尾生うる人
◆◇ロロ視点◆◇
ガリア金貨24枚。
口から出るに任せて適当な事を言ってしまったがために、まさかこれ程の大金を受け取ることになるとは。
路銀にする細かい銀貨は渡さないだろうからせいぜい金貨5枚、7枚も出れば御の字と思っていたのだが、その3倍も提供されるとは想定していなかった。
渡されたからにはガリア金貨24枚で戦果を出さねばならんのだが、それを成せる策など荒唐無稽な物しか用意していない。
いやはや、これこそが『身から出た錆』と言う奴だろう。
……出たのは錆でなく金なのだが。
だが、錆落としをしている時間は無い。
その荒唐無稽な策を実行しようか。
とはいえガリア金貨28枚程度で決行する策なのだから、金貨4枚分の大幅な予算修正が必要なのだが。
……いっそのこと、この金を持って逃亡してしまおうか?
◇◆◇◆
尾の生うる人。
我ら人の形をするも体の随所に獣を持ち、人の持ち得ぬ言葉を持つ者なり。
我らは人に非ず。
しかし、四足ならざれば獣にも非ず。
天下開闢より我らあれど、野に行かば人に追われ、森に行かば森人に追われ、未だ安息を得ず。
◇◆ロロ中隊所属第一小隊の天幕周辺◇◆
夜の帳は既に落ち、多くの者が一時の安息を享受する中、目的の人物は一人、焚き火の前で、こちらに背を向ける形で、酒を呷っている。
その酒がどうやら勝利の美酒ではないことが察せられる距離にまで近づけば、私は獲物を定め、抜剣し───────
ドッ!
ゴスッ!
ゲシッ!
ガッ!
ダンッ!
──────一瞬の昏倒の後、覚醒する。
………いや、なんでだよ、動作が繋がってないじゃないか。
人類にそんなアクロバティックな運動は出来ないはず……。
とりあえず、今、私は、仰向けに地面に押さえつけられ、その上喉元に短剣を当てられている。
その他には全身を鈍痛に支配されている事以外、何ら事態を把握できていない。
……いったい何が起きたんだ。
「間合いに入るまでほとんど気配も殺気も感じさせないとは、相当な手練なのだな。名を名乗────中隊長?」
腹上の彼に制圧されたのか。
「見事だ。さすが私が見込んだだけのことはある。いや、遥かに上を行くのだから『見込み違い』と言うべきか。…ともかく、試すような真似をしてすまないな。……君と、内密の話がしたい」
想定外の流れだが、とりあえず勧誘を進めるか。
◆◇リザ視点◆◇
突然襲撃して来た中隊長に連れられて今、彼の天幕にいる。
何も無い、見るからに安そうな毛布と食料などを入れる背嚢以外、本当に何も無い天幕だ。
光源が外の篝火だけであることも相まって、異様で、不気味で、気持ち悪い。
「うむ、ここならば話を聞かれる事はあるまい。…あらためて、先程はすまなかったな」
私の上司は仮面の如く眉一つ動かさずに、全く悪びれずに謝罪を述べる。
「謝罪はもう良いぞ。それで、話とは何なのだな?」
「まぁ、そう慌てるな。…………………ふむ、そろそろか。…………。ところで……君は、何の生尾人なのかな?」
「っ!!………な、ぜ、わかっ、た」
思わず剣に手を掛けるが、ダメだ……抜けない。
どれほど力を入れようとしても、まるで金縛りにでもあったかのように竦んでしまう。
実力なら圧倒できるとわかっているはずなのに、弱小な人間如きに、どうして。
どうして私は怯えているのだ!
「なに、簡単なこと。フードを被っていても尾をまやかしても、隠し切れない特徴があるのだよ。……まずは目だ。その大きな虹彩は人のものではない。次に手だ。今は鎧のせいでわかり辛いが、腕の太さに比べて君のしている手袋の大き過ぎる。足はブーツで隠せても、その手袋では分厚い獣の腕は隠せんよ」
そんな些細な事でバレるとは……
他の人間には気づかれなかったのに…。
「うっ、ぉお、そ、れで、どうする。追、い出す、か」
クソッ、口すらまともに動かせないか!
「………ふむ…。まぁ、追い出すことはしないが、何故立っていられるのだ?…まさか伝承の?………ならば、イヒカ、オシワケ、どちらだ」
!
