ピラミッド内部魔力溜まり排除任務・α
この世界のモードレッドは騎士然としていて、主君斬りなど信じられないことだと考えている。また、円卓の騎士唯一の女性であった。
この星はどこで間違ってしまったのだろう。否、この星は間違いだらけだった。間違いを犯し続け、間違いを犯さないよう細心の注意を払いながらそれでも多くの間違いを犯し続けた、この星に最も愛された歴史がアレならば、この――今私が立っているこの歴史のこの星は――地球は、間違えた末にどうしてしまったのだろう。
魔神による地球浸食は、留まることを知らなかった。魔神が放った『浸食魔力』は、地を食み、命を貪り、機械を穢した。生命に有害なこの漆黒の魔力は、人々から居場所を奪い続け、限られた浸食の進んでいない地域に彼らは追われることとなってしまった。浸食魔力を取り込み完全に侵食された生命体は『魔獣』と化し、他の生命を魔獣にせんと牙を剥いた。
この物語は、魔神の体の一部から生み出された魔神の駒、『魔王』の直属の腹心十人による、世界平定までの記録である。
「せやっ!」
甲冑で全身を覆った女声の騎士が、どす黒い四つ足の魔獣を切り捨て、後方で待機していた二人の女性に安全を合図する。
「ありがとうございます、モードレッドさん。」
小柄な鳶色の髪の少女が、甲冑の騎士に対して深々と礼をし、騎士のもとに歩み寄る。
「礼などいらない。女性をエスコートするのは騎士の務めだ。」
そう静かに謙遜する騎士の名は、モードレッド。この星が最も愛した歴史において、実の父を殺し、父の王国を破滅へと導いた『叛逆の騎士』と同一にして異なる存在の女性騎士だ。
「とは言うものの、モードレッドさんも女性ですけどね~。」
そうモードレッドをからかうのは、プラチナブロンドのウェーブヘアを揺らす、イルヴァという名の女性だった。モードレッドはイルヴァの茶々に顔を覆うものものしい兜の上から頭を掻き、無言で前へ進んでいく。
「しかしこんな場所に、本当に浸食魔力の溜まり場があるのでしょうか。」
そう疑問を呈したのは、先ほどの鳶色の髪の小柄な少女、リリィ。彼女が指す『こんな場所』というのは、エジプトはカイロ近郊、この星が最も愛した歴史には存在していないピラミッドだった。その墳墓の中を、三人は突き進んでいたのだ。
「浸食魔力の溜まり場というのはこの星の正解史には存在していない場所にできることが多い。まぁ、あってもおかしくはないだろうな。」
モードレッドはそう言って、目の前をふさぐ壁を剣で砕き割っていく。その時々で現れる謎の魔獣を切り払いながら、三人はどんどんと最深部へ近づいていく。
「……この先から凄まじい濃度の浸食魔力の匂いを感じる。」
「ということは、溜まり場なのでしょうか?」
「いや……恐らくは魔獣だろうな。うめき声が聞こえる。しかし、どこかで聞き覚えのある雰囲気の声だ……。」
「この先にあるものと言えば、普通に考えれば玄室ですねぇ~。」
「いやな予感がするな……。二人とも、私がよしと言うまで玄室には入らないでくれたまえ。」
そう言って、モードレッドは玄室の重い扉を力ずくでこじ開け、すぐに閉めた。玄室というのはあまりにも広大なその空間に居座っていたのは、浸食魔力のどす黒いオーラをまき散らす、六本腕の這いずり回る巨大なナニカだった。モードレッドが「聞き覚えがある」と言っていたのは、絶えずその異形の魔獣が放つ断末魔の声だった。
魔獣はモードレッドに気付くと、その腹部を自ら裂き、これも巨大な内臓を伸ばし、モードレッドに攻撃を仕掛けてきた。モードレッドは前転で回避し、すぐさま抜剣した。そして、次に襲い掛かってきた内臓を切り捨て、魔獣のもとまで一気に詰め寄る。そして、腕の一本を斬り落とし、裂けた腹に剣を刺し込んだ。どす黒い液体が吹き出し、魔獣が一層の苦悶の悲鳴を上げる。次の瞬間、モードレッドは壁にたたきつけられた。別の腕につかまれ、投げ飛ばされたのだ。
「ぐあっ!」
すぐさま起き上がり魔獣を見てみると、魔獣の上半身が真っ二つに裂け、中からまた別の、犬のような頭部を持った上半身が生えてきた。その上半身は二本腕に槍を一本ずつ携えており、そのうちの一本をモードレッド目掛け振りかぶった。
「これはまずいな……!」
そう呟き、モードレッドはとっさに右へ躱した。突如轟音がして、モードレッドがいた場所に、直径六メートルほどの大穴が出現した。どうやら、魔獣が放った投擲による産物らしく、魔獣の片腕から、槍が消失していた。しかし、魔獣はその口吻からまた槍を取り出し、構える。
「一気に終わらせるか……。借りるぞ、鷹の騎士!」
そうモードレッドが吼えると、モードレッドの所持していた剣の形状が変化した。刃は広く厚く、色彩は赤銅色から純白にも近い銀色となった。それを振りかぶり、叫ぶ。
「エジプトの王は古来より太陽神の子と言われていたのであったな! ならば受けよ! 太陽の一撃! 『ソード・ガラティーン』!!」
モードレッドが振り下ろした剣から、灼熱の炎が荒れ狂い、魔獣の身を焼き焦がした。魔獣は身体の端々を炭と化しながら、余力で槍で血を穿ち、空いた大穴の中へと落ちていった。大穴をのぞき込み、炎の明るさが消えたのを確認して、玄室の扉を再度開け放った。
「ありがとうございます、モードレッドさん。」
「何ということはない。しかし……溜まり場はないか……。」
「玄室自体がたまり場ということもあり得ますね~。あら、モードレッドさん、ちょうどいい剣をお持ちではありませんか。その剣で玄室を照らしてはいただけませんか?」
「ガウェイン卿もかような用途は想定していなかったであろうな……。」
そうぼやきながら、再度形状の変化した剣に炎を宿し、玄室全体を照らす。壁も天井もどす黒く染まっており、部屋全体が浸食されていることをうかがわせた。
「……溜まっている場所もないですし、外れでしょうか?」
「メイ卿から送られただいたいの座標はこのあたりだったはずなのだがな……。」
「……モードレッドさん。イルヴァさん。こちらへ。」
リリィが、震える声で二人を招いたのは、魔獣が空けた大穴だった。二人が大穴をのぞき込むと、そこには、炎のように揺らめき昇ってくる膨大な浸食魔力の波が見えた。
「……はっはっは、まさかあの魔獣め、自らを贄に魔力溜まりを活性化させたか……。」
次の瞬間、ピラミッドが崩れ落ち、エジプトがあった場所を起点にどす黒い超巨大な大樹が地球自体を苗床にするように根を張り、どす黒い浸食魔力が地球全体を覆い、徐々に星を崩し滅ぼしていった。
地球の衛星、月。その大きなクレーターの中心で、青い髪の幼い少女が、古びた本を片手に、言葉を紡いでいる。
「またやり直しですね。どこからでしょう。あぁ……玄室の扉を開けるまでは順調だったようですね。いいでしょう。別の可能性ではくれぐれも玄室の扉を開けないようにお願いしますよ――と言ったところで、この不正解史の皆さんは死んでしまっているわけですし、忠告のしようもありませんね……次の選択史が少しでもこの状況を悪化させないことを祈りましょう。では……『物語・再編』。」
一回目