ハイブリッドイヤフォンという革命的な存在を確立させたヘッドフォン専売メーカー
最近、家電製品店に行くと「ハイブリッドイヤフォン」なる名称のものが並んでいるのを目にする。
これらは次世代のイヤフォンというか、21世紀のイヤフォンなのだが、さほど語られていない。
なので今回はそれの先駆者たるメーカーも合わせて語りたいと思う。
ヘッドフォンメーカーといったらなろう読者のみなさんもある程度理解はあるだろう。
最近CMが増えたオーディオテクニカ、ソニー、ゼンハイザー、ビーツなど、様々な会社が市場に提供している。
シェア率でNo1はソニーであり、筆者は現在ソニー製のものを用いている。
しかしソニーを用いる前はあるメーカーのものをずっと使い続けていた。
それは「AKG」である。
AKG。
車好きはBMWなどにエンジンを卸しているメーカーと勘違いする者もいるが、音楽系のメーカーである。
1947年にウィーンで誕生したこのメーカーは、欧州を筆頭に高いシェアを獲得し、マイクやヘッドフォンなどを販売しながら今日まで続いている。
再生音が他とは明らかに違う独特の「AKGサウンド」と呼ばれるものが特徴的であるが、筆者は子供の頃から縁があってこのヘッドフォンを使い続けていた。
これをやめるキッカケはアニメだ。
京都アニメーションが制作した「けいおん」シリーズでヒロインが身に着けていたヘッドフォンがAKGであり、以降AKGは「オタク御用達」などという扱いを受け始める。
ようは音楽系のアニメだとヒロインが高確率で身につけるヘッドフォンになってしまい、「AKGが好きだ」ということを矢面で言えば陰でヒソヒソとアニメオタク扱いされるのは嫌になったのでソニーに鞍替えしたわけだ。
そんなAKGであるが、実は企業としては非常に面白い信条を掲げていた。
それは「イヤフォンはまだ技術的に成熟していないので販売しない」と長年言い続けていたのだ。
カセット式ウォークマンなどによって音楽媒体を持ち運ぶ時代になると、AKGもまたイヤフォンを販売するのではないかと注目され、また独特のAKGサウンドに魅了された者たちはそういった存在を求めた。
だがAKGは「技術的な問題により、イヤフォンは市場に出す領域にまで達していない」と半世紀にもわたって言いつづけていたのだった。
時が過ぎ、周囲は「格好つけている」だとか「出しても市場で評価されないから出さないんだ」とか「AKGは安価でお手ごろな製品は出さないから安価な製品が評価されるイヤフォンは販売しないだろう」とか勝手なことを言っていた。
なにやらOEM商品のパチモンを出していた時代もあったが、それも2000年代に数年程度、ipodの波に対抗しようとちょっと手を出しただけで本格的に乗り出したわけではなかった。
それをあたかも「開発していた」などという者もいるようだが。
自身で「K3003」が史上初と言っている通りの状況だ。
それが2010年、突如として「時は満ちた。技術的に満足いく所まで達した」と主張し、イヤフォンを販売すると宣言する。
まさに業界に衝撃が走った瞬間であった。
「あのAKGがイヤフォンを販売するだと!?」と当時ニュースを聞いた筆者も驚いた。
筆者としてもAKGはこれからもヘッドフォン専売メーカーで行くのだとばかり思っていたから、イヤフォンに手を出すとは思わなかったのだ。
満を持して登場させるイヤフォンが一体どんな代物なのか……趣味がオーディオの者たちはAKGがどんなゲテモノを出すのかヨダレを垂らしながら待ちわびた。
そして出てきた存在こそ後に「ハイブリッドイヤフォン」と呼ばれはじめる存在の先駆者「AKG K3003」である。
2010年に発売されたコイツは、まさにAKGがイヤフォンに対してどういう思いを抱いていたのか理解できる代物であり、そしてコイツの登場によって21世紀のイヤフォンの形というものが明確に示されるのだった。
まずはAKGが一体どんなイヤフォンを繰り出したのか、「ハイブリッドイヤフォン」という存在を説明したい。
それまでイヤフォンにおいてはある格言があった。
それは「ヘッドフォンには構造的な問題で絶対に音質で勝つことが出来ない」という話である。
ヘッドフォンとイヤフォンには大きさ以外にも大きな違いがあったのだ。
それは、「イヤフォンは音を出すドライバー部分が1つ」「ヘッドフォンはそれらが複数あり、低音や高音をそれぞれ奏でる」という違い。
これによってヘッドフォンの方が絶対的に音質がよくなるので、ヘッドフォン愛好家は「高級イヤフォン(笑)」などと蔑んでいた。
一方AKGが繰り出した存在は「イヤフォンでありながらドライバーが複数存在し、真の意味で超小型ヘッドフォンとして成立させる」というものだったのだ。
一応いうと、AKGが最初にこの構造でもって出したわけではない。
しかし、これまで出てきた「ハイブリッドイヤフォンもどき」というのはほぼ失敗作だった。
イヤフォンやヘッドフォンの場合、振動で音を伝えるわけだが、小型にすればするほど音が共鳴しやすくなる。
よってドライバーを複数用いた場合、「音が篭ってよく聞こえない」というような状況になる。
