閲兵2
世はグローバリズムなのだ。
ポンド・ヤード法など滅べば良い。
結局、良案浮かぶこともなく部隊の集合が完了してしまった。
「中隊長。全部隊、集合完了したのだな」
……わかったぞ、お前はエサキラ語話者か。
エサキラ語話者が北方言語を話すとああいう風になるのか。
実際に聞くのは初めてだな。
そもそも、エサキラ語を母語とする人に会ったのすら初めてか。
エサキラ語は古文書で使われている南方古代語がその流れをくむ言語であるので文法の共通点でわかったが、今時は珍しい。
人間種では、古文書が多く残されているイタロスでも使われていないはずであるし、かつてエサキラがあったといわれる大陸の南東部にはわずかに残っているとされるが、そこの者達でも我々と交流のある者は皆、商用共通語を使うと聞く。
そうとなればまた別の地域の出身なのだろうが、他にエサキラ語を使う地域は思い出せないな。
不勉強であったか…
…いや、そんな事よりも今はやる事があるではないか。
「えー、諸君。ひとまず、捜索ご苦労であった。そして第三小隊長。君は罰として小隊長職を罷免し、兵卒として他の小隊に編入する。第三小隊は繰り上げで次席の者が統率するように」
中隊長以上の将校は自身が直接指揮を執る部隊の人事権を持っている。
これは編成の手間を省くためであり、かつ、実際に指揮を執る者が最善の部隊運用をできるようにするためである。
とはいえ配置変更ぐらいしかできないが。
俸給や補充は中隊長の仕事ではない。
だが、命令に反したり余程横暴なことでもしない限り、かなり自由に運用できるのも事実だ。
ちなみに諸侯軍はそもそもの編成から全く違う。
各貴族が各々の軍を率いるので、中隊規模の兵力にも関わらず歩弓騎の主要全兵科があるなどザラだ。
しかも、派閥毎で固まっているので命令系統などが非常にややこしい。
とはいえこれが軍の編成の主流なのだが。
国王と国王に近しい貴族が組織して率いる特異な編成の国王軍、他の貴族達が組織して率いる一般的な編成の諸侯軍。
あいつ等は国王の命で動いているが、そもそもの所属が違うのだ。
「そして、もう一人の第五小隊長のことだが、どうやら彼は命令違反を犯し、その上懲罰を恐れて王都に逃げ込んだようだ。これは抗命であり逃亡である。よって彼を小隊長職から罷免し、拘束しだい懲罰を執行する。小隊長職は第三小隊と同様に次席が引き継ぐように」
腕っ節に自信がある奴には時たまにいる。
後から声をかけるだけの将校の命令など聞かない、という奴が。
そういった者には懲罰が待っており、他の兵までが増長し始める前に刑は粛々と執行されるので、今回も早急に大人しくなってもらおう。
あからさまな抗命に対する懲罰では、ほとんどの場合で鼓動も静かになるのは公然の秘密だ。
個人的にそういった奴らには『ならばなぜ軍に入ったのか?』と聞きたいのだが、『尋ねたところで結果は変わらないのだから、無駄な会話で時間を浪費せず、早く仕事を終わらせるように』と学院で教わっており、その意見には私も至極賛同している次第であるので今回もさっさと執行する。
悲しかな、この世界には理解し合えない馬鹿が一定数存在するのだ。
処分を決定したは良いものの、王都にいる内は手出しが出来ないので本来の目的である閲兵を行うことにした。
2時間ほど訓練を兼ねた練度の確認を行い、それらが一段落した頃、管理官から件の元小隊長が帰投したとの情報が入ってくる。
「了解した。聞いたな諸君!のこのこと脱走兵が戻って来たようだ。第五小隊、拘束して連れて来い!」
さて、第五小隊が戻る前にこちらも処け…おっと、懲罰の準備をしておこうか。
今は平時であり、脱走兵も戻って来たのだから上官―最低でも大隊長級―の許可無しに処刑するのはよろしくない。
あくまでも拘束時か懲罰時に抵抗したため、やむを得ず殺害したという事にしなければならないのだ。
建前は大事。
とはいえそれを報告するのは私なのだが。
「中隊長。目標の拘束を完了しました。こちらの被害は皆無です」
「よろしい。では、彼をそこの木に縛りつけてくれ」
「ハッ!」
命令に従ってすぐさま縛りつけられる。
「何すんだよ!いきなり襲ってくるなんて卑怯だぞ!男なら正々堂々と戦えよ。…おい、聞いてんのか!」
たしかに、それは正しい。
騎士道においては、だが。
…最近流行りの騎士道譚の影響だろうか?
