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正統なる叛逆者  作者: 太占@
序文
2/36

然る人の回顧

 ◆◇然る人の回顧◆◇

   

 彼の名はロロという。


 一応の家名は知っているのだが、今や社交界でも知る者が珍しくなってしまった家であり、本人も名乗る程では無いと貴族を称すことはないのだから、明かすのはよしておこう。


 彼はここ、ダンメルク王国の王都出身で4人兄弟の三男だそうだ。


 幼少期はまだ上流階級の家庭であったそうだが、軍人の父が恩賞で得た土地の経営に失敗し、中流階級に落ちぶれたとか何とか。

 その後は父と兄が軍人として生計を建てつつ、残された家族と共に母の生家で暮らしていた、と、そんなようなことを語っていた。


 12歳になった時に彼は父と兄の伝手で当時から3年前に設立された王立学院の軍事課に入学し、そこで、私と運命の出会いを果たす。


 甘酸っぱくも苦くもない、血生臭い運命だが。 


 ◆◇数年前◆◇


 私が初めて副官とする男と出会ったのは数年前。

 学院での演習形式の訓練を観戦している時だった。

 

 気まぐれである。

 その日私が演習場に足を運んだことには、何の理由もなかった。


 強いて挙げるとしても友人に物見遊山の約束を反故にされたからとしか言えないし、それでは理由になっていないようにも思える。

 とにかく私は、私の不思議な感性に導かれて演習場にやってきたのだ。


 演習場では紅白に別れての模擬戦が行われていた。

 事前に与えられた兵を使って行われる模擬戦だ。


 与えられる兵は基本的に騎士5人、歩兵100人、軽騎兵15人で、これらを1ヶ月間自由に訓練して演習に臨む。

 とはいえ、勝敗は与えられた騎士の練度に依るのだが。

 学院にいた者は皆、同じ事を学んでいるのだし、我が国の騎士は一月で練度に差がつくほど'やわ"ではないからな。


 ゆえに私がその演習開始前に抱いた感想は『つまらない』だ。


 なぜなら白組の戦力が前述の通りであるのに対し、紅組の戦力は歩兵120に軽騎兵25だったからだ。


 紅組は多少、数が多いとはいえ、肝心の騎士がいない。


 このご時世、戦場の主役は騎士である。

 金属製の帷子と鎧に護られ、幼少より訓練を受けてきた戦闘のプロフェッショナルだ。

 練度と装備の充実した傭兵ならばともかく、兵の大半を占める農兵では、文字通り歯がたたない。

 軽騎兵も騎士に対抗し得るが、突破力で騎士に劣り、農兵の長槍や弓矢で防がれてしまう。


 騎士は、近年の戦争ではその数と質が最重要視されるほど、その存在は大きなものである。


 しかし、半刻ほどの後、私の世界は崩れ落ちた。


 ◇◆ロロ視点◇◆


 絵画、音楽、詩歌、おおよそこの世で芸術と言われるものには、共通点がある。

 美の追及だ。

 あらゆる形態のあらゆる芸術家は美を追い求め、その作品は美の体現となる。


 そう、『美』こそが、芸術の本質なのだ。


 ならば世の人々がどう評しようとも、美を体現するものは遍く芸術といえるだろう。

 

 たとえば、そう、戦争である。

 

 ◆◇紅組(ロロ視点)◆◇ 


 地形はほとんどが平野だが、右手に小高い丘がある。

 丘までの距離は若干敵の方が近いだろうか?