なぜ我らの祖神を!!
「ど、うして、ぉ前、が、知る」
「私が質問しているのですがね……。まぁ、良い。私、これでも森司祭の端くれでしてね、伝承には詳しいのですよ。それで、どちらなのです?」
こんな奴が森司祭だと?
そんな歪んだ霊で森司祭が務まるはずがないだろ。
ならば魔術師か?
……いや、魔術師がそうそう現れるわけがないか。
ならば、あいつは何者なのだ?
「そろそろ、この状態の相手と話すのも鬱陶しいですね」
唐突に言って、奴は懐から小包を取り出し、中の粉末を浴びせ掛けてくる。
「エホッ、エホッ…。……?何をしたのだな?」
「清めの粉です。飲水を作るために使っていましたが、本当に穢れを祓うとは。………いや、解毒作用か」
清めの粉……。
悪しきを祓う森司祭の物か。
ということは、いつの間にか痺れ薬を盛られていたのか……。
「そんなことより、どちらなのです?」
「……オシワケ族なのだな」
「『オシワケ之リザ』という事ですね。ならばあの異常な膂力も頷けます。まぁ、そんなことはどうでもいいのです。本題に移りましょう。どうです、私の従者になりませんか?」
我らの祖神をどうでも良いだと?
いや、私も信心深くないから大して気にしないのだが、森司祭的に大丈夫なのか?
そんなんで精霊が力を貸してくれるのか?
だが、私はこの男に森司祭の薬で動きを封じられたのだ。
この人間の力は、底知れない。
「………あなたは強く、恐ろしい。リザはあなたより力があるのだが、あなたよりも弱いのだな。そしてあなたは誰よりも強そうなのだ。だから、ついて行く」
……うぅ、不安だ。
森司祭のようだから一族の掟通り従者になるが、とても心配だ。
本当にこんな悪霊みたいな奴について行って良いのだろうか?
ついて行くと言ってしまったのだから従わざるを得ないが、やはりどうしても鬼胎の念が拭えない。
具体的には自分の生命が。
「そうですか。では、給金は私の俸給から差し引くとして、手付金を決めましょう。ガリア金貨2枚」
「3枚なのだな」
膝を着いたとは言えども私はオシワケ族の傭兵。
人間の間では無名なのだろうが、魂を売り払うのにそれだけは頂きたい。
「よろしい。契約成立です。それと俸給は慣例通り、私の俸給が入ってからでいいですね?」
「いいぞ」
中隊長が手を差し出し、私は手袋を外す。
そこにあるのは、毛皮と肉球と爪。
しかし、その形は人間のそれで、しかも獣と違い狼爪も発達している。
……獣にも成れず人間にも成れなかった半端者の象徴、か。
我が物ながらいつ見ても忌々しい手であるよ。
こいつのせいで森ではエルフに、街では人間に疎んじられる。
「何をしているのですか…。握手はこうやってやるのですよ」
中隊長は私の手を掴み、力強く、握る。
「さあ、あなたも握って下さい。互いに握り込むことで握手は成立するのです」
「あっ、だが、爪が……」
「だったら何故手袋を取ったのです……。…爪程度の些事は気にしませんから、おもいっきりどうぞ」
些事……些事か………。
フフッ……
…風変わりな人間だが、主人にするには悪くないかもしれない。
「なら、せっかくなのだな。おもいっきりいくぞ!」
「さあ、どうぞ」
グァ゛ッサ゛ッ゛ッ゛!!!
「これからよろしくなのだな!」
これで、これからはご主人様だ。
「………。…ええ、よろしくお願いしますね」
訓練の時も部隊を指揮する時もずっと無表情だったご主人が、微笑んで言った。
笑顔が引き攣っているのは、笑い慣れていないからだろう。
私のために笑ってくれたのか……。
………そうやって言うと、ちょっとこそばゆいな。
意外と気遣いの出来る優しい人なのかもしれない。
「……あぁ、そうそう。この戦の後、たぶん我々新設師団は解体されますよ。ですから、私達は失職です」
「は?」
え、俸給は?
もしかして騙されたのか?
…全然優しくない。
「安心しなさい。行く宛はあります」
あっ、でも、行く宛があって、連れて行ってくれるのだから優しいのかもしれない。
アレルギーには気を付けよう。




