現在
◇◆ロロ視点◇◆
本日天気晴朗なれども波高……くないな。
そもそも、ここ陸だし。
リンデバウムを占領して幾数日。
本国から講話交渉のためにやって来る文官達を待ちつつ、ヘレナ伯を補佐して諸軍務に勤めるのがここ最近の仕事である。
「─────────。…………ねぇロロ。聞いてる?」
とはいえ、第二軍では各貴族が各々の軍を統括しているため、ヘレナ伯付の私といえども、詳細を把握できるのはティセリウス軍のみ。
そのティセリウス軍の規模が王国軍最大とはいえ、所詮は一家の軍に過ぎないため、既に被害の計上や戦利品の確認は終えている。
「ええ、もちろん」
ゆえに『今日は主人におべっかを言うだけの楽な仕事だろう』とぞ思い起こした矢先、私を凶報が訪ねた。
「ほんとにぃ?……まぁ、いいや」
なんと、交渉団にミラ嬢が同道しているというのだ。
「それでね。明日、マイラちゃんが来るんだけど、面白い贈り物があるんだって!」
私の読みとしては、ミラ嬢は部隊を壊滅を理由に本国へ撤退したのだから、目的が交渉とはいえ戦地へと戻ることは無い、と踏んでいた。
どのような理由であれ、自身の責務を放棄し、安全な後方へ下がったというのは、平民の私でさえも心苦しいものがある。
「『期待してろ』って手紙に書いてあったんだ!」
まして貴族であるミラ嬢ならば、なおさらだろう。
貴族の世界は嫌味やその類いの文化が栄えていると聞くからな。
だが、権謀術数に長けた侯爵家の御令嬢の心根は、私の予想以上に図太いようであらせられた。
「それは良かったですね」
まぁ、ここでなんと嘆こうともミラ嬢が来るという事実は変わらない。
気付かれてはいないはずだが、仕官数日で裏切った主人と顔を合わせるなど御免被る。
相手に知られなければ裏切りではないと考えているが、やはり、私の精神衛生に悪いのだ。
「しかも!ロロにも'お土産"があるって書いてあったの!」
破滅願望のある者やスリルを求める者には楽しみですらあるのだろうが、私は違う。
「そうですか」
宰相の同伴と書かれていたのだから、まず確実に王国軍の本陣には訪れるだろうし、総大将にあたるヘレナ伯の陣に来る可能性も高い。
従って、現在、ヘレナ伯の側使えに類する役回りにあたる私が、ミラ嬢と対面する可能性も高いのである。
「もうっ!マイラちゃんからのお土産なんだから、もっと喜びなよ」
もし、私がヘレナ伯の側近の如く振る舞うのをミラ嬢に見られた場合、二重に主従の関係を持っている事が露見する危険がある。
ミラ嬢に疑念を抱かれるだけならば、まだ良い。
最悪の場合、ヘレナ伯にも疑われ、両者から切先を突き付けられる事すらあり得る。
「とてもうれしいです」
だが、ここまでは私が危惧する程の事ではない。
いや、一歩間違えれば良くて即死の綱渡り状態なのだが、綱渡りならば命綱なりと対策が出来るので、然程問題視はしない。
今回、この事態を問題視するのは、対策が無いゆえだ。
重要会談の宰相閣下の行動を左右できる手段など、どうして有り得ようか。
……無いことは無いが、私の身が危な過ぎる。
「むぅ……。言葉に心がこもって無いな。いつものことだけど……」
リスクとリターンを鑑みて、講話交渉の前後に私が出来る事など、せいぜい『気をつける』ぐらいのものだ。
「いえいえ、心から喜んでいますよ」
我ながら、なんとも危険な道を歩んでいることだよ。
立身出世という景品を狙って、生命をベットしているようなものだ。
「ホント!……フフン、楽しみにすることだね!」
乱世に勇躍するには、予想以上に、強靭な心臓が必要であるらしい。