 この戦力差、要地を抑えねば勝ち目は無いな。

 言い換えれば、敵としては要地を抑えれば楽勝、だが抑えずとも勝ち目は充分ということだが。

 

 ならば、敵の動きは………。


「左翼は軽歩兵30、中央は盾持ち20と軽歩兵50、弓兵10だ。軽騎兵25と残りの軽歩兵10は右翼で私が指揮を執る」


「中央に軽騎兵はなしですか?」


 中央を任せた歩兵隊長が問う。

 

「ああ、そうだ」


「ですが、それでは騎士の突撃を止められません」


 たしかに、全身を金属鎧で防御する騎士を軽歩兵で倒すのは至難の業だ。

 達人の個人技を除き、包囲して袋叩きにするか、投石か、手段はその程度だろう。

 軽騎兵ならばまだ、突撃して踏み潰すなりできるのだが。


「倒す必要はない。盾持ちを前面に出して軽歩兵と弓兵に支援させろ。おそらく騎士を先頭に突撃を仕掛けてくるだろうから、受け止めた盾持ち兵を後退させつつ陣に食い込ませておけ。どうせ直線にしか動かんからな。中程までに敵が伸び切ったら側面攻撃だ。それで突撃を止められるだろう。ただし、突破はされるなよ。合図があるまで持ち堪えろ」


「……わかりました。最善を尽くします」


「左翼は敵右翼を足止めだ。なんとしても中央の戦いに参加させるなよ!」 


「ハッ!」


 陣形を整えると櫓から鏑矢が飛ぶ。


 甲高い音と共に開戦の合図が響き渡る。


「丘まで。左翼、中央は裾を進め。右翼は登るぞ。軽歩兵は追ってこい、続け!」


 軽騎兵25騎を率いて丘の上を目指す。

 さすがは騎馬、歩兵を見る見るうちに引き離し、ついには丘を登りきる。


「……概ね予想通り、か」


 丘の上から見渡せば、戦場全体を把握できる。

 

 敵中央は味方中央に合わせて丘の裾に沿って進軍中。

 これは良い。

 問題は左翼だ。

 

 位置取りは問題無いが、敵右翼に軽騎兵がいる。

 歩兵は20で軽騎兵も5騎のみだが、それでも軽騎兵は軽歩兵にとって脅威だ。

 ……長くは保たんな。


 そして、敵左翼は軽騎兵10と歩兵20が丘を目指してくる。

 距離は彼らの方が近いのだから、軽騎兵単体で丘に向かえば我々より早く着けただろうに。

 教本通りに歩兵と進んでは間に合うまい。


「よし、登ってくる奴らに突撃だ。行くぞ!」


 高所の優位を活かして一気に丘を下る。


 敵もやはり教本通りに軽騎兵を迎撃に出して来るが、これは下策だ。

 騎兵というものの突撃力を、舐めすぎている。

 多少の犠牲を覚悟で歩兵で受け止めるべきだろう。


 敵軽騎兵が迫る。

 

「なに、指揮官か!我が手柄となれ!!」


「………」


 抜剣し、すれ違いざま、相手が剣を振り下ろすよりも速く腹部を突いて落馬させる。

 続く敵の剣を受け止めるが一太刀浴びせる前に、味方が叩き落とす。


 二合の内に他の敵も味方に倒され、これで敵左翼の軽騎兵は全滅だ。

 2.5倍の兵力差とは圧倒的だな。


「踏み潰して構わん!足を止めるなよ。歩兵を殺るぞ!!」


 失速しかけた味方軽騎兵を鼓舞して歩兵に突撃する。

 槍を構えた兵も怯み逃げ出した兵も、全て轢き踏み潰す。


 鎧袖一触だ。


 ………マズいな、何人か死んだかもしれん。


 「殺る」とは言ったが、これは演習であり、死人が出るのは良くない。

 そのために剣も槍も刃は潰し、矢も鏃を外した物を使っているのだ。


 ……まぁ、多少の死人が出るのは間々あることだ。

 今気にする必要はあるまい。


 急ぎ丘に戻って再び戦場を見渡せば、戦況は優勢。

 概ね計画通りだ。


 中央は敵に深くまで食い込まれるも、乱戦状態に持ちこんで堪えており、後退の指示も守れているようで、敵は丘に背後を向けてしまっている。


 問題の左翼は壊滅しているが、敵も壊滅状態なので良しとしよう。


「合図を」


 丘に辿り着いた軽歩兵の一人が角笛を吹き、戦闘を終わらせる重低音が鳴り響く。


「勝つためだ。多少の死人は構わんから、全力で突っ込めよ」


 軽騎兵を先頭に右翼全体が敵中央を背後から強襲する。

 

