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正統なる叛逆者  作者: 太占@
8/36

攻略戦

 一言で砦と言っても、それにはいくつかの種類がある。


 小さなものでは街道に跨がり人の流れを滞らせる検問所の様なものから、駐屯地に多少の防御施設を設置したもの。

 大きいものでは街道を完全に塞ぐ城壁の様なものや、頑強な要塞まで様々だ。

 

 そして、今、我々の眼前にある攻略対象は『一定の駐屯能力と防御能力が認められる』と評されるだろう中規模の砦である。


 小高い丘の上にあり堀はないが柵と土塁が巡らされ、小型だが櫓もある。

 外観から見ただけなので正確ではないが、現在は600〜700程度の兵が入っており、限界でもおそらくは1000程度の兵を収容できるだろう。


 領主同士の争いならばこれで十分な防御拠点だと言える。

 だが、間違っても6000もの大軍を足止めできる様な拠点ではないな。


 収容限界まで兵がいたとしても、有能な者なら2000、平凡な者でも3000もあれば強攻できるだろう。

 

 







 本攻略戦では聯隊を3つにわけて攻撃する。

 各翼1800ずつで中央と同時攻撃。 


 我らミラ歩兵大隊は右翼で左から順にロロ、ハーシュ、ニック、ホープ中隊で、その後にイワン中隊付きの大隊本陣だ。


 展開完了に合わせてラッパが響く。

 攻撃開始の合図だ。

 

 「全隊前進!」


 大隊長の指示を確認し命令する。


 「前進開始。隊列を乱さないように」


 命令を出すのとほぼ同時に各中隊が動き出す。


 …前進を開始したはいいが、やはり隊列が乱れているな。


 小隊ごとの隊列もそうだが、中隊ごとの隊列はさらに酷い。

 これでは騎兵突撃を防げまい。

 いないとは思うが。


 ある程度前進すれば砦から矢が飛び始めるが、三正面に兵を配置したためか飛来する矢は疎らで、進軍を止める程ではない。


 しばらく行けば弦を弾く音が大きくなり、隊に広がる雰囲気も張り詰めたものに変わる。

 そろそろ下馬して徒歩で進もうか。

 第一小隊が護衛に付いているが、馬上では良い的だ。


 ………弦を張る、雰囲気が張る……駄洒落を言ってしまった。



 その後も我が隊は多少の被害は構わず前進を続けるが、近づくにつれて矢の勢いも強くなる。

 そろそろ片手盾を持つ手が痺れて来た。


 この距離ならば火槍も届くだろうが、この矢の雨の中ではおちおち装填していられないな。


 む!少々突出しているかな?これ以上は危険か…


 「進軍停止!1,2,3小隊は盾を構え!4,5小隊は背後に入れ!」


 盾を構え槍の穂先を上げて陣を組み、しゃがむ。

 中型の盾を装備した第一中隊に大盾装備のニ,三中隊と長槍装備の四,五中隊。


 …長槍……長槍?

 3メートルぐらいか、短いな。


 これを野戦向きの兵装と言えばその通りだが、実際は盾を買う費用が足りなかっただけだろう。

 事実、矢避けのため歩兵に配備されるはずの盾板が規定数に足りていないため四,五中隊を曲射から防ぎきれない。


 頭上に掲げた盾を叩く音はさながら豪雨のようであり、鼻腔に残る血腥さと相まって、さながら死神の足音だ。

 矢を受け止めるのに必死な兵達の背中からも、どうしようもなく不安が感じられてしまう。


 だが、後を振り返れば弓隊が近くまで来ている。

 もうじき掩護射撃が始まるだろう。

 それまでの辛抱だ。












 ……なぜだ。

 どうして援護が始まらない。


 再度後を振り返れば隊列の乱れ進軍のままならない味方歩兵部隊と、敵の矢すら届かない位置で整列した弓隊が見える。


 何をしているのだ!

 歩兵隊の位置まで来れば撃てるだろ!!