「聞こえてるさ。私も君も騎士ではないのだから一対一で戦う必要はないだろう?そして人を動かすのは私の力で、脱走兵の処罰は隊の仕事だ」
「はぁ?意味わかんねぇこと言ってねぇでとっととはなせよ!」
はぁ…
小隊長で5人中3人が敬語を使えないとは。
下流階級はこれ程までに教育がなってないのか。
「あぁ、そうだった、もう一つ話さねばな。これから何をするのかという問に答えていなかった。───懲罰だ」
「なっ、」
尋問して判決も言った。
よし、これで最低限の裁判はやったな。
なんと人道的なのだろうか。
木から離れた位置に立ち、火縄をつがえる。
「中隊長殿、質問をよろしいでしょうか」
「なんだね?」
つまらん質問は嫌だぞ。
「その、中隊長殿がお持ちの…その…棍棒の様な物は何なのでしょうか?あまり武器のようには見えないのですが…」
たしかに、処刑するとは言ったものの上官は剣を抜くでも鞭を用意するでもなく、何やら妙な物を構えだせば気になるのも道理か。
一見この武器はただの木の棒にしか見えないが、実は凄絶なる曰くの付いた武器なのだ。
強欲に囚われ、禁忌を犯した学者の後悔と無念。
仕事に失敗し、大切な物を失った錬金術師の絶望と悲哀。
聞くのも憚られるような逸話ばかりである。
「これは…まあ、見てのお楽しみ、だ。少し離れてい給え」
弓をつがえる様に構え、狙いをつける。
距離はだいたい120メートル。
在学時に実験した結果、これ以上になると威力はともかく、命中率が著しく低下する距離、すなわち有効射程の限界であり、私ならば百発百中とはいかなくとも十中八九は当てられている距離だ。
兵達の好奇の視線が集まっているのを感じる。
ここで外しては格好悪いな。
呼吸を深くし、鼓動を抑える。
目標の心の臓を見据え…
三…ニ…一
閃光。
轟音。
………
「………ふぅ…。殺ったか。誰か、確認を」
?
どうしたのだ?
なぜ誰も動かない。
「………ちゅ、中隊長殿。…い、今のは何なのですか……」
振り返ればへたり込んだ隊員達がいる。
「こいつが何、か。…全ては知らんが、たしか'火槍"とかいう名前だったはずだ。大方、神話か何かの武器をモチーフにしたのだろう。…そうだな、妙な弩と思ってくれればいい。……それにしても、揃いも揃って腰を抜かしたのか。…まぁ、仕方あるまい」
私も始めて使用した時は落雷かと驚いた。
確認のため木に歩み寄れば、元第五小隊長だったものがある。
獣相手に撃った事はあるが人間に撃つのは初めてだ。
死体には心の臓よりわずか上が消し飛び、周囲の地面には多量の肉片と血が染み込んでいる。
そのためか濃い血の匂いが漂っており、なかなかに気分が良い。
真剣で斬り合う様な、独特の高揚感が沸き起こってくる。
「フッ、フフフフフ………」
健全ではないとわかっていても、自然と笑みが溢れてしまう。
…ハッ!いかん。
感情に呑まれてはサイコ野郎になってしまう。
軍人なので戦場での殺戮は奨励するし、鬼と化せるならばその方が良い。
必要ならば自ら推進していくのもやぶさかではないのだが、将校という頭脳労働者としては、やはり、出来る限りは理知的でいたい。
節操は大事なのだ。
再び死体に寄って検分する。
肉体を貫通はしたが、後ろの木を貫通はしていないか…
中程までは穿ったようだが。
調整次第では貫通できそうだな。
だがそれでは本体が持たないか?
