冗談
◇◆リザ視点◇◆
単純に衆道から興味を逸らすのは無理そうなので、次策として、別のことに関心を抱かせてる方針に転換する方が順当だろう。
だが、あまりにも関連の無い事では不自然に過ぎるだろうから、近しい事柄から徐々に、だ。
……ならば、あの男の娘から行くか。
「ご主人。リザも男の娘からわかったことがあるぞ」
「ほう!貴女も」
違う!
別に男色に興味があるわけじゃないんだ!
だからそんな嬉しそうな目で見ないでくれ!
「違うのだな。でも、見つけたというのは正しいぞ」
「聞かせてもらいましょうか」
「んん!では。……ご主人は大事なことを失念しているのだな。まず、この娘がなんであそこにいたと思うぞ?」
「迷子の騎士などお伽話の様なことはまさか無いでしょうし、一人でいたことが疑問ですが、おそらくは偵察でしょう」
「わかってるようなのだな。……なら、この近くに敵軍がいるはずなのだな」
至極単純な話だが、ご主人は本来の目的を忘れている可能性が高い。
そうでなければ、あの精神状態には陥っていないだろう。
「でしょうね」
覚えてたよ……。
「なにも第一軍団を目指しているのは我々だけではありません。彼らは帝都からも遠くなく、また、帝国の中央と北部を寸断する位置にいます。ですから、皇帝が『北部を諦めその上首都近郊を敵に曝すこと』を是としたのでなければ、帝国軍は第二軍団の追撃ではなく、連携作戦に失敗した第一軍団へ向かうでしょう。……まさか私が失念していたとでも?」
まさか、です。
「……ということは、ご主人は本気であんなことを…………」
なんということだ。
それでは末期の哲学者ではないか。
「本気?あんなトチ狂ったことを?……フフッ、まさかそんなわけないでしょう。あまりにも暇だったのでふざけただけです」
………………
「リザの心配を返すのだな」
「ハッハッハッ!これはこれは、いや、ホント、すいませんねぇ。少々冗談が過ぎたでしょうか」
大慌てで駆け出した一時間後にあんな冗談とは、強靭な精神と褒め称えるべきか、既に狂っていたと嘆くべきか悩みどころである。
「……日頃、冗談など口にしないご主人が言うと洒落にならないのだぞ」
「まあ、平生は人の目がありますからね。ですが今は貴女しかいませんし」
それは従者を信頼しているのか、それとも気にしていないだけか。
「いやはや、それにしても、このむす……騎士君は美形ですねぇ。そういった趣味の方々が存在するのは理解できなくもないですね。非生産的と非難はしますが」
見た目からして初陣だったろうに、敵に囚われ、その上変態の性奴隷に貶されるとは、可哀想に。
血も情けも、義理も人情も無い酷い世の中だな。
……捕らえたのは私か。
恨むなよ、弱い君が悪いんだ。
「それで、売るのだぞ?」
「いいえ。後学のために奴隷商に鑑定はさせますが、使い道は決まっています」
「まさかご主人、抱いて────」
「まだ言いますか。違いますよ。これは、次の仕官先への手土産にします。まあ、もとは違うものをと考えていたのですが、土産が多くても困ることは無いでしょうし、もとの土産が手に入るとも限りませんからね」
もとの土産?
そういえばご主人は戦の最中、暗殺をしたりとなにやら暗躍しているようだが、予定と違う展開を始めた今、その仕官先とやらは大丈夫なのだろうか?
