人衆に含まれてるのよ。理解できないんだけど。」

「あぁ……ブラムさんは正解史において多大な功績を残した偉人ですから……。この世界の彼がどのような人物かはともかくとして。」

「そこ大事だろー。あとアイツなにしに行ったんだ?」

「あぁ、表向きの任務はブリテン島の魔力濃度調査ですね。」

「表向きは?」

「本当の彼の任務は……彼自身の存在の抹消ですね。」

 その言葉の意味を理解するのに、少女は多大な時間を要したが、その意味を完全に理解するころには、この星はひとつの答えにたどり着いていてしまっていた。

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