 剣では歩兵を攻撃することが出来ないので、ひたすらに敵を跳ね飛ばしながら騎士へ向かう。

 混戦の中、兜飾りを探す。


 ……あの羽飾り、奴が指揮官か。


「ロロか!一騎討ちとは潔い。いざ、尋常にしょう──グハッ!」


 突然、剣を掲げて叫び声を上げた敵指揮官をギャロップして踏みつける。


 ……誰が勝ち戦で一騎討ちをするんですかね。


 「ウグッ、ゴッ、ゲッ、や、やめ、グフッ」


 気持ち悪いので入念に潰しておこう。


 「………オッ……ゥ……ゥゥ…」

 

 周囲の軽歩兵は味方の軽騎兵にあらかた倒され、残った騎士達も引き倒されて袋叩きにされている。

 勝利は確定だ。

 そろそろ終わりの合図があるだろう。


 トドメとばかりにギャロップすると、鏑矢が鳴り響く。


 ………残念、お坊ちゃんに戦死の栄誉を与えてやることはできなかったよ。


 まぁ、勝ったから良いか。



 ◇◆閣下視点◇◆


 そこでは戦場の常識が覆っていた。


 騎士の軍勢が敗れたのだ。

 農兵ごとき相手に。


 しかし、あの戦い、私には各所で軍が衝突しただけにしか見えなかった。

 いわば、華が無かったのだ。


 英雄的な活躍も、魔法の類いもなく、軽歩兵主体の部隊が騎士主体の部隊に勝利を収めたのである。

 戦術としては片翼包囲であり、鉄床戦術の一種のように見えたが、あの兵科で如何にして成し遂げたのか。


 後日、あそこで何が起こっていたのかを知るため、私は白組の指揮官を尋ねた。


 哀れ四肢を潰されいた白組の指揮官は『鍛錬が足らなかっただけ』と言っていたが、それは間違いだろう。 

 装備も訓練量も、確実に白組の方が上だった。


 ならば、彼は、軽装の軍をして、騎士の軍勝つ術を知っていたのだ。 

 理由はわからないが、国王が理想として欲している戦い方を、彼は知っているのだ。


 それに気づいた時、私は彼を欲しがった。


 王国からの分離独立を企む我が家には、そして我が野望のためには優秀な人材が必要だったのだ。

 

 ゆえに、接触を試みたのは当然のことだろう。


 そのころ、多くの学生は年頃の貴族であるため、社交場での交流が主であり、彼の父も私と同じ国王派の軍人なのだから、無論、彼も参加しているだろうと無意識に思い、早速、接触を図ったのだが、彼はどこにもいなかった。


 どこにも、である。

 テラスで愛を睦ぐカップルを検めても、物陰で行為を致している男女を検めてもいなかったのだ。

 ……彼の兄殿は致していたのに。


 結局、派閥の手下共まで動員して見つけたのは、酒場で教授から金を巻き上げている時だったのだから滑稽である。


 当時の私はその光景に─身勝手だとはわかっているが─怒り心頭で、思わず『なぜ場にいないのか』と問いただしたのだが、『踊りは武人の仕事ではありませんので』と返されたのは懐かしい思い出であるよ。 


 あれは惚れるかと思った。

 武人としてだが。

 私は貴族なのでダンスも仕事だ。


 そしてそれ以降、積極的に─接触の機会そのものが少ないのだが─交流したのだが、ついぞ、出仕までに我が家に仕官させる事はできなかった。

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