これまでも「ヘッドフォンに負けない」と複数のドライバーを搭載したモデルは登場してはいたのだが、どれもこれも「これなら普通のイヤフォンの方がいいよ」と思う程度の代物だったのだ。
しかし近年の金属加工技術や合金の進化により、複数のドライバーを用いても音割れしないようなものが作れることを理解したAKGは、自社で長年研究した末に辿り着いた集大成として「AKG K3003」を出したのだった。
AKG K3003を聞いた筆者は「あ、これもう今後ハイブリッドイヤフォン以外は評価しないわ」と思ったという。
高級ヘッドフォンよりも明らかに美しい音を響かせるそれを聴いた時、「AKGが求めたるモノ」という存在を知覚できた。
イヤフォンでありながらあの独特のAKGサウンドは健在で、出た当初「現時点でコストパフォーマンス含めて究極に近いイヤフォンではないだろうか」なんて本気で言われたぐらいである。
だが、話はこれで終わらない。
ここでAKGは恐ろしいことをやった。
それは「どうしたら音割れしないか」という基礎技術を公開してしまったのだ。
これは恐らく、AKGが「これまでのイヤフォンは存在すら許しがたいもの」と考えていたからであろうが、当然にしてこのK3003の登場と基礎技術の公開により、高級イヤフォンを製造していたメーカーはすぐさま後に続く。
それらの総称を日本では「ハイブリッドイヤフォン」と呼称し、通常のイヤフォンとは明確に違うということでコーナー分けしているのである。
ようは「ハイブリッドイヤフォン」とは「真の意味で小型化されたヘッドフォン」であり、ガンダムF91みたいな存在であるわけだ。
どのあたりがハイブリッドなのかはよくわからないが、イヤフォンの次なる形であるのは間違いない。
このハイブリッドイヤフォンの登場により、音楽業界では面白い状態が起こる。
これまで「ヘッドフォンには絶対に勝てない」と言われた状況が覆りはじめるのである。
それは当然「小型化された存在」になったからであって、そもそもK3003の時点でちょっとしたヘッドフォンには普通にカタログスペックで勝てるぐらい様々な周波数を網羅して音を提供できていた。
そのため最近のヘッドフォンでは「アンプ内臓」など、近年の電子機器の小型化の恩恵を利用した新たな形が模索されている。
ヘッドフォンメーカーが「この波に飲まれるな!」と焦るほどにハイブリッドイヤフォンという存在は猛追してきているわけだ。
で、今回は最後にソニーのハイブリッドイヤフォンの変態構造を語って終わらせたいと思う。
ソニーはハイブリッドイヤフォンを作る際、基礎技術を見てあることに気づいていた。
それは「メインとなるドライバは大きければ大きいほど良い」という話であった。
しかし大型化すると耳に入らない。
近年の売れ筋は耳の中に押し込むカナル型と呼ばれるタイプが評価されているため、耳に入らないようなモデルは出しにくい。
そんなソニーは、ドライバを耳に入らないレベルに大型化しながらもカナル型にする方法を編み出した。
それは商品を見てもらえばわかるのだが、「ドライバを真横に傾ける」という、正直言って言葉だけだと「何を言ってるんだ?」というような解決方法である。
冗談抜きで音がでる部分が真横を向いているのだ。
世にあるオープン型のイヤフォンを真横に傾けて耳の中に入れるような感じである。
ただでさえ調整が難しく音が割れやすいハイブリッドイヤフォンで、そんなことをするというのは「変態」だとか「紅茶か何かを頭の中まで満たした」だとかそんなレベルではない。
常識的に考えて、音は基本的には真正面を中心に周囲に広がっていくのだから、真横に向けたら音が変な方向へ向かう。
そんな状況で「まともな音」など届けられるはずが無い。
そのはずなのだが、どうもソニーには音の魔術師のような者がいたようで、複数のドライバを用いることによって音を共鳴させ、結果的に「まともな音にして耳まで届ける」という、他社では全く真似も出来ないような技術を確立し、それをイヤフォンのフラッグシップなどに導入して販売している。
型番ではXBA-Z5など、XBAシリーズと呼ばれているものだ。
これらは「ダイナミック型」と呼ばれる、ソニーがウォークマンと共に市場に繰り出して評価され、長年培ってきた技術と、「カナル型」と呼ばれる近年最も需要があるとされるイヤフォンの融合型であり、これを複数のドライバを用いるという次世代のイヤフォンとして成立させたのだ。
すでに時代遅れの産物と呼ばれたダイナミック型イヤフォンの技術を枯れさせない形で次世代の存在として完成させたわけだ。
(ダイナミックイヤフォンを未だに販売し続けているソニーだが、時代遅れといわれる産物を有効利用する姿には枯れた技術の水平思考という言葉が浮かんでくる)
これこそ新の意味で「ハイブリッド」な存在なのだが、コイツについての技術関係の話を見ると、いい意味で頭がおかしいような話ばかりである。
筆者はこのXBAシリーズを普段使っているが、かつて存在したMDR-E888などのダイナミック型イヤフォンを彷彿とさせるような音を響かせ、「おお、これぞソニー」と言いたくなるようなものでとても気に入っている。
もう二度と通常のイヤフォンは購入できないなと思いつつも、いい時代になったなと思うばかりだ。