 「第一小隊長。本陣に伝令だ。さっさと援護を寄越せとな」


 この集中攻撃の最中に陣形の外へ出るのは危険だが、第一小隊長ならば行けるだろう。


 「ハッ!」


 ……


 ………

 

 矢を防ぎ続けることしばらく、伝令に出た第一小隊長が戻ってくる。

 

 後衛に変化は無い。

 だめか……


 「本陣より返答だぞ。『味方弓隊は未だ射程外のためさらに前進せよ』、だな」


 「なに?この距離でか?」


 普通なら十分に届くぞ。


 「そう言ってたのだな」


 「……是非も無し。文句を言っても変わらんか。今度はミラ嬢のところ…ああ、大隊長の事だ。そこまで行って全隊への突撃命令を頼んで来い」


 歩兵隊があの様子では、今我々だけが突撃を敢行したところで他の中隊は動かないだろう。


 それでは鴨撃ちだ。

 





 

 私の矢を弾く技術と細かい矢傷の数が明らかに向上したころ、再び第一小隊長が戻ってくる。


 「中隊長、報告だ。具申は却下、『前進せよ』、だぞ」


 弓隊に掩護射撃をさせるにはさらに前進が必要だとしても、この状況で我々にまだ前進しろと。 


 学院の演習で使った熟練の兵ならともかく、後方の新兵ばかりの歩兵部隊には難しいだろうな。


 しかも私の隊は矢の雨に曝され続けているため、士気は見るからに下がっている。

 私の目に届く範囲の兵は第一小隊はいわゆる元傭兵部隊ゆえにこの程度の士気の下がり方で済んでいるが、他の隊の農兵はさらに酷いことが予想されるのだぞ。


 「…そうか、ご苦労であった」


 一瞬、再度向かわせようかと考えたが、迷いはしない。


 既に命令は下ったのだ。

 ならばそれを遂行しなければならない。


 「ならば、前進しようか」


 「よいのか?たぶん、我々以外の隊は動けないのだな」


 「そうだな。そうであろうよ。だがな、小隊長。君も、私も、それを意見する立場ではないのだよ」


 もっと隊を散らせ。

 立ち止まるな、強攻しろ。

 私ならばより巧くやれる。


 言いたい事はある。

 だが、私は中隊長。

 一介の前線指揮官だ。


 それが公に越権をすれば全体の統制を乱すことになる。

 誰しも自らの領分は弁えねばならないのだ。

 

 「わかったら前進だ。死にたくなかったら盾を下げるなよ」


 我々は前進する。

 命じられるまま、唯、前へ。


 砦から矢が飛び、降り注ぐ。

 

 「ぐっ、」


 「うぐっ!」


 進めば進むほど、矢に呻く声は増えるが、多少は訓練の成果があったようで戦闘不能になる者は少ない。


 しかし、矢傷を負う者が増えているのは確実だ。


 他の歩兵部隊はまだ後。

 弓隊の援護も無い。


 「中隊長。これ以上の前進は無意味なのだぞ!」


 …よし、これで十分に命令遂行の努力をしただろう。


 たしかに、これ以上は無意味だ。

 滅多打ちされて潰走するかもしれない。 


 …だが、もう少し欲しい。


 「だめだ。もう少し、後少し前進だ」


 鈍亀の様に進む我々の歩は遅く、時も遅い。

 甲羅は今にも破られそうである。

 

 これでは拷問だ。

 堪えられずに逃げ出す兵がいるのも理解できる。


 矢勢はさらに増し、そしてついに目の前にいた兵が額に矢を受けて絶命する。


 だが、それでも、前へ、前へ。

 なぜなら、それが命令なのだから……





















 ……と、言えばさながら忠臣の様に聞こえるが、私はそんな愚か者じゃない。

 もちろん打算あってのことだ。


 先程も言ったが、このままでは直に潰走する羽目になる。


 現に肩に矢が刺さった。


 痛い。

 もう少し良い鎧を着て来れば良かったかな。

 そんな金は無いのだが。


 話が逸れたな、戻そう。


 ならばなぜ我々は無意味な前進するのか?

 よく考えてくれ。

 本当に無意味なのか?



 ……

 もちろん無意味だ。


 もう一度言おう。

 無意味だ。


 だが、唯一、無意味で無い者がいる。

 大隊長閣下殿だ。


 彼女かの立場からすれば、自分の出した命令で部隊が一つ潰れるのだ。

 初陣で、それも楽に勝てる戦いで。


 それ程の不名誉を伯爵家出身の彼女が許すはずがない。

 では、どうするのか。

 その隊を救うしかない。


 どうやって。

 退けというのか?

 進めと言ったばかりなのに。


 ならば的を減らすか?

