裏切りの不忠
ヘレナ伯はガリア語を母語としますが、ノルド語を長く話しているのでガリア訛の強いノルド語を話しています。
なので日常会話では『ロロ』を『ラウール』と呼んだりはしません。
ロロも学院時代からの付き合いがあるので、疑問に思いません。
いないと思いますが、疑問を持った方のために、ここで説明しました。
◆◇ロロ視点◆◇
アインス君が出て行き、天幕には私とヘレナ伯の二人のみとなる。
さて、ここが計画の緊要。
正念場だ。
「それでは改めまして、元第二軍団所属ミラ歩兵大隊麾下第二中隊隊長、ロロであります。本日はヘレン様に仕官したく思い、参上しました」
「……ふぅーん。なんか、色々と含みのある言い方だね。…………。ま、君と腹の探り合いはしたくないからね、ロロがどうしたいのかを聞かせてよ」
手柄の簒奪は諦めたか?
……いや、まだわからんな。
それにしても『腹の探り合いをしたくない』とは貴族らしからぬ。
「……お言葉に甘えまして。私の望みといたしましては、ティセリウス家子女、ヘレン様にお仕えすることでございます」
「へぇ……。兄さんじゃくて、ボクにかい?」
兄さん?
たしか文官だったか?
……あまり覚えがないな。
「ええ、ヘレン様に、です」
「……理由を教えてほしいな」
「至極単純なことです。ヘレン様の兄上は文官であられますし、お父上殿はもはや戦場に出ることは無い様子にございます。で、あれば、学院で兵事を学ばれたヘレン様が王国随一の軍事力を持つティセリウス家の軍を司るのは必定なるがゆえに」
「で、ロロはその軍を指揮したいと」
「それほどに差し出がましいことは申しません。ただ、その一端に加えていただければ、と」
「遠慮しなくていいよ。ロロがそういうの好きなの知ってるし」
『なぜ私の野望を知っているのか』と驚いたが、思えば学院時代に一度だけ語ったことがあったな。
何をきっかけに話してしまったのかは憶えていないが、私らしからぬことだ。
……らしからぬ、らしからぬと、私は人を見る目が無いのか?
いや、そんなことはないはずだ。
きっと見る目が良過ぎて、その人の隠れた個性までをも見抜けているのに違いない。
そういうことにしておこう。
……『性別』『リザ』『騎士君』という単語が一瞬、脳裏をよぎった気がするが、気のせいだろう。
「では、遠慮なく。……私の望みは、ティセリウス家の軍指揮権です。一線を引かれたご当主に代わり兵を率いられるヘレン様を補佐する形で、軍を操り、貴女に勝利の栄光をもたらしてみせましょう」
「ホント遠慮ないね。『操る』って建前も無くなっちゃってるよ」
少し呆れた様に言う。
「ヘレン様が『腹の探り合い』を望んでいない上で腹芸をするなど、失礼というものでしょう。……これで、私は腹を割りましたよ」
「ロロのことだからまだ何かありそうだけどねー」
……………。
彼女は人を見る目があるな。
それほどに長い付き合いであったろうか?
時間はかけられないのだが、慎重になった方が良いかもしれんな。
「………………」
「……まあ、いいや。ボクはロロを信じるよ。じゃあ、質問!ロロ君は、戦争以外に何ができるのかな?」
戦争しかできないとは、ワレラガイダイナル国王陛下でもあるまいし。
「そうですな。……ご存知と思いますが、凡百の宮仕えよりは弁が立ちますかと」
「うーん。たしかに、ロロは口が巧いよね。それをもっと具体的に………って、それは主人の仕事か。他はない?」
……他、か。
「強いて言わば、武に覚えが。剣はもちろん、弓馬の道に心得があります」
「知ってるよ」
私も知ってました。
「そうですか。他に質問は?」
「んー、とりあえずはいいかな。じゃあ、次はロロの情報を教えてほしいな!」
私のプロフィール?
……いや、浅瀬のことだな。
「そういうわけにはいきませんな」
「む、なんでさ」
「仕官の確約をいただかねば」
「ボクが信用ならないのかい?」
「仕方ありますまい。ヘレン様は一度、私を謀ろうとなさったのですから」
「うっ、それはそうだけど……」
「とはいえ、ヘレン様も勝手に人を雇ったとなれば問題となりましょうし、それこそ、私とヘレン様は旧知とは行きませぬが志を同じくし共に学んだ仲。あらぬ事を噂されるやもしれませぬ故、都合の良い手土産を用意しております」
「ホントかい!」
どうした?
やけに嬉しそうだな……
まるで、私を取り込むことに執心していたかのようだ。
「ここまでの道中に、帝国の侯爵家に連なる者を捕らえております。これをヘレン様に献上いたしましょう」
「よし、それで……ってぇえ!!!いや、侯爵家って普通に大手柄じゃん!それがあれば家の再興だって────」
「ヘレン様。私にとって既に潰えた家のことなど、どうでも良いのです。ですから、機会も手札も、我が心のままに。父や兄は煩く吠えるでしょうが、厭うほどではありません」
父や兄は家の再興に躍起になっているが、私には興味の無いこと。
家や血縁などという些事に囚われていては、掴める栄誉も掴めないだろう。
己がためならば、血も、誓いも、私を絆す全ての柵を断とう。
「……君がそれで良いのなら、ボクは何も言わないよ」
「そうしていただければ、幸いです」
「それじゃあ騎士の誓いを立てようか」
……騎士、か。
私は南の様式に習い、剣を渡し片膝を着いて座り、ヘレナ伯は左手に私の剣を持ち、右手を胸に当てて、誓いを述べる。
「ワタクシ、ヘレン・ティセリウスは主人として、この下僕を保護することを、我が霊魂に誓う」
「私、ロロは騎士として主人の剣となりて、唯一の主の行く手を塞ぐ全ての者を討ち払うことを、我が魂に誓う」
唯一、唯一……。
計画していた事といえども、幾日も経たぬ内から忠義を誓った主に裏切り行為を働くなど、やはり、後ろめたい気が拭えない。
……既に事を為して於きながら『忠義とは』などと考えてしまう薄志弱行な己が、とても、とても哀れで仕方が無いよ。
「簡略だけど儀式は終わったよ。……ロロ?」
「え、あぁ……。どうかしましたか?」
「なんか、ぼーっとしてた。……ま、それよりも、早く情報を教えてよ!」
『事を為さば振り返るな。ただ、前のみを見よ』とは、やはり箴言であるな。
「……そうですね。ここから300程川を下った所に、軍を通すに十分な浅瀬があります」
「なんだって!……それは、確かなのかい?」
「確かです。この目と、連れの生尾人の目が確認しています」
「そうか、そうか。…………諸将を招集して軍議を開く。ロロは……。ここに着いたばかりだったね。休んでいてよ」
「そうさせていただきます」
ヘレナ伯は駆け足で天幕を出て行き、わずか後には命令を飛ばしているのが聞こえてくる。
……私も、動かねば。
歯車は噛み合い、動き始めたのだから。