「なあ、ご主人。その仕官先、ご主人は以前から計画していた様な口ぶりだったのだが、大丈夫なのだぞ?本来の予定では、肝心の手土産はどうするつもりだったのだな?」
ご主人が何か目立った手柄を立てたと聞いたことは無いので、何らかの実績を示さねば、仕官は難しいはず。
「当初の計画では、砦での暗殺とそれに付随する工作の実績を手土産にするつもりでしたが、事態は変わりました。戦況は悪化しましたが、私にとっては好転したと言っても良いでしょう」
「前置が長いのだな」
「はぁ……。慌てたところで馬は早くなりませんのに。……そうですね、ちょうどあの丘から目的地、会戦を予測した地が見渡せます。そこに行けばわかりますよ」
……物事を遠回しに言うのは、貴族的で皮肉っぽくて、ちょっと気に喰わない。
◇◆◇◆
ご主人に連れられて丘を登れば平野が広がっているのが見える。
そして、そこでは────
「残念。どうやら遅かったようです」
──戦闘の痕跡があった。
現在、南北に流れる川を挟んで西にダンメルク王国軍、東に神聖帝国軍が布陣しており、その川には多くの死体が臥せっていることから、そこで両軍が激突したことが伺える。
「リザ、数を見立てて下さい」
「リザは斥候ではないから自信がないのだな」
「構いません」
「むう……」
元傭兵なのだ。
この戦乱の時世では歴戦と呼ばれる程ではないにしろ、私とてそれなりに場数は踏んでいる。
軍勢の数を見立てるぐらいは可能だ。
「………王国軍は2万と少しで、………帝国軍は2万?」
しかし、その道のプロには及ばない。
せいぜい上一桁を当てる程度が精一杯である。
「……ふむ、中々に見えているようですね。……ちなみに王国軍は2万2千、帝国軍は一万と5千といったところでしょうか」
「自分で出来るなら聞かないでほしいのだな」と思ったが、試されていたのだろう。
「リザ、川を見て下さい」
「川?……死体がいっぱいだな」
それ以外は流れが速いわけでも中洲があるわけでもない、普通の川だ。
「ええ、そうです。その辺りから南に浅瀬は有りませんか?浅瀬といっても周囲と差は大きくありませんが」
「…………。……あったのだな。王国軍の陣から25じゅ、違うな、300程南が少しだけ浅くなっているぞ」
「なるほど、わかりました。それでは王国軍に合流しましょうか」
「……?これがお土産なのだな?」
正直、変哲の無い川の底の様子がどうして手柄になるのか検討つかない。
「簡単なことです。川の底が浅い方が渡りやすいでしょう?だからです」
「それはわかるのだか、もう少し説明してほしいのだな」
「……そうですね。……軍の兵科は大きく別けて騎士、軽歩兵、騎兵です。そして大半が歩兵なのは知っているでしょう」
「うむ」
「では、兵の死因で一番多いのは?」
「矢創、だな」
「そうです。それで、この弓の厄介なのが曲射です。これは騎士の様に金属製の全身鎧を着るか、大盾を多数配備する以外に防ぎようがありません」
「そうだな」
「しかも渡河中は進軍速度が大きく低下します。戦闘ともなればさらに動きが鈍るでしょう」
「…………」
「そして、敵が渡河中であっても、迎撃側の弓兵は射撃可能です。……もうお分かりですね」
「………。……浅瀬は絶好の渡河地点、というわけなのだな」
「正解です。では、行きましょうか。軍議が始まる前に到着せねば、意味がありませんからね」
さすがは指揮官、だな。
やはり、その道のプロには敵わない。
「……そういえば、どうしてリザに探させたのだな?ご主人は浅瀬に気づいていたようたが」
「私は所詮、雑食種の人間。目標との距離を測ることに於いて、肉食獣には敵いません」
「と、いうと?」
「距離が掴めなかったのです。浅瀬の位置がわかっても、王国軍の陣との距離がわかりませんでした。……それでは意味がありませんからね。悠長に探す時間もありませんし」
肉食獣は距離を測るのが得意なのか。
知らなかった。
……草食獣は何が得意なのだろうか?
「ほら、行きますよ」
「あ、うむ」
まあ、いいか。
考えるのは『その道のプロ』であるご主人に任せれば良い。
GW入ってからアクセス数とポイントの増加量が激減したんですけど。
そのせいで日間ランキングから落ちました。
助けて。
↓評価欄があるよ。ブクマもあるよ。