 だが他の隊は前進させれば隊列が崩れてしまう。

 ならば、覚悟を決めるしかあるまい。


 唯一神教徒ではないが、虚飾と傲慢が罪源という事には大いに賛同するよ。

 




 


  

 

 

 


 碧空に角笛が響く。


 その音と伴に、全歩兵が突撃を開始する。

 もちろん、大隊本陣の歩兵もだ。  


 やはり、そうするか。


 「待て!まだだ、まだ動くな!」


 命令は変わり状況も変わった。


 だが、今動けばそれこそ滅多打ちにされる。

 敵の注意が他の隊に逸れるまで我慢だ。


 「中隊長、突撃だぞ!一番乗りの好機なのだ!」


 敵の狙いが突撃する部隊に逸れ始め、降り注ぐ矢は次第に少なくなる。


 どうやら甲羅を脱ぎ捨てる時が来たようだ。


 「………頃合いか。…隊列を崩すなよ。中隊、突撃開始!」


 この攻略戦での手柄などあまり興味はないが、ミラ嬢に手柄というわかりやすい形で実力を示しておく必要がある。


 大量にいる前線指揮官から順当に手柄をたてるよりも彼女の側近になるほうが出世の近道だろう。


 

 隊列を組んだまま全員が駆け出す。


 隊員は幾らかが矢に倒れるも、柵を破り、土塁の上に立つ敵兵を突き落とし、乗り越えようと試みる


 その時、払い落とし損ねた矢が頬をかすめ、飛散した血が目に飛び込む。


 「うっ!くっ、…………!」

 

 その圧迫感から思わず立ち竦みそうになるが、心奮い立たたせて抜剣し、赤く染まった土塁に足を掛ける。


 2メートル弱か…、一息では無理だな。

 

 「蛮族め、死ね!」


 「フッ!、我らの言葉を話すとは貴人にしては品がありませんな!」


 敵兵の突き出した槍を払い、剣で突き返すが…遠い。

 鋒が腰に当たるが革鎧に弾かれて仕留められなかった。

 まあ、落ちたから良しとしよう。


 しかし、落ちた兵を補うように別の兵士が立ち塞がる。


 ……ちっ、新手か。

 内側からの補充が早いな。


 ………槍が欲しいな。









 「ロロ中隊所属第一小隊隊長、リザ、一番乗りー!!!……なのだ」 

 

 リザは槍を捨て、小回りの効く剣で左の兵を袈裟斬りに右の兵を柄突きで排除して、内側から登ってきた兵を蹴落とす。


 さすが第一小隊長、かなりの武勇だ。


 そうしてできた隙に他の兵が雪崩込み、侵入した兵によって乱戦になり、砦内部は混乱に陥っているようだ。


 直ぐに左翼、中央の兵も突破するだろう。


 ……終わりだな。


 土塁から敵兵が退いた頃、ようやく私も砦の内に乗り込める。


 将校は戦闘職では無いのだが、前線であからさまな職務怠慢はよろしくないだろう。

 


 私の中隊のほとんど、約100人に乗り込まれ、さらに新手も押し寄せているのだ。

 戦いは佳境だろう。

 直に敵も退くに違いない。


 「適当に敵を倒せば良い!それよりも無駄死にするな!」


 追撃するのも大事だが、この程度の戦いでこれ以上損害を増やしたくない。

 ただでさえ弓隊の援護無しで乗り込んだのだからそれなりの被害が出ているはずなのだ。


 …ついぞ、援護はなかったな。









 数十分後。


 予想に反して、敵は多大な被害を出しながらも必死の抵抗を続けている。


 決戦を前にしてこの程度の砦の攻防戦など大して価値が無いのだから早く撤退すれば良いものを。


 敵本陣周りの士気が下がりきっていないのか、それとも名のある貴族でもいたか。


 ならば、少し早いが。


 「皆の者!勝ち戦である、勝鬨をあげよ!!」


 「「「エイ、エイ、オー!!エイ、エイ、オーー!!!」」」


 周囲の兵や乗り込みに遅れた手隙の兵が鬨の声を上げる。


 本来、制圧を完了した後に上げるものだが、これはこれで効果がある。

 勝鬨が聞こえたという事は制圧された区画があるということであるので、敵全体の士気を下げて撤退を誘発できるだろう。


 鬨の声は味方に伝播し、しばらくの後、前線の敵兵は逃げ始め、遂に本物の勝鬨が上がる。


 …勝ったな。

 




 昊天に斜陽なれど、未だ日は高く

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