…その辺は教授の仕事だな。
破壊力では矢より優れるが貫通力は劣る、と。
他の条件でも試したいが理由なく隊員を減らし過ぎるのは不味い。
後は実地測定にして臨床試験は終了か。
「よし、これで脱走兵の処分は終わりだ。中隊諸君!本日の閲兵はこれで終了とする。解散!」
轟音で駆けつけて来た管理官には、欠員報告のついでに死体処理も頼んでおいた。
血肉の飛び散った死体の片付けなど、したくない。
◇後日、王都管区駐屯地グラウンド:ロロ中隊訓練終了後◆
どうやら同輩達は未着任であったようで、駐屯地の兵の多くが休暇を楽しんでいる中、不慮の事故で死んでしまった兵の補充も完了したために唯一訓練中を行っていた我が中隊も今日は解散である。
「諸君!本日の訓練は終了だ。ご苦労である。さて、皆が休暇を楽しんでいる中、連日訓練に明け暮れている君達である。文句はさぞかし沢山あるだろう。そんな君達に私からのささやかな褒美だ」
皆が遊んでいるのに自分だけ働くというのは大いに不満だろう。
私とてそうだ。
皆、働け。
「それは…規律である!」
規律。
それは秩序の礎である。
秩序とは唯一、人間を人間たらしめるものであり、秩序無き人間の集団は人間の集団にあらず、と言えるだろう。
時に獣となる事を強いられる戦場といえど、秩序を保つ集団に獣の集団が敵わないのは自明であり、歴史がそれを物語っている。
「規律とはそれ則ち軍規である!今までに傭兵として諸国を遍歴してきた者達も良く聞いておけ。私の言う軍規はいわゆる慣例的な軍規ではない。本来定められている軍規に則るつもりだ」
おおよそ軍と呼ばれる武力集団には軍規が定められている。
しかし、長きに渡る戦乱はそれを有名無実としてしまった。
「一つ、命令違反は度合いに応じて懲罰」
基本だ。
慣習であろうと命令違反は認めない。
「一つ、戦時の脱走は発見次第、即刻死罪。逃さんぞ」
先程使って見せた、武器で処刑だ。
何?魔法?
…残念だが占い以外の魔法は使えないのだ。
詳しくは神学…いや、悪魔学だったか?まぁ、その辺の教授にでも聞いてくれ。
何か適当な答えがあるはずだ。
「一つ、手柄の横取りを禁ず」
決着後の手柄の奪い合いは古来から戦場では間々ある事であり、多くの場合は両成敗される。
両成敗も支払う恩賞を減らせるので良い解決策ではあるが、これは兵数や戦意に関わるので出来る限り予防したい。
ただ、これについては徹底できれないので『守ってほしいなぁ』程度のものだ。
「一つ、収奪した物資の私有を禁ず。なお、それらは戦後に分配する」
これは我々北部民族の漁民が海賊行為をする時の掟だ。
私の所属する軍団は水軍ではないので戦いの作法の多くは南の方の国の流儀に倣っているが、良いものは陸でも適用したい。
略奪に夢中で戦果を逃したくはないのだ。
「以上だ。なに、たったの4つだ。そう難しい事ではあるまい。略奪だって皆でやれば効率がいいさ。さあ、解散!」
できれば乱取りも禁止したいが、規律をつけ過ぎるの良くないだろう。
過ぎたるは尚及ばざるが如し、だ。
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