閲兵1
◆招令発布の一週間前(ロロ視点)◇
戦争が起こる前の話だ。
私が自分の隊を視察した時の話をしよう。
先程、軍を『酷いものだった』と語った私だが、如何に酷く問題であったのかということも語っておきたいのだ。
そして、『ダンメルク王国の国王軍の兵が、訓練されていない農兵が、どれほどのものであるのか』ということを今後とも覚えておいてほしい。
◆◇◆◇
新設の王国軍第4師団付き中隊への辞令を受け取った私は、王都の家から郊外にある駐屯地に向かていた。
おそらく同輩達も着任のために今頃駐屯地へ向かっているだろうから、混雑を避ける為に昼食を摂ってから行くつもりだ。
駐屯地の管理官には昨日の内に今日の2時頃に閲兵を行うからそれまでに中隊の集結を終えるように各小隊長に伝えるよう言っておいたから問題ないだろう。
2時頃ならば兵達も食後に歓談するぐらいの余裕はあるはず。
早速昨日行っても良かったのだが、兵達は昨日から明日まで訓練は無いそうで、全く休養日がないというのは少しばかり酷だろう。
疲労というのは士気や忠誠に関わる。
大衆食堂で昼食を済ませていると、ちょうど忘れ物に気づく。
幸いにも食堂から家までは近く閲兵に遅れることはなさそうだが、やはり、私も緊張しているようだ。
将としてできる限り冷静であるよう心がけてはいるが、未だ時偶に綻びが出てしまう。
家へ戻り忘れ物を回収して駅舎へ向かい、そこから馬で街道を行く。
さてさて、私の兵はどんなものであろうか。
その時の気持ちは、まるで、旅行に行く前の子供のようであった。
◇同日王都管区駐屯地グラウンド◆
今、私は、困惑している。
理由は単純にして明快。
部隊が集まっていないからだ。
駐屯地に着いた私は受付を済ませた後、集結場所に命じたグラウンドに向かったのだが、そこにいた中隊の人数が足りないのだ。
歩兵部隊は槍衾を組む関係で4人組が6つで一小隊を作り、5小隊で一中隊なのだが、何度数えても、そこには3小隊しかいないのだ。
「そこの君、第一小隊の隊長だな?」
日光浴のし過ぎで肌が小麦色の君だ。
南海の向こう側の血かと思ったが、白髪ならば北の血だろう。
………大胸筋凄いな。
「そうなのだな」
声、高。
いや、それよりこの妙な訛は東方系か?
「では聞こう。昨日ここの管理官から伝言があったはずだが、君はどのように聞いていたのかね?」
「『本日、2時頃に本中隊の中隊長どのが閲兵をされるのでそれまでにグラウンドへ集結せよ』、である」
この語尾の違和感、移民系の同族なのは間違いない。
「そうか。第二小隊隊長!」
「ハッ、自分も同様であります!」
お前は地元民か。
他も順に尋ねれば、全員が同様であると言うので、すなわち、私や管理官のミスではないということだ。
そして私は各小隊長に伝えさせたので、一兵卒は伝言を受け取っていない…と。
そうなると小隊長の命令違反か…?
「ここにいないのは何番隊だ」
「第三小隊と第五小隊なのだな」
「場所は」
「小隊長の位置は不明。他は兵舎だワ…」
…ワ?
「…そうか、では、現存の小隊に命令を出す。全軍を以って第三・第五小隊長を探し出せ。まずは駐屯地内からだ。角笛の合図で帰投せよ。第一小隊については隊長は管理官に外出者の確認。ゆえに次席の者が指揮を取ることとする。以上だ。行け!」
命令に従って全員が駆け出す。
この体たらく、徴収兵とはいえたるみ過ぎだ。
集合命令ごとき遂行できなければ使い物にならん。
…私の占いも、こうも頻繁に読み違えるようでは使い物にならんか。
あれもこれも、何か対策をせねばな。
「第三小隊長、確保ォー!」
兵舎からぞくぞくと残りの兵が出て来る中、目標確保の報せが聞こえてくる。
どうやら兵舎にいたようだ。
「君が第三小隊長か。まぁ察しは付くが一応理由を聞こう」
「も、申し訳ねぇ…。忘れてただ…」
こいつは下層農民か…
この調子ではいづれ隊の言語的統一が求められるかもしれん。
「そうだろうな。人は忘れる生き物だ。だから忘れてしまったことをとやかくは言うまい。ただ、罰は後で下す。縛っておけ」
傭兵部隊ならともかく徴収兵など平時は農民なのだ。
しかも実戦経験がないのだから多少の暢気はどうにもできない。
それに小隊長は士官ではなく、それの任官は個人の武勇で決められているのだから、逃亡や命令違反でもない限りは目を瞑ろう。
うなだれる第三小隊長が縛られて転がされると同時に第一小隊長が走ってくる。
速いな。
…軽歩兵の装備とはいえ、武装しているのだぞ。
「中隊長、よろしいのだな?」
『よろしいのだな?』…えぇ、よろしいですよ。
感覚的には『よろしいですか?』か『よろしいでしょうか?』のどちらかにしてほしい。
異郷の育ちなのだろうが、『のだな』と断言されると確認されているかのようで、調子が狂う。
『お、おう』とか言ってしまいそうだ。
「言い給え」
「では。管理官に問い合わせたところ、第5小隊長は休養を目的に2日間の外出を申請していたのであるぞ。だが…」
「だが?」
「その申請なのであるが、当日の担当者が今日、休暇を取っていたのだな。だから管理官も把握できていなかったのである」
…だとすると手続き上のミスか?
「ちなみに申請したのは私の命令より先か?後か?」
「後…」
「ふむ、では、彼に命令が伝わっていなかったと言うことはないかね?」
「ないぞ。全小隊長が同時に伝えられたのだな」
「はぁ…、そうであるか……」
有罪である。
…ちょうど良い。
被験体にしてやろう。
「………。2日間外出するなら、一般にどの街にいく?」
「十中八九、王都だぞ」
まぁ、そうか。
最寄りでしかも国内最大の都市だからな。
「王都か。だろうな。厄介な…。…とりあえず角笛を鳴らしておいてくれ」
王都内には原則として軍は入れない。
これはクーデターや反乱を防ぐためであり、例外は治安維持を兼ねた国王直属の宮廷騎士団だけだ。
すぐにでも拘束に向かいたいが、駐屯地の兵を入れるわけにもいかない。
さて、どうしたものか…
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各国動勢
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:南部エリア
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